第1話_砂浜に描く青写真(02)
午前八時を回る頃、ふたりのゴミ袋はパンパンに膨れていた。浜辺にはかつてないほどの整頓感が漂い、潮風が一層心地よく感じられる。
「この辺りだけ見れば、フェスの前日みたいだね」
翔斗が言うと、結香は手を止めて頷いた。
「“仮想フェスの一日目”ってことにしよう。今朝は、その第0話」
「……そういうの、けっこう好きかも」
翔斗の声に、どこか照れが混じる。自分で言って、驚いている様子だった。
「ねえ、翔斗はさ。何でこの島に戻ってきたの?」
唐突な問いだった。翔斗は小さく目を見開く。
「……前に住んでた町で、あんまりうまくいかなかったんだ」
「いじめ?」
「ううん、そういうのじゃない。ただ……人間関係が、うるさかった」
言葉を選びながら、翔斗はつぶやくように続けた。
「みんな、自分の評価ばっか気にしてさ。表では仲良くしてても、裏でバカにされることも多かった。俺も……そういうの、うまく演じられなかった」
「本質を見抜くって、そういうとき損すること多いよね」
不意に結香が呟いた。その言葉に、翔斗が驚いたように顔を上げる。
「……なんで分かるの?」
「なんとなく。目が、そう言ってる」
翔斗は、鼻で笑った。
「なるほど。言葉より行動の人、ね」
結香は応えず、笑って背中を向けた。空になったゴミ袋を持ち上げ、ゴミ置き場の方向へと歩き出す。その後ろ姿を見て、翔斗はしばらく立ち尽くしていた。
彼女のような人間は、都会のどこを探してもいなかった。
「“灯りをともす”って、こういう人が言うんだな」
小さくつぶやいたその声を、春の風がさらっていった。
***
その日の午後、結香と翔斗は再び浜辺に集まった。
彼女は学校帰りに持ってきたスケッチブックを広げる。中には、手描きの舞台図とステージ配置案。彩色はされていないが、細かく寸法が書かれていた。
「これ、いつの間に描いたの?」
「中学の頃から考えてた。いつか使えるかもって」
翔斗は、思わず笑った。
「じゃあ、もう“計画”はあるわけか」
「ううん、“夢”はある。でも“計画”にするには、仲間が必要」
翔斗はうなずいた。
「二人じゃ足りない。せめて……あと五人は欲しいな」
「なんで五人?」
「なんとなく、七人ってチーム感あるでしょ」
その理由に結香は苦笑しつつ、真剣な目で頷いた。
「七人ね。いいかも」
ふたりはスケッチブックを挟んで向かい合い、次にすべきことを整理していった。
必要なのは、まず町長の許可。
次に、資材の調達方法。
そして、設計図の再構築。
協力者のリストアップ。
「やること、山積みだな」
翔斗がつぶやく。
「でも、ひとつずつ形にしていこう。今日みたいに、目の前から」
そう言って、結香は再び立ち上がった。
「次は、町長に会いに行こう。ダメって言われるかもしれないけど……そのときは、そのとき」
翔斗も立ち上がる。
「言葉より行動、か」
「うん。説得も、ある意味“行動”だよ」
結香が笑った。翔斗も、それに負けないくらい強く笑った。
ふたりの足音が、砂の上に新しい軌跡を描いていく。
灯凪島の春の空が、少しだけ明るくなった気がした。