第5話:『埋められた記憶』
ユウは東屋から離れ、公園の隅にあるベンチに座った。彼のスマホには、消滅したはずの短尺動画投稿アカウントと、東屋の地下から発される童謡の音源が、奇妙な繋がりを示唆するデータとして残されていた。
そのアカウントは、ごく短期間に数十本の動画を投稿し、忽然と姿を消した。内容は全て、特定の童謡を歌う子供の声。ただし、子供の顔は映っておらず、背景も自宅らしき場所や、今回のような公園の一角など、様々だった。そして、全ての動画に、今回解析で検出されたのと同じ、独特のデジタルノイズパターンが共通して含まれていた。
「このノイズパターン……まるで、特定のエンコーディングソフトか、古い録音機器を通したような痕跡だ」
ユウは、そのノイズパターンを逆解析し、共通する可能性のある録音機器やソフトウェアの特定を試みた。しかし、手掛かりは少なすぎた。
彼の脳裏には、またしてもあの「カチリ」という音が蘇る。それは、まるで、何かを記録する装置が作動する音のようだった。そして、その音が童謡の再生と同期しているとすれば……。
「まさか、あの地下の装置が、このアカウントの動画を再生していた、なんてことはないだろうな?」
一見荒唐無稽な発想だった。しかし、ユウの経験上、都市伝説の裏には、奇妙にねじ曲がった「現実」が潜んでいることが多かった。
彼はさらに、消滅したアカウントが投稿した動画のコメント欄を遡った。当然、アカウントは消滅しているためコメントはほとんど残っていない。だが、いくつか保存されたキャッシュデータの中に、特定のユーザーからの投稿が繰り返し見られた。
そのユーザーは、まるで動画に映る子供を知っているかのように、「〇〇ちゃん、元気?」「この歌、懐かしいね」「また会いたいな」といった感傷的なコメントを残していた。そして、そのコメントには、必ず特定の絵文字が添えられていた。
ユウは、その絵文字が持つ意味を解析した。それは、一般的な絵文字ではあるが、特定のコミュニティや、あるいは特定の人間関係において、特別な意味を持つシンボルとして使われることがある。ユウは、その絵文字が、とある**「子供の遺族が集う匿名フォーラム」**で、亡くなった子供を偲ぶ際に使われていることを突き止めた。
「……遺族」
ユウの目が、ディスプレイに表示された情報に釘付けになる。
東屋の地下に埋められた装置。そこから再生される、特定の童謡。そして、その音源とリンクする、見知らぬ子供の歌声が収められた動画。そして、その動画に繰り返しコメントをしていた、子供の遺族。
点と点が、ゆっくりと、しかし確かな線で結びつき始めた。
「もし、あの東屋に埋められたのが、亡くなった子供の『声』を再生する装置だとしたら?」
それは、かつて愛した我が子の声を、永遠に聴き続けたいと願う親の、あるいは遺族の、切なる願いが具現化したものなのか。
そして、その童謡が、**「記憶の残響」**として、公園に集う人々の心に影響を与え、「黒いワンピースの女」という幻影を生み出しているとしたら。それは、亡き子を偲ぶ遺族の「寂しさ」が、形を変えて周囲に伝播しているということになる。
ユウは、一歩、踏み込んだ仮説を立てた。
東屋の地下に埋められた装置は、ただ童謡を再生するだけではない。特定の気象条件下で、その音源に特定の周波数を乗せ、周囲の人間に対して、潜在的な暗示をかける機能を持っているのではないか。人間の脳は、暗示によって記憶を書き換えられ、存在しないはずのものを「見た」と認識することがある。
そして、その「黒いワンピースの女」の姿は、ひょっとすると、亡くなったその子供の母親、あるいは世話をしていた女性の、喪に服した姿を無意識に再現しているのかもしれない。
「これは、単なる都市伝説ではない。誰かの深い悲しみと、それに付け込んだ、あるいは、それに寄り添いすぎた、歪んだ科学の産物だ」
ユウは、自分の解析が、単なる技術的な解明を超え、人間の深い悲劇と向き合っていることに気づかされた。そして、その悲劇の根源には、まだ見ぬ誰かの「孤独」が横たわっている。
その時、ユウのスマホが震えた。匿名のIPアドレスからの着信。
画面に表示されたのは、どこかの防犯カメラの映像らしきものだった。薄暗い映像の中で、フードを深く被った人物が、何かを抱え、公園の東屋へと向かっていく姿が映っていた。
その人物が抱えている「何か」の形が、ユウが解析で突き止めた、東屋の地下に埋められた円盤状の物体と、寸分違わないことに、ユウは息を呑んだ。
そして、映像の右下隅に、微かに、あの特定の絵文字が、まるで透過するように表示されていた。
都市伝説の「嘘」の裏には、必ず「真実」がある。そして、その真実は、常に、人間の最も深い場所に埋められている。