【第2話】ステータス
「あー……そこの、人?ドローン?え、なに?名前」
目の前に立つ金髪の学生は、私の造形(とでも言うのが適切だろうか)をまじまじと見ながらそう問いかけてきた。
私は未だ拭えない身体に対する違和感を抱きながらも、とりあえず自らの名前を伝えることを決意。そうでもしなければ永遠にこの男に人間であることを疑われそうだ。
「私は、秋城 紺って言うの。元はちゃんと人間だからね?」
「……秋城……紺?」
私の名前を聞いた彼には何が引っかかるのだろう。途端に顎に手を当てて物思いに耽り出す。
刹那の逡巡の後、彼はおずおずと言った様子で問いを投げかける。
「なあ、あー……秋城。お前、青菜 空莉とかいう男子生徒の彼女で合ってるか?」
「えっ、空莉君知ってるの!?」
まさか、彼の口からその名前が出てくるとは思わなかった。
青菜 空莉とは私の彼氏の名前だ。この廃駅へと転送?される前、ずっと一緒に居た男子生徒である。
頼りない雰囲気を醸し出してこそいるが、その根は実直で心優しい。そんな彼と、目の前の柄が悪そうな金髪少年と交友関係があるという事実にどうしても結びつかなかった。
——あ、でも聞いたことあるかも。
『■■っていう友達が居るんだけどね。好奇心で無茶苦茶なことしがちだから放置できなくて……』
そう、いつかの時に空莉君は言っていたっけ。
「もしかして、瀬川……怜輝君、で合ってる?」
「あ?空莉、あいつ俺の話したことあるのか」
目の前の少年——瀬川 怜輝は驚いた様子で目を見開いた。
明言こそしなかったが、そのリアクションこそが肯定の証だろう。
瀬川は確かめるように周囲を見渡した後、どこか納得がいったように頷いた。
「自己紹介の手間が省けた。空莉の彼女っていうのなら信頼できるな」
そう言って彼は屈託のない笑みを浮かべた。
ガラの悪い見た目に似合わず、その笑顔は幼い子供を彷彿とさせるほどに純粋だ。
「まあ空莉君の友達、なら私もひとまずは信じる。このドローンの肉体じゃ何もできないから、基本的には瀬川君へ丸投げする形になるけど」
醸し出す雰囲気の真偽はどうあれ、ひとまずはこの瀬川 怜輝とかいう少年を信じることにしよう。何はともあれ、1人じゃ完全に無力だ。手足のないドローンの姿となれば尚更である。
「別に構わねえよ。むしろ考えるのは苦手だから任せる」
瀬川はそれから真面目な顔を作り、周囲を見渡し始めた。
「なあ、さっき秋城は何に驚いたんだ?お前の声を聞いたから飛び出してきたんだが……何も居ないよな?」
「あっ、そうそう。ちょっと変な画面が出てきてね」
「変な画面?なんだそれ」
何をどう説明すれば伝わるのだろう。恐らく、ドローンの肉体となった私にしか見れないのだろうか?
既に一瞬見えていたステータス画面は消滅している。
どんなタイミングで見えていたっけ……あっ、そうだ。思い出した。
「瀬川君、さっき”ステータス・オープン”って言ってなかった?」
その問いかけに、瀬川はどこか気恥ずかしそうに視線を逸らす。
「っ、あー……いや、まあ……ちょっと、出来たらいいなって思って……」
一体何を恥ずかしがることがあるのだろう?彼はバツが悪そうに、歯切れ悪く口をもごもごとさせている。
まあいいや。とりあえず疑問を解消していこう。
「ね、もう一回”ステータス・オープン”って言ってよ」
「は!?はぁっ!?おま、鬼かっ!?」
すると、瀬川はどういう訳か顔を真っ赤にして突っかかってきた。
ん?さっき誰も居ないところで叫んでたじゃん?
「え、何か都合悪いかな?ちょっと確認したいことがあってね」
「……あー……確認するが、悪気があって言ってるわけじゃないよな?」
「え、うん?悪いこと言った?ごめん」
「いや、良い……俺の問題だ」
瀬川は申し訳なさそうに頭を下げた後「秋城は悪くない」と自分に言い聞かせるようにして私から視線を逸らす。なんかごめん。
それから、顔を背けたままぽつりと呟いた。
「……”ステータス・オープン”」
すると、予想通りだった。
私の視界——というか”画面”というのが適切だろう——を囲うように、薄緑色のフレームが構築されていく。
どこかサイバーチックなデザインを模したUIと共に、ステータスが表示された。
【残機ゼロ】
役職:なし
Lv:1
HP 25/25
SCB:skill
青:Not unlocked
緑:Not unlocked
黄:Not unlocked
赤:Not unlocked
「……うーん」
表示されたステータスを見ても、何一つ分からない。
1人では解決できないと思った私は、瀬川に意見を求める。
「ね、瀬川君。”残機ゼロ”って何?」
「え」
次の瞬間、瀬川の表情がピタリと固まった。まるで彼の時間だけが止まってしまったように、引きつった笑みを浮かべたまま制止する。
しばらくの硬直の後、彼はゆっくりと口を開いた。
「あー……それは、俺のネットでの名義だ」
「あっ、そうなんだ」
「なあさっきから何が見えてるんだよ。俺何も分からねぇぞ」
「待ってね。んー……」
となると、この表示されているステータスは瀬川のもので間違いないのだろう。
正直、彼がネット上でどのような活動をしているのか聞きたかったが、あまり掘り下げられたくない様子だったので黙っていることにした。
しかしどうして、このステータス画面は私にしか見えないのだろうか。不便極まりない。
画面共有でも出来れば便利なんだけどな―……そう思った瞬間だった。
[information]
ドローンスキル:画面共有 を獲得しました。
「ん?」
「次から次にどうしたよ……?」
私が訝しげな声を出したことが気になったのだろう。瀬川は不思議そうに問いかけてきたが、あえてその問いかけには返事しなかった。
ステータス画面に重なるように、表示されるメッセージ。まるで狙ったように会得したスキルに驚きを隠すことが出来なかった。
だがスキル名の通りなら、期待した結果となるはずだ。
「えーっと”画面共有”……これでどうかな」
「わっ」
私がそうスキル名を宣告すると、瀬川の眼前にも同様に薄緑色のフレームが構築された。
表示されたものが同一であるか確認するという理由も兼ねて、私は瀬川に声を掛ける。
「瀬川君。残機ゼロって名前見えるよね?」
「……あー、まあな。HPとか色々書いているのが見えるが……これ、俺のステータスか?ゲームか?」
彼は何を考えているのだろうか。目の前のステータス画面をまじまじと眺め、思慮を巡らせているようにも見える。
「HP25……基準が分からねえな。スキルってのも気になる……」
「ちょっと、1人で考え込まないでよ。私にも教えて欲しいな。ゲームとか正直分からなくて」
ブツブツと自分の世界に入ってしまった瀬川を元の世界に戻す為にそう呼びかけた。すると、瀬川はハッとしたように「悪い」と頬を掻く。
私はゲームに関しては疎い方だ。その為、彼から教えてもらわなければ一切理解できない。
頼みの綱である彼は目の前のステータス画面について説明を始めた。
「HPというのは”ヒットポイント”の略。25って書いてるだろ?これが0になったら戦闘不能……まあ、大抵は死亡状態、と表現されるな」
「え、この体力無くなったら瀬川君死んじゃうの?」
我ながら物騒な問い掛けだった。訂正しようとする前に、瀬川は困ったように肩を竦めて首を横に振った。
「さあな。現時点では何とも言えない」
「う、まあそれもそっか。ごめん物騒なこと聞いた」
「別に大丈夫だ。と、いうか正直名前とHP以外のステータスは正直分かんねえな。何だ”SCB”って」
瀬川はそう言って”SCB:skill”と書かれた文字列を指でなぞる。なぞった軌跡が光の線を描き、そしてゆっくりと消えていった。
”SCB”と書かれたスキルは大まかに「青」「緑」「黄」「赤」の四色に分かれていた。心理四原色、とも言われるカラーリングである。
だが、そのいずれも”Not unlocked”——つまり、未開放状態だ。
瀬川は険しい表情を浮かべていたが「これ以上は分からない」と判断したのだろう。大きなため息をついた。
「駄目だ。これ以上得られるものはねえな……秋城。他に何か情報は入ってないか?」
「ん、ちょっと待ってね。見てみる」
改めて眼前の画面に意識を凝らしてみると、その期待に応えるようにいくつものパラメータや文字列が表示された。
それらはまるで踊るように次から次に忙しなく移行する。どこかSFじみたUIだ。
——配信参加条件:Clear
——SCB使用権限:未達成
——配信参加人数:最大4名
——配信者代表:残機ゼロ
次から次へと流れていく文字列の中に、いくつか似たような単語が流れていることに気付く。
配信。
さすがに、その単語の意味は知っている。
動画投稿者がある情報・コンテンツについて、特定のソーシャルメディアを用いて発信・共有することだ。
自己表現・情報伝達等、利用する目的は大きく異なるが、昨今はより発展の一途をたどっている媒体である。
「配信……?」
「配信?おい、どういうことだ」
瀬川はより一層険しい表情を作り、私に話を促してくる。
どうやら、私が使えるらしい”画面共有”は使用した瞬間のメッセージまでしか共有してくれないらしい。ちょっとだけ不便。
けど今はそれほどスキルを使う必要性を感じなかった為、私は口頭で説明することにした。
「うん、どうやら瀬川君のアカウント……残機ゼロ、だっけ。それで配信が出来るみたい」
「俺のアカウント……?」
画面中央に表示されたシステムメッセージには、こう表示されていた。
[”残機ゼロ”のアカウントで配信を開始しますか?]
▶はい
いいえ
To Be Continued……