表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/18

#6 お守り

 敵の中性子星域支配権で、最大のワームホール帯を抱える場所――すなわち、今回の戦場でもあるのだが――まで、あと1200万キロという地点まで近づいたというのに、敵が現れる様子がない。

 今回ばかりは、ディークマイヤー大将閣下の読み通りだった、ということか。敵もそろそろ我々の接近に気付いている頃だろうが、にもかかわらず、敵の艦隊は姿を現さない。

 まさか、今回は本当に勝てるのではないか? もしかすると、無血占領なのか?

 いや、どうだろうか。敵はなにせ連戦連勝だ。ディークマイヤー大将だって決して無能な指揮官ではない。が、そんな大将閣下を手玉に取り何度も勝利を収められるほどの敵総司令官が、向こうにはいる。

 勝利の条件も、我々はこのワームホール帯の地域から敵艦隊をすべて排除しなくてはならないのに対し、敵は引き分け以上をおさめて戦闘を終わらせられれば、それで勝利となる。攻める側というのは勝利条件が、あまりにも不利だ。


「敵が現れませんね。もしかすると、このまま本当に勝利できるかもしれません」

「いや、油断は禁物だ。いきなり2万隻が現れるということだってありうる。前回はまさにそれだったからな」

「しかし、敵のワープポイントであるワームホール帯さえ射程に抑えてしまえば、現れた敵から順に撃破できるというものです」

「さすがに、そうなる前に敵は現れるだろう。そこまで敵も鈍くはない。現れた数の少ない敵をまず各個撃破していく、その結果、敵を撤退に追い込む、というのが精一杯ではないだろうか」


 僕はそう分析する。上手く敵の虚を突けば、確かに敵を各個に撃破でき、その結果として敵は支配域を失うこととなるかもしれない。が、あの

敵がすんなりと負けるとは思えない。

 何か、策をめぐらせてくるのではないか? そう思えてならない。長年、連盟側が支配し続けた宙域だ。我々には知らないワームホール帯があるとか、少数でも我が艦隊に多大な犠牲を与える戦術を駆使するとか、とにかく敵の支配域だから、地の利は敵の方にある。

 一方で我が方の戦術は、ただとにかく早く敵地に進攻して各個撃破、それしかない。各個撃破戦法がうまくいかなかった場合の戦い方など、まるで考えていない。

 その一点だけが、不安で仕方がない。行き当たりばったりな戦術ほど、恐ろしいものはない。その行き当たりばったりな戦術を毎回強いられている僕が言うのもなんだが、敵がどう出るか分からない中で、構えもなく戦いに挑むというのは戦術論の教科書的には0点な回答だ。

 そういえば、僕はなぜ、殿(しんがり)専門の戦隊を任されることになったのか?

 ふと思い出したのは、この中性子星域攻略戦を最初にディークマイヤー大将が言い出した時の戦いだった。

 この時は、ごく普通の艦隊戦闘だった。横陣形での一個艦隊同士の艦隊戦。このままでいけば、引き分けに終わる……はずだったのだが、なぜか急にディークマイヤー大将は左翼側に前進を命じた。敵をかく乱させる目的だというが、5万キロも前進させて、我が艦隊は2つに分かれてしまった。

 このため、敵は前進した左翼艦隊に攻撃を集中させる。苛烈なまでの攻撃に、一気に200隻近くを失う。これにひるんだ総司令官閣下は即座に撤退を決めるが、前進しすぎた左翼艦隊が敵の追撃戦にさらされて撤退がままならない。

 その左翼艦隊の一部で、当時大佐で100隻の小戦隊を抱えていた僕は、総司令部に意見具申する。すなわち、100隻の艦隊で敵の側面に回り込んで敵を混乱させ、これに乗じて味方の艦隊の撤退戦を完了させよう、というものである。

 その時は守備よく左翼艦隊の撤退には成功したものの、今度は100隻の我が戦隊が1万もの敵に追われる羽目になる。が、眩光弾を駆使してどうにか逃げ切り、多くの味方を救った。

 その経験から500隻の特別な戦隊が組まれ、その指揮艦として、准将に昇進させられた僕があてがわれた、というわけだ。

 あの時の僕の戦術は、決して間違いではなかった。あれがなければ、さらに何隻の味方がやられていたことだろうか。それからさらに3度も負け戦を経験するが、そのたびに僕の戦隊は味方の被害を最小限に収めてきたと自負している。

 もっとも、そんな自負をえなくてもいい勝ち戦を、経験したいものだが。

 しかし今回が5度目の負け戦にならないかという保証は、どこにもない。


 そういえば、僕は今、妻がいることになっている。いや、実際にいる。

 たった一日で、式も上げることなく男爵令嬢を家に迎え入れてしまった。

 それはつまりだ、僕が戦死すれば、僕だけの問題ではなくなる、ということだ。

 実家のある地球(アース)716にはもちろん、両親も住んでいる。弟もいる。が、それ以外の人を僕自身、背負ってしまった。

 いや、ここまで考えてふと気づいたのだが、そういえばうちの家族に、シルビアのことを話していないな。実は結婚してました、などとなれば、家族はどう思うことだろうか。成り行きとはいえ、随分と早まったことをしてしまったと思っている。


 まあいい、そういうことは、生き残ってから考えればいい。

 この場を生き残ることができなければ、そんな些細な悩みなど、消し飛んでしまう。


「ワープアウト反応! ワームホール帯から、敵艦隊出現の模様!」


 と、考えている間に、敵が現れた。陣形図に目を移すが、その数はどんどんと増えていく。

 が、5000隻のところで途切れてしまう。


「とりあえず、半個艦隊だけ到着した模様ですね」

「そのようだな。残りがいつ、到着するかが問題だが」


 まだ敵艦隊までの距離は700万キロもある。全速で迫っても、50分はかかる。その50分間に、総司令官閣下が想定した通りの戦いぶりが可能かどうか、見ものだな。


「それにしても敵は、動きませんね」


 さて、現れた敵の5000隻だが、ワープポイントからほとんど動こうとしない。当然だが、彼らにとっては死守するべき場所はこのワームホール帯であることは間違いないのだが、あまりにも近いとすぐに撤退することが可能となる。

 つまりこの戦い、最初から逃げにかかっているのか?

 それとも、艦隊の集結を待っているのか?


 我が艦隊は急行する。敵は5000そこそこで、味方は9500。上手く総攻撃に持ち込めば、勝てない戦いではない。それを見越して、総司令官閣下より命が下る。


「左翼艦隊、前進!」


 以前のように、左翼の艦隊を前進させた。右翼艦隊で目の前の5000隻を足止めさせて、左翼艦隊を側面に回り込ませる。そういう策を狙っての命令だろうということは分かる。

 が、少し判断が急すぎる。今は両翼とも全速前進して敵と対峙するのが先だ。もしも増援が現れた場合、今度は我々が不利になる可能性がある。

 ちょうど、3度前の戦いのように。


「敵艦隊まで、あと10分!」


 ところがだ、敵が5000隻のまま動かず、距離も50万キロ程度まで接近した。我が艦隊は左翼に属し、まさに敵の艦隊に迫ろうとしていた。

 僕は陣形図を見る。見たところ、5000隻の艦艇が横一文字に並んでいるだけに見える。今のところ、新たな増援がくる気配はない。

 しかし、僕はすこしこの動きに違和感を覚えていた。なぜだろうか、敵が動かなさすぎる。

 いくら増援待ちとはいえ、まったく微動だにしないものか? それに、今から増援が現れたとしても、戦闘態勢に入るには時間が足りない。

 ならば前進し、迎撃態勢をとるべきなのに、微動だにしない。

 と思ったら、新たな動きが現れる。


「敵艦隊、二分します!」


 と、ここでいきなり敵の艦隊が二手に分かれたとボルツ中佐が言い出した。僕は陣形図を見る。

 うん、確かに二手に分かれてるな。たった5000隻が2500隻づつに分かれ、一方が前進する。なお、それと対峙する左翼艦隊も5000、しかし我々には、さらに4500隻の艦隊を控えている。

 そんな敵を目の前に、どうして二分割する必要がある? あるとすれば、我々の艦隊左翼を側面から攻撃し、瓦解させることだ。が、そんな動きをすれば、後方にいる右翼艦隊が出てくるだけのことだ。

 そして、陣形図には二手に分かれた敵の陣形が映し出された。

 それをみて、僕はふと思い出す。

 この光景、まさにシルビアが予言したそのままの光景ではないか?


「敵艦隊まで、あと2分!」


 敵の艦隊を、我が左翼艦隊が前進して射程圏内に捉えようとしていた。まさに、その時だ。

 僕が腰に下げていたあの袋、シルビアからもらった「(まじな)い」というやつが、いきなりパンッと音を立てる。唐辛子のつんとした香りが、辺りに散乱する。

 と同時に、敵の艦隊の残り半分が、前進に転じた。

 僕は悟った。まさに僕は、死の淵に立っているのではないか、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
敵に作戦がバレているのだろうか…。 もしかしてスパイがいて作戦が、漏れている? 万一、二階級特進したら奥さんがいた、となったら家族は驚くだろうなぁwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ