第6話_英語と方言のブレンド(01)
四月二十二日、日曜日。朝九時。
灯凪高校の第二音楽室には、七色の言語と訛りが飛び交っていた。
模型制作初日の今日、結香たちは新しいメンバー――転校してきたばかりの“外から来たふたり”を迎え入れていた。
一人は金髪にピアスを光らせた、見るからに陽気な少年。
「トロイ・ウィルキンソン! ナイス・トゥ・ミート・ユー!」
そう言って大声で両手を振った彼は、イギリス系オーストラリア人。来日して二ヶ月、島に来たのはつい先週。
もう一人は、彼とは対照的な雰囲気の少女だった。栗色の髪を肩で切りそろえ、涼しげな目元で周囲を見回している。
「アリヤ・ヤコブスドッティルです。よろしくお願いします」
控えめにそう言った彼女は、アイスランド生まれ。転校の理由は、両親の研究機関が灯凪島に一時移転したためだという。
「うちの学校、急に国際化してきたな……」
翔斗がぽつりとつぶやく。
「どっちも頭良さそうだけど、クセ強くない?」
「うん。だからこそ、ここで使う」
結香がきっぱりと答える。
「“英語が通じない場所”と“方言が飛び交う島”――そのあいだに、架け橋が必要」
「模型づくりで?」
「模型は“コミュニケーション”の象徴だから」
翔斗は、もう深く聞かないことにした。
***
第二音楽室には、集められた段ボール、木材、発泡スチロール、アクリル板などが山のように積まれている。
恵里が舞台の正面図をホワイトボードに描き、寸法を書き込んでいく。
「1/50スケール。幅8mの舞台は16cm。高さは5mで10cm。奥行きは4m、つまり8cm」
トロイがそれを見て目を丸くする。
「Wow……this is like LEGO but on steroids!」
「えーと……それは“強化されたレゴ”って意味?」翔斗が訳す。
「なんでも大げさに言うの、トロイの癖みたいなもんだよ」
アリヤが流暢な日本語で補足する。その発音は不思議と柔らかく、島の方言とは違う“異国の心地よさ”があった。
「私はCAD操作できます。設計図、PCに取り込みました」
颯斗がうなずいて、データをプロジェクターに映す。全員がその光景に見入った。
「立体モデルにすると、こんな感じ」
舞台の土台、階段、照明塔、観客席。すべてが緻密に構成されている。
「ヤバい、これ……もう“プロジェクト”っていうか、完全に建築設計事務所の現場だよ」
翔斗が言うと、アリヤがにこりと笑った。
「私は、そういう空気、好きです」
「でもまあ、最初の問題は――“言葉の壁”だよね」
翔斗が指を鳴らす。
「実はうちの方言、相当クセあるからさ。“しまぐち”って言うんだけど、観光客は十中八九ついてこれない」
「それ、試していい?」
トロイがにやりと笑って言うと、翔斗が即座にうなずく。
「じゃあ、これ言ってみて。『あんた、こねぇまでなんしょったん?』」
「アンダ……コニャマデ、ナンショッタン?」
「惜しい!」
教室に笑いが広がる。アリヤも口元を押さえて笑った。
「でも、“意味”は分かりました。『今まで、何してたの?』ですね」
「おおー!」
恵里が驚いたように振り返る。
「すごい、アリヤ。なんで分かるの?」
「“音”より“構造”を先に読むんです。言葉も、数学も、似てます」
その言葉に、誰もが納得した。彼女にとって、“言葉”もまた設計対象なのだ。
(02につづく)