第2話_島庁舎の冷たい廊下(03)
翌日の昼休み、結香は一人で図書室の隅に向かった。そこには、昼食もとらずにノートを広げている女生徒がいた。
畑中恵里――一年三組。眼鏡の奥の目は常に冷静で、クラスでは特に目立つ存在ではなかったが、学年トップクラスの成績と、どんな授業にも対応できる“万能さ”で先生たちの信頼は厚い。
「恵里」
静かに呼びかけると、彼女は少しだけ顔を上げた。
「朝倉さん……だよね」
「うん。話したいことがあって」
恵里はペンを置いて、正面を向いた。
「いいよ。三分だけ」
その言葉に、結香は少しだけ驚いた。まるで、何かを見透かされているようだった。
「潮風デッキを再建して、フェスを復活させたいと思ってる」
「知ってる。昨日、町長に話しに行ったって、うわさになってた」
恵里は落ち着いた声で言った。
「それで? どうして私に?」
「役場の資料室に、昔の設計図があるかもしれない。正確な寸法が分かれば、再建の第一歩になる。けど、あそこ、普通の生徒は入れない。教員同伴か、図面の扱いに慣れてる人じゃないと」
「私に探させるってこと?」
「お願いできないかな。島の未来の設計図を、一緒に描いてくれない?」
恵里は結香の目を見つめた。数秒、沈黙が流れる。
「設計図って、一番地味で面倒なパートだよ。目立たないし、途中で意味を理解されなくなる」
「でも、なかったら何も始まらない」
「……分かってる。だから私は、今ここにいる」
そう言って、恵里はノートを閉じた。
「資料室、今日の放課後に行ってみる。顧問の先生にも声かけてみるよ」
「ありがとう」
「でも、見つかる保証はないよ」
「それでもいい。“探しに行く”っていう行動自体が、もう一歩だから」
恵里の表情が、ほんの少しだけ和らいだ。
「……言葉より行動、か。あなたって、たぶんずっとそうやってきたんだね」
「たぶん、そう」
結香は照れくさそうに笑った。
その日の放課後、三人目の仲間が静かに加わった。
手を動かしながら、誰よりも正確に“形”をつくる人。
その指先が、潮風デッキの未来を描き始める――。