第3話:『地下の囁き』
ユウは再び、あの公園に来ていた。時刻は正午過ぎ、子供たちの笑い声が飛び交う、穏やかな時間。誰もが「平和」と呼ぶその光景は、彼が昨夜見つけたデータとはかけ離れていた。
ディスプレイに表示された地中レーダーのデータ。東屋の真下、わずか数十センチの深さに、確かに反応があった。それは金属反応であり、かつ、非常に微弱な電力信号を伴っていた。
ユウは持参したバックパックから、特殊な形状の棒を取り出した。先端に小型のセンサーが取り付けられた、携帯用の地中レーダーだ。周囲に不審がられないよう、ごく自然な動作で東屋の柱の根本にその先端を押し当てる。微細な振動と共に、彼のスマホにリアルタイムの解析データが送られてくる。
「……やはり」
彼の解析は間違っていなかった。そこには、直径二十センチほどの円盤状の物体が埋まっていることを示していた。その電力信号は、特定の条件下でしか発されない、ごく微弱なものだ。
「昨日の“カチリ”という音……あれは、これの作動音だったのか」
ユウは東屋を見上げた。昨日の黄昏時、確かにそこに座っていたはずの“黒いワンピースの女”。それは少年の「虚偽」が作り出した幻影だったと、ユウは信じていた。だが、もし、あの幻影が、この地下の物体と何らかの形で繋がっていたとしたら?
彼は東屋の構造を改めて観察した。公園の東屋は、通常、地面に直接柱が埋められている。だが、この東屋は、わずかに基礎が盛り上がっていた。経年劣化か、あるいは修繕の跡か。
ユウは東屋のベンチに腰を下ろし、周囲を警戒しながら、解析ツールをさらに深掘りした。地中レーダーのデータと、昨夜から今朝にかけての気象データを照合する。
「風速、風向き、気温、湿度、気圧……。そして、日照時間」
彼の仮説は、こうだった。
もしあの物体が、特定の気象条件下でのみ作動し、何らかの音を発する装置だったとしたら? そしてその音が、人間の心理に働きかけ、“何かが見える”と錯覚させるトリガーになるのだとしたら?
彼は、特定の時間帯、特に黄昏時に風が東屋の構造にぶつかり、特定の共鳴音が発生する可能性をシミュレートした。加えて、インフラサウンドの研究データと重ね合わせる。だが、それだけでは、**「黒いワンピースの女」**という具体的な幻影を結びつけるには至らない。
「音と、視覚情報……どこかに接点があるはずだ」
ユウはさらに思考を巡らせる。その時、彼のスマホが微かに振動した。先ほどまで解析ツールに表示されていた、東屋地下の電力信号が、ほんのわずかだが、変動している。
その変動は、ユウの耳には聞こえない、極めて微弱な音波のパターンを示していた。彼はそのパターンを、過去に研究した音声認識のアルゴリズムに流し込む。
すると、ノイズの中から、微かに、しかし確かに、ある「音」が抽出された。
それは、まるで幼い子供が、楽しそうに歌うような、断片的なメロディだった。
「……歌?」
ユウの表情が硬直する。東屋に座る「黒いワンピースの女」という視覚情報と、地下から発せられる「子供の歌声」という聴覚情報。一見、何の関連もないように思える二つの情報が、奇妙な形で結びつこうとしていた。
その歌声は、どこかで聞いたことがあるような、しかし思い出せない、不気味な既視感を伴っていた。
ユウは、自身の解析能力が、単なる都市伝説の「虚偽」の裏に隠された、もっと深く、そして**もっと悲劇的な「真実」**に触れようとしていることを直感した。
「アユミ君……君が見たもの、君が聞いたもの……それは、君の寂しさだけではなかったのかもしれない」
彼はスマホの画面に目を落とした。抽出された歌声のデータ。そして、その音波パターンと完全に一致する、ある既成曲のタイトルが、解析ツールの最下部に表示されていた。
それは、古くからある、子供向けの童謡だった。
だが、なぜ、その童謡が、この東屋の地下から、黄昏時にだけ微かに響くのか。
ユウの脳裏に、あの「黒いワンピースの女」の、どこかぼんやりとした顔と、大きく虚ろな目が浮かび上がる。
都市伝説の背後に潜む、科学と人間の心の闇。
この東屋の地下に埋められた装置は、一体誰が、何のために仕掛けたのか。そして、その「子供の歌声」は、一体何を伝えようとしているのか。
ユウは、自分が足を踏み入れたのが、単なる匿名掲示板の「嘘」を暴く事件ではなく、もっと深い、そして恐ろしい「現実」の扉であることに気づき始めていた。