#8 帰投
「まもなく、クレールモント宇宙港に到着いたします。到着予定時刻は、現地時間の1700(ひとなな・まるまる)!」
ようやく警戒態勢が解けて家にたどり着いたのは、それから3日後のことだった。10日間、家を空けていた。その間、シルビアは寂しくしていないだろうか?
いや、それ以上に何かやらかしていないか、そっちの方が心配だ。
今頃はおそらく、宿舎の中は香辛料の匂いで大変なことになっているはずだろう。息ができないほどの辛さに覆われていたらたまらない。帰ったらすぐに窓を開け、部屋を換気しなくては。
といいつつも、おそらくシルビアが喜ぶであろう土産も手に入れた。例のあの店で入手したものだ。あの店の味を再現したというこれを見て、シルビアのやつはどんな顔をするだろうか?
「何を幸せそうな顔して……あ、いや、提督。まもなく第15ドックに入港します」
そんな顔を覗き込み、笑みを浮かべているやつがいた。この戦隊の参謀長、といっても、参謀は彼一人しかいないのだが、その役を務めるボルツ中佐だ。
「今日は到着後の査問会議もない、最小限のブリーフィングを終えたら、各員即時解散とせよ。立て続けに二連戦も戦った。すぐに家族に会いたいと思っている者は多いだろうからな」
「はっ! では全艦に伝達いたします!」
そう言っている僕自身が、早く帰りたいと思っているのだ。当然の配慮だろう。総司令部からは再び4日間の休暇が与えられたが、それが終わると同時に合同葬儀が予定されている。それも、2回分の。
前回の戦いでは162隻の撃沈または消息不明、人型重機64機を失っている。これに加えて今回は11隻。前回は敵を100隻以上、沈めることに成功したが、今回の敵は無傷だ。こちらから一発の砲撃もする隙を与えられなかったからだ。
どちらにせよ、これで5度目の負け戦だ。そろそろディークマイヤー大将の進退にかかわる問題となりかねないと思うのだが、准将程度ではその手の情報はまったく聞こえてこない。
あと何度戦ったら、あの中性子星域の占領を諦めるのだろう。確かにこの星から近すぎるゆえに、軍事的脅威には違いないが、下手に攻勢に出るより防戦に専念した方が効率的ではないか。
などと考えながら、宇宙港のロビーを通り過ぎる。そういえば、シルビアとここで出会って、かれこれ2週間以上になるのだな。あの時は変なご令嬢につかまったと思ったが、それ以降の生活でその異常ぶりにも慣れてきた。が、10日も離れてしまったから、また元の木阿弥ではないだろうか。
そう思いながら、僕は宿舎に着いた。顔認証によりオートロックが開き、僕は玄関に入る。
「おかえりなさいませ、御館様」
ところがだ、中に入るや否や、見知らぬ女性が一人、立っている。頭を深々と下げるその女性は、身なりはいわゆるメイド服で、背は少し低め、丸っこい顔に赤毛の、やや童顔な人物だ。
「お前は……誰だ?」
「これは失礼いたしました。私はシルビア様の専属のメイド、コレット・リリューと申します。以後、お見知りおき願います、御館様」
そんなやり取りをしていると、2階からドドドドとけたたましい音が響く。
「あ、旦那様! おかえりなさいませ! やはり生きて帰ってこられたのですね!」
妙な言い方だが、死を予見していたシルビアからすればこういう声掛けになるのは致し方ないところだろう。
「ああ、ただいま。ところで、メイドというのは……」
「はい、お父様が私の元に、リリューを送り込んでくださったんです」
あの父親、娘には死ねと言っておきながら、ちゃっかりメイドを送ってきた。結局は生きていてほしいのか、死んでほしいのか、どっちなんだ。
「聞けば、御館様も王国貴族のロベール男爵であると伺っております。いくら勘当し追放した娘とはいえ、その娘を拾った相手が貴族でありながらメイドもおらぬとあっては、トルタハーダ家の恥であると申されまして、そこで私がこのお屋敷に遣わされたのでございます」
貴族という生き物は、実に面倒だ。勘当、追放した相手であっても、粗末な扱いを受けることには耐えられないらしい。いや、しかしだ。こういってはなんだが、メイドなんていなくても、下手をすればあちらの貴族よりも我々の一般人の方が、よほどいい暮らしをしていると思うのだが。
そういえばこの宿舎、てっきり香辛料の匂いで充満しているかと思っていたが、さほどではない。その上、嫌に整理されている。
「ご覧の通り、身なりは小さなメイドですが、これでも役に立つのでございますよ。私と同い年であり、15の頃から共に暮らし、炊事、家事、そして護衛と、私のために何でもこなしてくれるメイドなのです」
「そ、そうなのか、それはまた……えっ、護衛!?」
「シルビアお嬢様をお守りするために、私は数々の剣術、体術を体得しております。無論、この家に来たからには、御館様の御身も守らせていただきます」
「いや、ちょっとまて、この街にまさか、武具を持ち込んだわけではないだろうな?」
「残念ながら、短刀や毒針の類いはすべて没収されてしまいました。仕方なく今は、包丁のみを装備しております」
といって、すっとスカートをめくりあげる。そこには太もも部分に巻かれたバンドのさやに納まった包丁がちらっと見える。
また物騒なのが同居人になってしまったな。こんなやつ、家に入れて大丈夫なのか? しかし、我が家を香辛料だらけにされることを思えば、メイドの一人でもいた方が助かる。
「って、ちょっと待てよ。我が家に女が2人、住むことになってしまったが」
「はい、それが何か?」
「いくら何でも、それはまずくないか?」
「どうまずいのでございます?」
「だから……同じ屋根の下にだなぁ、一人以上の女性がいるというのは、何かと奇異な目で見られかねないのでは……」
「大丈夫でございますよ。貴族では旦那様がメイドに手を出すことなど日常茶飯事ですし、そのまま側室となさる方も少なくはございません。どうか、お気になさらずに」
いや、気になるだろう。どうもこの星の王国と我々とでは、倫理観があまりにも違い過ぎる。まさかとは思うが、こいつまで風呂に入ってくるのではあるまいな?
と思ったら逆で、風呂場はメイドのリリューとシルビアの2人で入ることになった。それはそうだな、そういう役目は本来、メイドがするものだ。
と安心したのもつかの間、僕が風呂に入ると、そのメイドがいきなりガラッと扉を開けて入ってきた。
「あの、ちょっと、リリューさん? 何の御用で?」
「御館様のお風呂の世話も、メイドの仕事にございます」
「いや、大丈夫だって。ここは元々一人用の浴場だし……」
「そうは参りません。このあとのシルビア様との夜伽のお相手をなされるのであれば、私がきちんと清めねばなりません。では、いざ」
といって、衣服を脱ぎ棄てて、素っ裸で入ってきた。身なりも胸も小さいが、そうはいっても刺激的な姿で……僕は背中を流され、なぜか湯船にまで一緒に入る羽目になった。
「私は15の頃、貧民街で暮らしておりました。たまたま落とし物をされたシルビア様のところへそれを届けたところ、そのまま私はトルタハーダ家のシルビア様にご奉仕することとなりました。そんな命の恩人ともいえるシルビア様が追放され途方に暮れておりましたが、かように豊かな暮らしを送れるようになっていらっしゃったことに、私は御館様に多大なる感謝と永遠の忠誠を誓うものであります。どうか、私にもご奉公させてください」
などと、あられもない姿で僕の両手を握りしめて迫ってくるメイドを前にどうにか理性を保ったものの、この先どうなるか、分かったものではない。
どうなってしまうのか、僕の生活は。
そんなこんなで、翌朝を迎える。
「おはようございます、御館様にシルビア様」
ベッドの傍らには、メイド服を着こんだリリューが立っている。僕は慌ててシーツでシルビアを覆い隠す。
「あ、ああ、おはよう。そういえば昨夜は、眠れたかな?」
「何をおっしゃいます、御館様。あのように立派なベッドをお与えくださり、眠れぬはずがございません。まさに、身に余るほどの処遇に、大変驚いております」
2階には2つの部屋があるのだが、一方がシルビアで、もう一方がリリューの部屋となった。
ベッドや家具などは、僕が宇宙に行っている10日間の間にシルビアとともに買いそろえたらしい。で、ベッドはといえば、僕とシルビアのベッドが手狭なので思い切ってダブルサイズのものを買ったのだが、その時に余ったベッドをそのままこのメイドのために流用している。
「お食事のご用意はできております。お召し物を突けましたら、いつでも食卓にいらしてください。では、これにて」
といいながら、そそくさと僕らの寝室から出ていくメイド。
そこに、シルビアが起き出した。
「んん……何か今、リリューの声がしたような気がいたしましたが」
昨夜、そのまま寝てしまったため、このご令嬢は一糸まとわぬ姿で起き上がる。
「ああ、食事の用意ができたと言っていたが」
「さすがはリリューですわね。では旦那様、早速参りましょう!」
「と、ちょっと待て!」
「……何でございましょうか、旦那様?」
「まさか、その格好で食卓に行く気か」
「あら、これは失礼しました。ついつい食事が楽しみで、そのまま向かうところでしたわ」
などと言いながら、その大きめの胸を僕の顔に押し付け、僕を抱き寄せてくる。頼むから、そういうのは着替えてやってくれ。僕にだって理性の限界というものがあるのだから。
などという無防備極まりないシルビアとともに着替え、どうにか食卓に向かう。
すると、シルビアの席には、あれが用意されていた。
「まあ、これが旦那様のお土産の!」
「そうだ。地球001という、この宇宙で最先端の星からやってきた店の味を再現した、その料理だ」
真っ赤な汁に、緑色のニラが添えられており、中のミンチ肉や野菜の類いはすべて汁に溶け込まれた唐辛子とラー油が浸み込み、同色化している。
つまり、タイワンラーメンだ。それも極力辛いやつ、あちらでいう「エイリアン」に相当する食材を分けてもらった。ややインスタントな食材も混じるため、そのままとはいかないが、かなり近い味がだせると店員は豪語していたものを、土産としてここまで持ち込んできた。
「これの作り方は、私でもわかりかねるため、このロボットとやらに作らせました。が、他のお料理はすべて私の手によるものでございます」
なんとこのメイド、あの調理ロボットを使いこなしている。そのうえで、メイドとしての仕事もちゃっかりこなしているとみえる。
ということは、すでに掃除ロボットも意のままに操っているのではないだろうか。意外に侮れない相手だということが分かった。
そんな僕の席の前には、生ハムとレタス、チーズとベーコンのサンドとハーブティー。二つのサンドの一つには、タバスコで少しだけピリッとした味付けを入れることを忘れていない。
一方でシルビアの方はといえば、あのタイワンラーメンに加えて、デスソースを加えたチキンに、香辛料がたっぷりと入ったオリジナルティーの組み合わせだ。さすがに長年、彼女専属のメイドをしているだけのことはある。
が、一つ、気になることがある。このメイドは脇に立つだけで、自身は食事をとろうとしないということだ。
「おい、リリュー。お前の食事はどうした?」
「後で、自室にていただきます」
「今ここで、一緒に食べればいいだろう」
「そうは参りません。召使いとご主人とが同じ食卓で食事をするなど、あってはならないことでございます」
こういうところに、文化の壁を感じる。僕はリリューに命じる。
「だめだ。このロバート男爵家においては、我が地球716のやり方に従ってもらう。そこでは主従の区別なく、同じ食卓で食べることになっている」
「い、いえ、私は王国貴族のメイドであり……」
「命令だ」
「わ、わかりました……では、お食事をとらせていただきます」
そういいながらリリューが持ち込んだ朝食というのは、黒麦パンに分厚いチーズ、それに脂身の多いチャーシューを挟んだもの。これにニンジンスティック入りのサラダにタピオカドリンクだった。
「す、すみません、メイドでありながらこのような贅沢な食事を摂っておりまして……」
「そうか? 別に普通の食事だろう。組み合わせはともかくとして、遠慮することはない」
「そ、そうですか、では」
と言いつつ、その分厚い肉の挟まった黒麦パンのサンドをがぶりとかじりつく。
「んん~っ! この脂身が口の中にまろやかに溶け出して、何とも言えない味を……」
頬を左手で抑えながら味を満喫するメイドだが、ハッと我に返る。
「す、すみません、私とあろうものが、つい食べ物を前に取り乱してしまうなど」
「構わない。なんならもっと取り乱してもいいぞ」
「は、はぁ……」
この堅苦しい顔をしたメイドでも、取り乱すことがあるんだな。どちらにせよ、強面の顔で一日中いられるよりもこの方がいい。
ということで、我が家はなぜか、3人にまで増えてしまった。
ちなみにこのメイド、どうやってここの居住権を得たのかと思えば、シルビアが自ら職業斡旋所に出向いてリリューを登録させて、自身の「従業員」にしてしまった。それでこの街での居住権を得た。
あの戦闘で生死の境をまさに隔てようとしていた時に、シルビアはせっせとこのメイドを住まわせて、ここでの暮らしのことを教えていたようだ。たくましいものだな。
そんなメイドが食後、せっせと家具のふき掃除をしている。僕はその様子を、ただジーッと眺めていた。
「そうそう、旦那様には心得ておいてほしいことがありますわ」
などといいながら、シルビアはリリューのそばにくる。
「ねえ、リリュー」
「何でしょうか、シルビア様」
振り返るリリューに、ニコッと微笑みをみせるシルビアだが、突然、そのメイド服の長いスカートをめくる。
「あ、あの! お嬢様!?」
「旦那様、よくご覧になってくださいね。リリューはこの辺りをいじられると、それはもう生まれたばかりの子羊のようにおとなしくなってですね」
「ああーっ!」
おとなしくはなっていないが、太ももからお尻にかけてシルビアがやさしく撫でまわすと、持っていた布きんを落とし、床に臥してしまうメイド。だが、シルビアは手を緩めようとしない。
「ほーら、いつものように、気持ちよくなってきたでしょう?」
「はぁ……はぁ……」
なんだか息が荒くなってきたぞ。大丈夫なのか。やがてそのメイドは身体中をぴくぴくさせながら、悶えていた。
「……と、このようにリリューは一日に一度、こうして撫でてやらないと気が済まないのです。可愛いメイドでしょう」
「な、何をおっしゃいますか、シルビア様……そのようなことはおやめいただくよう、あれほど……」
とシルビアは平然と僕にそう告げるが、当のメイドは身体中の力が抜けて、それどころではないようだ。
「少し、寝かせた方がいいのではないか」
「そのようですわね」
というので、僕が抱きかかえて2階に連れていき、ベッドに寝かせた。
「あ、あと少しで立ち直れますから……」
「無理をするな。にしてもシルビア」
「はい、何でしょう」
「もしかして、シルビアも……」
「はい?」
僕はシルビアのスカートのすそをめくりあげて、先ほどシルビアがリリューにやったのと同じことをしてみた。
「ああっ! だ、旦那様、そこは……」
やっぱり同じ弱点を持っているようだ。しばらくすると、シルビアも身体をひくつかせて動けなくなった。
そんな二人を、ベッドの上で寝かせた状態で、僕は一階に降りて調べ物をする。
それは遠征に出発する前、貴族の持つ呪術に関する情報をまとめたレポートだ。シルビアのいうように、確かにどの貴族も呪術のようなものを持っており、それを秘伝として伝えているのだという。
報告書には、貴族がその呪術を持つ理由として、国が何らかの災難に遭遇した時に、それに見合う呪術を持つ者が対処することになっているのだと、そう書かれていた。が、肝心な呪術の中身まではわからないままだという。
おそらくだが、この報告書を仕立てた担当は、その呪術にさほどの力があるものだとは思っていない節がある。宗教的な意味合いの、たんなるおまじないの一種であるかのようにつづっているからだ。
が、僕自身、その呪術の力の一端を知った。明らかに、僕の身に起きることを正確に予言していた。いわゆる迷信などの類いなどではない。
この報告書について、もう少し深入りした方がよさそうだな。科学調査の要有りと、一言付け加えておこう。
が、そこでふと思った。わざわざ、呪術を門外不出にしているということは、その禁忌を破れば何らかの重大なペナルティが起きるのではないか?
そこで僕は、ようやく起きだしてきたシルビアに、呪術を口にすることによって起きるであろうことを尋ねてみた。
「別に、何も起きませんよ」
ところが、あっさりとした回答が返ってくる。
「そうなのか? それじゃどうして、口外無用の門外不出な呪術として、それぞれの家では扱っているんだ」
「単に、他家や平民にその技を取られたくないからでございます。もしもその家の者以外にも同じ呪術が使えるものが現れたならば、貴族の称号をはく奪される恐れがある。だからこそ、秘術として代々扱ってきたのでございます」
なんだ、そんな程度の理由なのか。それじゃ、僕はあの時正直に、総司令官閣下に呪術のことを話してもよかったのではないか。
いや、それはそれでややこしいことになるな。あまりにも不可解で非常識すぎる技術だ。おそらくは、あの場にいた将官の誰も信じまい。あの場はあの説明でよかったのだと、僕はそう思った。
「ところで旦那様、せっかくの休日ですから、お出かけいたしましょう」
「ああ、そうだな」
「では、私もお供致します」
「えっ、メイドもついてくるの?」
「当然ではございませんか。お二人に万一の事あらば、わが命に代えてもお守りせねばなりません。それが、メイドとしての務めですから」
なんだか物騒な理由でもう一人、ついてくることになってしまったぞ。というわけで、僕らは買い物やらの用事のついでに、ショッピングモールでの食事や娯楽を満喫することとなる。
ちなみに、近所からは「准将閣下が二人目の奥さんを作った」という、あらぬ噂が立っていたことを、その後に知ることとなる。
そしてこの日の買い物では、リリューは甘いものにめっぽう弱いことも判明した。あのお堅い顔が、とある店で買ったクレープを口にした途端にデレデレになったのには、さすがの僕も驚きを隠せない。