第4話_壊れた図面と万能ノート(03)
その日の帰り道、三人は夕暮れの坂道を歩いていた。
西の空が茜色に染まり、海に面した町全体がやわらかなオレンジに包まれている。春の島風は穏やかで、三人の影を長く引き延ばしていた。
「ねえ、恵里」結香が言った。「どうして、協力してくれたの?」
恵里は、少しだけ歩くスピードを落とした。
「……正直、最初は乗り気じゃなかったよ。誰かに期待されるのって、面倒だし。でも」
彼女は、スケッチブックを抱き直しながら続けた。
「“失われたものを再現する”って言葉に、引っかかったの。ずっと私、自分が何のために器用なのか、分からなかったから。得意なだけで、誰にも必要とされないのって……空しいんだよ」
翔斗はその言葉に、どこか自分を重ねていた。
「それでも、使える場所があるなら……そこに、自分の居場所があるなら、それでいいかなって思った」
「それはね、もう“強さ”だと思う」
結香の声は、柔らかく、でも芯のある響きを帯びていた。
「“自分の力を、誰かの未来のために使おう”って思えるのは、すごいことだよ」
恵里は無言でうなずいた。
そのとき、結香のスマホに通知が入った。見れば、颯斗からだった。
>「潮止まりの時間帯にドローン再出動可。明日、午後1時。干潮+快晴。潜行カメラ調整中」
「やっぱり、颯斗も動いてる」
「ほんと、すごいな……」翔斗が呆れるように笑った。
「じゃあ、明日は“海の底”から未来を拾い上げに行こうか」
結香の言葉に、ふたりは顔を見合わせて笑った。
この日、灯凪島の片隅で、たしかに一枚の“未来の図面”が描かれた。
それは誰にも見えない場所で、静かに、しかし確実に現実の輪郭を形作っていた。
“万能”と呼ばれるほど器用な彼女が、自分の手で未来を設計し始めた夜。
プロジェクトは、確かに前進している。
誰一人欠けても進まない。
でも、誰か一人がいれば、道は開ける。
その予感が、潮の香りに乗って三人の心を満たしていた。