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第2話:『ユウの解析』

東屋の闇から響いた**“カチリ”**という乾いた音は、霧野ユウの脳裏にへばりついて離れなかった。帰りの電車の中でも、その音は奇妙な残響を伴って、彼の思考を鈍らせた。


「……ありえない」


ユウはスマホを取り出し、先ほどの少年――おそらく都市伝説の最初の“目撃者”だろう――が投稿した《ユラメキ》のログを改めて確認する。


アカウント名「アユミ」。東屋に「黒いワンピースの女が座っている」という具体的な記述。投稿日時、写真、そしてその後のレスポンスの推移。ユウはプログラミングで自作した解析ツールを起動する。膨大な投稿データの中から、「アユミ」の過去ログ、IPアドレス、投稿時間帯、使用デバイスの変遷、さらには彼が「いいね」を押した他の投稿まで、あらゆる情報を瞬時に抽出していく。


「GPSデータと紐付ければ、彼の生活圏はすぐに特定できる。特定の時間に、特定の場所から、決まった文体の投稿。SNS上の行動パターンは、その人間の深層心理を如実に表す」


ユウの指がキーボードを叩く。ディスプレイには、グラフや相関図が瞬く間に構築されていく。


「この子は、典型的な“承認欲求型”か。現実世界で満たされない感情を、匿名掲示板での“注目”で補おうとしている。虚偽の目撃情報を流し、それに誰かが反応してくれることで、自分の存在価値を確かめている……と」


彼の予測は、これまでの経験則からすれば、ほぼ百パーセント間違いではなかった。都市伝説の多くは、人間の“弱い心”の上に成り立つ。寂しさ、不安、羨望、あるいは悪意。それらがネット空間で増幅され、具体的な“怪異”として形を成していく。


しかし、頭の中に響くあの**“カチリ”**という音が、ユウの確信にわずかな、しかし決定的な亀裂を入れた。


あれは、何だったのか。


ユウは脳内で、東屋の音響モデルを構築し始める。


(公園の構造、東屋の素材、風向き、湿度……。特定の条件下で発生する、共鳴音や極低周波音インフラサウンドか? それがたまたま、シャッター音のように聞こえただけ、という可能性は……)


彼は、公園周辺の気象データと、過去の音響研究論文を読み込んでいく。インフラサウンドは、人間の聴覚では捉えにくいが、特定の周波数帯は不安や恐怖といった感情を誘発する効果があるという研究も存在する。もし、それが原因であれば、アユミ少年が「見てはいけないもの」として東屋の幻影を見たのも、説明がつかないわけではない。


「だが……」


ユウの指が止まる。


「あの音は、あまりに明確だった。偶然の産物として片付けるには、あまりにも具体的すぎる」


彼は、東屋で聞こえた音と、少年の投稿内容、そして自身の冷静な分析との間に、説明できない齟齬を感じていた。


深夜。ユウの自室の照明は、煌々と輝き続けていた。彼は机の上に広げた公園の見取り図に、方位磁石と定規を当てて、ある一点を指す。


「風向き……樹木の配置……そして、東屋のこの角度……」


ユウは再びディスプレイに向かい、解析ツールに別のパラメータを入力した。それは、過去の音響記録データ、さらには地質調査のデータまでを含んでいた。


すると、これまで表示されなかった、ある微細な異常値が浮かび上がった。


東屋の、最も深い闇の奥。地面の、ごく浅い部分に、何か、人工的なものが埋まっている可能性を示す、かすかな地中レーダーの反応。


「……まさか」


ユウの背筋に、冷たいものが走った。


あの**“カチリ”**という音は、インフラサウンドなどではなかった。


それは、人間が意図的に、ある「何か」をそこに設置し、それが動作した際に発生する音――。


彼の解析能力が導き出した結論は、都市伝説の「虚偽」の裏に、予測不能な「現実」の影が潜んでいる可能性を示唆していた。


「アユミ……君が見たものは、本当に“幻影”だったのか?」


ユウは静かに呟いた。彼の目は、ディスプレイに表示された、東屋の地下にあるわずかな異常値を捉えていた。


都市伝説の背後には、誰かの「悲鳴」がある。


しかし、その悲鳴が、物理的な「何か」と結びついているとしたら?


ユウの好奇心と、わずかな戦慄が、彼を未知の深淵へと引きずり込んでいく。

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