【第13話】欠片
登場人物
・秋城 紺:撮影班。ドローンの身体を持つ。
・瀬川 怜輝:純粋な感性を持つ配信者。”セイレイ”に改名。
・noise:瀬川の先輩である謎のイケメン。
……い!
お……か……!
「おいっ!何ぼーっとしてるんだ、聞いてるのか!?」
「……あっ」
思考の海に沈んでしまっていた。深く、深く、暗い沼の奥底に沈んでいた私は、セイレイの言葉に無理矢理引きずり出される。
私の記憶なのに、私じゃない別人の記憶が入り混じる不可解な感覚。どうやら現実離れした世界に囚われていたようだ。
「……ごめん。ちょっと考え事してた」
「配信中なんだから、気を付けろよ」
「……うん。ほんとごめん」
そうだ、今は私達の配信を視聴者も見ているんだ。
最優先するべきは私達の関心を集める”世界線の欠片”という謎の結晶体。明確な意味を持ち、ネームドを付与されたそのアイテムを無関係と評価することは出来ない。
ならば、私の選択は一つだ。
「起動させてみよっか。何が映し出されるのか、知らないと」
正直、何が起こるのか分からないし……怖い。
恐怖は、未知から来るものだ。
だけど、知らないといけない気がした。
最終的に配信の方向性を決断するのは私だ。
その采配にセイレイは納得したように硬く口を結び、それから視聴者に向けて改めて宣言する。
「行くぞ。世界線の欠片を起動させる」
セイレイは静かに、確実に。”世界線の欠片”に手を伸ばす。
”世界線の欠片”に掌が近づくにつれて、迎え入れるように七色の光は輝きを増していく。
私も、noiseも、触れている当の本人であるセイレイも。一体何が描き出されるのか知る由もない。
出来ることは、固唾を飲んで静かに見守ることだけだ。
セイレイの掌が”世界線の欠片”と重なり合った。
…
……
………
…………
立ちはだかるゴブリンの群れは、突如として訪れた招かざる客を追い払おうとそれぞれの武器を構える。
短剣を。弓を。槍を。
あらゆる切っ先を向けられてなお、勇者達は怯まない。
「私がやつらの気を引く!後衛から倒してくれっ」
栗色のおさげを揺らした女子高生と思われる少女は、金色の短剣を鞘から引き抜いて低い姿勢から颯爽と駆けだした。音もなく、影となり。あっという間にゴブリンとの距離を縮めていく。
「ギッ!」
迎撃せんと、後衛の弓兵ゴブリンによって放たれた鋭い矢は、唸りを上げて彼女の眉間を貫かんと襲い掛かる。
彼女は身軽にステップを刻み、ほんの数㎝、身体を左に逸らした。ひらりと揺れるおさげが、彼女の回避の痕跡を刻む。
「見えてるよっ」
全てが予定調和と言わんばかりに、最小限の動作で放たれる矢を回避。
「ギッ、ガアアアアッ!」
放つ矢を命中させることは出来ない。そうゴブリン共は判断したのだろう。
前衛に立つゴブリンは短剣を以て迎撃を図る。
「だから見えてるって」
切っ先がすり抜けた。
客観的に見た感想は、これに尽きた。だが現実は、少女が最小限の動作で切っ先を避けたに過ぎなかったのだ。
背後を取った少女は、押し当てるような動作で金色の短剣をゴブリンの後頸部に突き刺す。
ずるりと崩れ落ちるゴブリンを視界の端に追いやり、彼女は仲間達に指示を送った。
「皆、今だっ!」
彼女の指示を待っていたように、勇者は颯爽と駆けだした。
金髪を伸ばした、ダボダボのパーカーに身を包む、だらしない服装をした勇者が。
「さすが、だなっ!任せろ!スパチャブースト”青”っ」
その宣言と同時に、両脚に纏うは紫電の如き青白い光。
光を認識するや否や、彼は何の迷いもなく高く前方向へ高く跳躍する。
大気に飛ぶ青白い粒子だけが彼の軌跡を描き、ところが既に彼は背後で様子を探っていた弓兵ゴブリンの元へと着地していた。
「まずはお前からだっ!」
彼は叫ぶと同時に、右腕に力を籠める。願いに応えるように、彼の右手には独特な形状をした剣が生み出されていた。
滑らかな湾曲を持ち、その切っ先は鋭く尖っている。片刃であるその剣は”ファルシオン”と称される形状の武器であった。
薙ぐ軌跡は弓兵ゴブリンの首元を捉え、次の瞬間には首と胴を分離させていた。
刎ねた首は地面に転がり落ち、脳からの指令を受け付けなくなった体幹は機能を停止しその場に崩れ落ちる。
まるでそれは戦闘というよりも、一種の舞踏であった。
舞い散る光の粒が彼等を彩る。鋭く刻む切っ先が、彼等が未来を作っているのだと実感させる。
そんな彼らの姿を捉えるべく浮遊するのは、純白のドローン。
ドローンのスピーカーから響く声が、より一層彼らの決意を奮い立たせるのだ。
「世界を救うんだっ!もっと描こう、私達のLive配信をっっっっ!!!!」
その声質は、私のそれとまるっきり同じだった。
…………
………
……
…
[え、何この映像]
[俺達何を見せられてるんだ]
[というかイケメン枠おらんやん。誰あのJK]
[普通に矢避けてなかった……??ええ……??(困惑)]
[魔物ばしばし斬ってたのはセイレイさん、ですか?スキルは同じだし]
[動きが洗練されすぎてる]
次から次に、止まることなく溢れていくコメント。流れるコメントの数々は、私達の配信がかなり興味深い存在だと証明している。
ともなれば、私も言葉を相応に選ばなければ。
何に触れるべきか、正直迷った。
だから私は、知っていることから意見していくことにした。
「……ちょっと、情報を整理させてください。まず、私はあの女子高生を……知っています」
「なっ……?」
私の言葉に一番驚いたのはnoiseだった。目を見開き、呼吸の仕方も忘れたといった具合で胸に手を当てている。
だがそれも束の間のこと。冷静さを取り戻し、首を横に振った。
他人事だと思えない反応をするものだから、私たちの関心はnoiseへと向く。
「noiseさんも知り合いですか?」
「ああ、まあ、知り合い……だろうか。少なくとも知っては、いる」
露骨に歯切れが悪い返答だったが、ひとまずは私の意見が先か。
「仲の良い先輩なんです。真面目で優しいんだけど、どこか抜けてる。完璧な人だって思われたいんでしょうね」
「……あー……」
まるで自分のことを言われているかのように、noiseは天を仰ぐ。
そわそわと落ち着きなく、ネクタイに付けた金色のピンを触っていた。
一体何を動揺することがあるのだろうか?
まさか、noiseと同一人物でもあるまいし。noiseは男子で、先輩は女子。そもそも性別が違うよね?
しばらく間を置き、noiseは小さく咳払いした。それから何食わぬ顔で、世界線の欠片とかいう得体の知れない結晶体を一瞥する。
「……並行世界……魔物が存在した世界では、こんな風に世界を救う為に戦っていたのかもな」
「世界を救う、とか言ってましたね。あくまで憶測に過ぎない、ですが」
もしかすると、この世界を紐解くヒントになるかも知れない。
私達の会話を聞いている傍らで、セイレイは先へと続く通路を見据えながら自らの意見を主張する。
「確かに気になるけどさ、今ここで駄弁っても答えが出る訳じゃねーだろ。先に進もうぜ」
「あっ、そうだね。ごめん」
ごもっともな意見だ。私達がどれだけ意見を交わしたところで、答えを出せるわけではない。全ては憶測に過ぎないのだから。
セイレイは”世界線の欠片”を最後にもう一撫でした後、静かにそれから距離を置いた。
「別に”もしも”の話が興味ない訳じゃねえよ。だけど、俺たちの生きる世界線はあくまでもここだ」
「……セイレイの言う通りだ。進もっか」
そこで言葉を切り”並行世界”についての話は終わりを迎えた——
——はずだった。
「やあ、お客さんだね」
私達のものではない、ブーツの靴底がタイルを叩く音がどこからともなく鳴り響いた。
混沌とした世界の中で、その音だけは明らかに存在感を示していた。
「この世界に人が訪れるのはいつ以来かな」
穏やかで、暖かみのある優しい声だ。
敵意はない、敵意はないはずなのに……。
「……誰?」
全身にまとわりつく、粘り気のある緊張感が込み上げる。絞り出した自分の声が震えているのが分かった。
ゆっくりとカメラを向ければ、そこに佇むのは1人の少女。
腰ほどまで伸びた、艶やかな光沢のある水色の長髪。ボディラインを強調するアウターと、艶めかしい生足を強調するホットパンツ。すらりと伸びた足を見せつけるようなロングブーツと、全体的にパンクな印象を与える。
しかし攻撃的なファッションとは正反対に、彼女は柔らかな表情を浮かべて私達を一瞥する。
「初めまして、かな。ここは”破棄された世界線”……とでも言うのかな。かつて存在した場所だよ」
To Be Continued……