【第10話】変化
登場人物
・秋城 紺:撮影班。ドローンの身体を持つ。
・瀬川 怜輝:純粋な感性を持つ配信者。”セイレイ”に改名。
・noise:瀬川の先輩である謎のイケメン。
[初見だけどいいもの見せてもらってるよ。期待を込めて贈るわ 1000円]
真っ白なコメントフレーム一色だったコメント欄に、青色のコメントフレームが混じる。
そのコメントを見たセイレイは、施設内を探索している最中と言うにもかかわらずあんぐりと口を開けてフリーズしてしまった。
「おい、警戒をさぼるな」
先輩風を吹かせたnoiseが低い声音でそう咎めるが、彼の耳には入っていない。
しばらく配信画面をじっと見ていたと思えば、いきなり感慨深そうに「はああああー……」と大きなため息を空に吐いた。
「スパチャだああああああ……マジでありがとうございます……」
「そんなに感慨深い?大袈裟過ぎない……?」
ついそう横やりを入れると、セイレイはむっとした表情で私を睨む。
私を睨むのは良いんだけど、その顔……視聴者へ届くんだよ?
「大げさなことねーだろ。俺さ、初めてなんだよスパチャ貰ったの。むしろ何でお前はリアクション薄いんだよ」
「……いや、嬉しいけど……今はそれどころじゃないでしょ?」
「それどころ、なんだよ。俺達の行動が視聴者にとって価値ある配信だって認められた瞬間だからな。記念だよ」
「……価値、ねえ」
スパチャと言われて、脳裏を過ぎるのはやはりSCB——”スパチャブースト”のことだ。
私達の配信が価値あるものと認められ、スパチャが送られる。
得たスパチャを利用して、スキルを発動させる。
スパチャブーストを発揮し、より配信を盛り上げることが出来れば、更にスパチャを得られる可能性がある。
改めて言語化してみれば。配信と言う機能を活用した、理にかなったシステム構築だと思う。
確かに、価値ある配信だと認められたのは事実だろう。何事も「最初」を起こすのが難しいのだ。
スパチャブーストについて思いを馳せている時、ふと脳裏をよぎった。
(そっか……上位の配信者は、スパチャをたくさん受けられるから生き残っているんだ)
私はふと、残酷な現実に気付いてしまった。
セイレイのケースを考えれば、スパチャブーストの開花には”本心の吐露”が必須条件なのだろう。
本心から自分はこうしたい、という強い想いを配信を介して視聴者に届けること。それがスパチャブーストの開花する条件なのだと推測できる。
ただ、そんなこと。大抵の配信者は常日頃からやっている。
皆本物を求めている。決してまがい物の感情を見たいわけではない。
そんな中で、元々無名であっただろうセイレイの配信は珍しいケースだ。無名の配信者が、生き残ることの出来る易しい世界に作られていないから。
「……もっと、有名になれるように頑張らなきゃね」
「ん、ああ。情報を集めていかなきゃ、だよな」
「……うん」
きっとセイレイは、深い意味では理解していないだろう。
というよりも、恐らく私しか理解していないはずだ。
想像よりも密接に、知名度は生存率に直結する。
そして、その鍵を握るのは恐らく私だ。
知名度を爆発的に増加させる為の鍵なら持っている。けど、それは出来ることなら奥の手として封印しておきたい。
もし、その封印を解いてしまったら——セイレイの配信ではなく、私の配信として塗り替えられてしまうから。
友達の配信を、そんな方法で穢したくはない。
「さ、次は3階かぁ。このショッピングモールは5階まで続いているみたいだから、折り返しだね」
思考を切り替えるようにそう言葉を告げると、セイレイも強く頷いた。
「だな、引き続き頼りにしてる。撮影班」
「任せてっ」
私は、撮影班として彼を有名配信者に導かなければ。
「……ただそれはそれとして、聞くの忘れてた。スパチャブースト”青”っていくら使うんだろうね?」
[500円だってさ]
「ありがとうございます!じゃあさっきのスパチャでセイレイは2回跳ねれるんだね」
そう言えば配信の中で触れてなかったからしれっと聞いた。
「跳ねるって何だよ」とセイレイは不服そうにしてたけど、大事な情報だからね。
★☆☆☆
二度と稼働することのないエレベーターを階段として使い、3階へと辿り着く。
3階は婦人服売り場となっていたが、恐らく衣服を寝具代わりにしたのだろうか?無造作に積み重ねられた衣服が床に散らかり、何度も踏みにじられたような痕跡があった。
積み重ねられたマネキンはバリケードの形を作り、通路を塞いでいる。乗り越えること自体は可能だが、無防備となる為極力避けた方が良いだろう。
元来の利用客の代わりに棟内をうろつくのは、やはりゴブリンだった。
「やっぱりゴブリンばかりか」
セイレイとnoiseは、エレベーター近辺にある、どっしりとした支柱の裏から様子を探っていた。
その姿にちらりと視線を送った後、私は(本来の肉体であれば)腰ほどの高さしかない衣類棚の隙間を縫うように移動する。
素早くゴブリン共の配置を確認しつつ、その戦力を探っていたが——。
(さっきのゴブリン達よりも強そうに見えるね)
私達が先ほどまで戦っていたゴブリン達よりも、肉付きが良い。
その四肢には鍛え抜かれた筋肉が目立つ。蛙腹もなく、割れた腹筋を見せつけるように堂々と歩いている。
互いに連携し合っているのだろうか。「ギィ」と短く言葉を交わし、状況を報告して回っているようにも見えた。
下っ端のように、サボって遊んでいる訳ではないらしい。
——一体、やつらは何を守っているのだろう?
もう少し情報を持ち帰りたいところだったが、あまり遠ざかるのも危険だ。特に戦闘能力に関しては皆無である私が、ゴブリンから集中砲火を受けて生き残れる自信がない。
あっけなく壊されてスクラップとなるのだけは御免だ。
身を翻し、私はセイレイとnoiseが潜んでいる場所まで戻る。彼らは私を迎え入れる形で下がり、隠れることが出来るスペースを作ってくれた。
「どうだ?」
「多分ヤバいです。ゴブリンの肉付きが良い」
「そうか」
かなり雑な報告という自覚はあったが、noiseはそれでも納得したらしい。”肉付きが良い”という部分から、独自に理論を組み立てていく。
「恐らくだが、上階に向かうにつれて、より上位の魔物が居るのだろう。下位の魔物は、獲得した魔物を献上している。だから肉付きが良い……考えられる理由はこうだろうな」
「……私、まだちゃんと説明してませんよ?」
「元々予想していたことだ。俺達が今まで戦っていたゴブリンは栄養が十分に取れていなかった……だから手足は枝のようにやせ細り、体内に水分が循環せずに腹水を来たしていたんだ」
「さすがにそこまで頭が回ると怖いです……」
私が何か意見する前に、想像していた倍以上の考察が返ってきたことにドン引きせざるを得ない。そこまでのハイスペックは求めてない。
だが当のnoiseは「それよりも」と大剣を持ち直し、通路から慎重に顔だけを覗かせた。
バリケードに囲われる形で存在するのは、5体のゴブリンだ。
いずれも屈強な肉体を持っており、先ほどのゴブリンとは異なる空気を醸し出している。
だが、装備はいずれも秘部を隠す為であろう腰蓑と、簡素な短剣のみだ。装備品までは潤沢になった訳じゃない。
「ダメージには気を付けろよ?ゲームで言うところのダンジョンと遜色ない場所だ。いつゲームオーバーになってもおかしくない」
noiseのセリフに釣られるように、セイレイもナイフを鞘から引き抜いて低くダッシュの構えを取る。
「俺が先に飛び出して、陽動ですね?」
「無茶は避けろよ」
「……任せ、とけっ!」
セイレイはそう告げると同時に風となった。
To Be Continued……