【第9話】役職
登場人物
・秋城 紺:撮影班。ドローンの身体を持つ。
・瀬川 怜輝:純粋な感性を持つ配信者。”セイレイ”に改名。
・noise:瀬川の先輩である謎のイケメン。
「温いな、この程度か」
「……ギ」
noiseが振るう大剣の一閃は、ゴブリンの胴を上と下に分断させる。ずるりと崩れ落ちた身体から零れる血液と臓器が、ぼちゃりとタイルを汚す。
同士の死に呆然としている他のゴブリン目掛け、セイレイは低い姿勢から颯爽と駆け抜けた。
「がら空きなんだよっ!」
スキルは使用していない。レベルアップで向上したであろう素早さのみを活かし、瞬く間にゴブリンの背後に回り込む。それから体重と速度を兼ね備えた勢いでゴブリンを押し倒した。
馬乗りになった姿勢から、ゴブリンの喉元を貫く。すると一瞬びくりと跳ねたかと思うと、もう二度と動くことは無くなった。
「……悪いな。安らかに眠れ」
命を殺めることに未だ罪悪感があるのだろう。存在自体が魔物であるとはいえ、自身と同じ生命体なのだ。どこか憂いを帯びた表情を浮かべていた。
セイレイはナイフに付着した血液をゴブリンの腰蓑で拭い、それから鞘に戻した。
[information]
セイレイ のレベルが4に上がりました。
HPが全快しました。
noise のレベルが6に上がりました。
HPが全快しました。
これで、2階の視界で捉えられる範疇の魔物は掃討したはずだ。
連戦を繰り広げる中で、そろそろコメントすることも減ってきた。
初戦こそじりじりとした命のやり取りが行われ、生と死が拮抗する戦いだった。
そんな戦いも、レベルが上がるにつれてマージンを取ることが可能となっている。
現在が安定している今、私は未来に思考を馳せるべきだろう。
そして、その未来とは。
「視聴者の皆さん。聞きたいのですが……”アカウント停止”以外で、現時点。配信を終えた人はいますか?この戦いに区切りの付いた方はいますか?」
そう、いつまで戦っても終わりの見えない施設の攻略。
湯水のごとく湧いてくるゴブリンを屠っては、経験値を会得して。上がったレベルで再びゴブリンを打ち倒して……その先に、何を見出すべきなのか。
配信を終えた人は、元の世界に帰ったのか。それが知りたかった。
連続配信時間は既に2時間を上回っている。
ステータスの向上により体力も増しているのだろうが、終わりの見えない状況に精神的疲弊も積もっているはずだ。
配信者に気を遣うのも撮影班の役割である。
え?ドローン風情が偉そうにマネージャーぶんなって?
「仕事した」感が欲しいんだよ理解して。
[いた?]
[いない]
[結構上澄みだからなお前ら????]
[魔物を対処できる、って時点でやばい]
[なんでかてるの……?]
[推し配信者のアカウントが停止してて同僚が病んだ]
[結構SNS荒れてるよな、消えた配信者多い]
[スパチャブーストを使ってる配信者って時点で上位勢。いくつか生き残り勢の配信見てきたけど、皆お前らと同じスキル使いだったよ]
「……うーん」
私達の配信は他の配信者と比べても、相当上位に該当するらしい。
同胞の存在も気になる、けど今欲しい情報はそこじゃないんだよなー。
「さすがにずっと配信し続けなきゃダメ、なんてことはないだろ。視聴者にずっと画面に張り付かせるのは酷だし」
視聴者とのやり取りを聞いていたセイレイは、なんて事の無いように言葉を返した。
頭の後ろで手を組みながら、彼はのんびりした声音で会話に割って入る。最初の緊張感は何処へやら、図々しい態度になったもんだな?
「俺もnoise先輩に助けられてだけどさ……レベルも上がった。足はもう引っ張るつもりはない」
「おっ、言ってくれるじゃん。実際どれくらい成長してるんだろうね」
「わっかんね。でも最初の時よりすげぇ動きやすいって感じする」
HPは見ることが出来るけど、それ以外のステータスに関しては正直分からない。ここも最低限配信内で判明させないといけないんじゃないかと思う訳ですよどこぞの運営さん?
心の中で姿の見えない運営にクレームを垂れていると「しょうがないなあ」と言わんばかりにスキルが生えてきた。
[information]
ドローンスキル:詳細説明 を獲得しました。
※ドローンスキル:名称認識 はこちらに統合されます。
「それを先に出せやぁ!」
「な、何だよ!?」
あっごめん[information]の通知は私しか見えないんだったね。
なんでそんな二度手間でスキルを獲得するんだよ。さては運営ヘタクソか?
私はキレたのを誤魔化すように咳払いしてから、男子二人に声を掛ける。
「……二人とも、ステータス開いてもらっていい?詳細見れるようになったはず」
「詳細、か」
noiseは私の言葉を反芻するように、顎に手を当てた。それから、セイレイを一瞥した後に頷く。
セイレイもnoiseの意図を悟ったのだろう。二人して声を合わせて宣言した。
「「ステータス・オープン」」
すると、配信画面内に2分割された状態で、セイレイとnoiseのステータスが表示される。
【セイレイ】
役職:勇者
Lv:4
HP 59/59
SCB:skill
青:五秒間跳躍力倍加
緑:Not unlocked
黄:Not unlocked
赤:Not unlocked
【noise】
役職:大剣士
Lv:6
HP 94/94
SCB:skill
青:解放条件達成済
緑:Not unlocked
黄:Not unlocked
赤:Not unlocked
「あ?いつの間にか”勇者”って役職になってるな」
セイレイはステータス画面に表示された”役職”が気になったようだ。確かに、少し前まで”なし”だったはずだけど。
自動的につけられた役職に意味があるのだろうか?正直セイレイは勇者らしいことをしてるかと言われたら微妙だし。
ただ、今の話題はそこにない。
「行くね。”詳細説明”」
そう宣言すると、ステータス画面を囲むフレームが拡張され、異なる文字列が表示される。
【勇者:役職補正】
ATK、SPD+5
経験値に20%の加算ボーナス付与。
配信参加メンバー全員に10%の移動速度上昇を付与。
ATK:15+5(27)
DEF:14
SPD:34+5
DEX:10
LUK:14
【大剣士:役職補正】
ATK、DEF+5
斬撃付与ダメージに10%の加算ボーナス付与。
大剣装備要求レベル-5のボーナスを付与。
ATK:23+5(51)
DEF:22+5
SPD:15
DEX:12
LUK:8
なんかアルファベットばかりで分かんない!ゲーム初心者に不親切だよ!
私は正直ゲームに疎いので、視聴者の感想を元にセイレイ達のステータスを評価していくことにする。この二人でしか比較できないけどね?
どうやら、セイレイはSPD(素早さ)が高いらしい。「五秒間跳躍力倍加」も持ってるし、おあつらえ向きだね。
典型的なスピードアタッカー、という総評だ。
役職補正も味方の能力を支援するものばかりで、確かにリーダーらしい。
対するnoiseはATK(攻撃力)とDEF(防御力)が高い。HPもセイレイより高いし、タンク(敵の攻撃を引き受ける役)と言った役割であるようだ。
それよりも気になるのは「大剣装備要求レベル-5」という文面。
noiseさん、あなた軽々とその大剣振り回してますけど……もともと要求レベル高い武器じゃないんですかね、それ。
ATKの一番右側に表示されている( )内の数字は、装備品を含めた攻撃力らしい。試しにセイレイがナイフを外したところ、( )が消滅した。
「ステータスが見れるとお互いの役割が分かりやすいな。俺が相手の攻撃を受ける役割、と言ったところか」
noiseはマジマジとステータスを見ながら、そんな感想を告げた。
「で、俺が動き回って敵を倒す、と。速攻アタッカーって感じですね」
「分かりやすくて良い。速攻アタッカーと、タンク……やはりRPG序盤の組み合わせとはこうあるべきだ」
「そ、そうですね……?」
そうコメントを述べたnoiseは、どこか満足げだった。
飄々とした態度でいるけど、よくよく考えたらこの男も配信者やってるんだよなあ。
ゲームにも詳しそうな感じがするし、見た目に依らずゲーム廃人なところあるのかも?
……あ、ゲーム廃人でちょっと思い出しちゃった。
仲良い先輩もそんな感じだったな。あ、女の子ね?
栗色のおさげを揺らした、可愛らしい雰囲気をまとった先輩。
品行方正で真面目なんだけど、一度ゲームやり込んだらなかなか止まらないの。
——ふぁあああ、おはよ、紺ちゃん……昨日、ついゲームやり込んじゃって……寝落ちた……スマホ充電してないや、あはは……。
よく、そんなこと言ってたっけ。
ゲーム動画を配信サイトに投げたら、思いのほか伸びてびっくりしたって言ってた。それで調子に乗ってたまにゲーム動画を投稿してるんだって。
(……まさか、この世界にいないよね?)
成績優秀で、真面目で、だけどどこか抜けている。
noiseとどこか近しい雰囲気を持った先輩も、どこかで戦っているのだろうか?
実はnoiseの姉弟とか、血縁関係あったりしてね。
To Be Continued……
ATK(Attack) … 攻撃力
DEF(Defense) … 防御力
SPD(Speed) … 素早さ
STR(Strength) … 力
DEX(Dexterity) … 器用さ
LUK(Luck) … 運