第6話:『守りたかったもの』
ユウのスマホに残された防犯カメラの映像は、東屋の地下にあの装置を埋めた人物が、亡くなった子供の遺族と繋がっている可能性を決定づけた。映像に重ねられたあの絵文字は、その人物が「子供の遺族が集う匿名フォーラム」の関係者であることを示唆していた。
ユウは、そのフォーラムの過去ログを徹底的に洗い出した。膨大なデータの中から、彼は一つのスレッドに辿り着いた。それは、数年前、公園の近くで発生した交通事故で命を落とした、幼い女の子に関するものだった。その子の名前は**「桜」**。そして、彼女が好きだった童謡が、まさに東屋の地下から響いていたあの曲だった。
スレッドには、桜ちゃんの両親や親族、そして同じように子供を亡くした他の遺族たちの悲痛な声が綴られていた。特に目を引いたのは、桜ちゃんの母親らしき人物が繰り返し投稿していた、ある「願い」だった。
『もう一度、あの子の声が聞きたい』
『公園で、あの子が歌っていた歌を、もう一度だけ……』
その願いは、やがて具体的な「計画」へと変貌していく。スレッドの中に、電子工学に詳しいという匿名のユーザーが、『もし、科学の力で、亡くなったお子さんの声を、特定の場所に響かせることができたら……』と提案している書き込みがあった。
ユウは息を呑んだ。この人物こそが、東屋に装置を埋めた犯人、そして「アユミ」の少年を無意識に誘導した黒幕の可能性が高い。彼は、そのユーザーの投稿履歴から、彼の専門分野が音響工学と認知心理学であること、そして、特定の公園の周辺情報に異常な関心を示していたことを突き止めた。
つまり、東屋の地下に埋められた装置は、桜ちゃんの母親の願いを叶えるために、この電子工学の知識を持つ人物が制作したものだったのだ。そして、その装置は、ただ桜ちゃんの歌声を再生するだけでなく、特定の周波数を乗せることで、人々の聴覚と視覚に干渉し、「黒いワンピースの女」という幻影を見せるようにプログラムされていた。
「亡くなった娘の歌声を、永遠に響かせたかった。その装置が、周囲の人間の心理に影響を与え、娘の母親の悲しみを、視覚的な幻影として見せた……」
それは、あまりにも痛ましく、そして歪んだ「愛情」の形だった。
ユウは、その装置がただの録音再生機ではないことを知っていた。検出されたデジタルノイズのパターンは、AIによる音声合成、あるいは特定の周波数帯での感情誘導プログラムを示唆していた。おそらく、装置は桜ちゃんの生前の歌声を基に、AIがその音質を再現し、さらに**「寂しさ」や「切なさ」といった感情を増幅させる周波数**を付加していたのだろう。
それにより、黄昏時の公園にいたアユミ少年は、無意識のうちにその「悲しみ」の周波数を受容し、彼の心の中にある孤独と結びつき、結果として「黒いワンピースの女」という幻影を見てしまったのだ。
「都市伝説は、誰かの孤独の上に成立する。そして、その孤独は、時に、他者の孤独を巻き込み、増幅させる」
ユウは、その悲劇の連鎖を目の当たりにしていることに気づいた。この都市伝説は、亡くなった子供を思う親の悲しみと、それに共鳴した孤独な少年の心が織りなした、あまりにも現実的な「怪異」だった。
その時、ユウのスマホが再び震えた。今度は、匿名のSMSメッセージ。
『そこは、立ち入ってはいけない場所だ』
送信元は不明。だが、メッセージの文体と、それがユウの個人用スマホに直接送られてきたという事実に、ユウの表情が引き締まる。
彼は、そのメッセージが、地下の装置を埋めた人物からの警告だと直感した。
「守りたかったのか。娘の記憶を、そして、その装置で繋がれた、歪んだ愛情を」
ユウは立ち上がり、再び東屋を見つめた。あの場所は、単なる公園の施設ではない。そこには、亡き娘への親の愛情、それを叶えようとした歪んだ科学、そして巻き込まれた孤独な少年の心が、複雑に絡み合っていた。
この東屋は、まさに「死者たちが公園で待っている」場所だった。彼らは、決して姿を見せないが、その「声」と「想い」は、確かにそこに存在し、ユウに、そして周囲の人々に、強く働きかけていた。
ユウは、警告のメッセージを無視して、東屋へと向かって歩き出した。彼の目的は、この歪んだ装置を止めることではない。この都市伝説の奥に潜む、さらなる「真実」を、その全てを、暴き出すことだった。