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#5 出撃

 4日の休暇はあっという間に過ぎ、僕は熱い……退屈とは真逆の生活を過ごす羽目になった。

 そしてそのことは、どうやら艦隊内でも噂になっているらしい。


「シュパール准将が男爵の娘を拾って夫婦にした挙句、好き勝手しているらしいという噂を聞いたのだが」


 休暇明け、総司令部へ向かう途上、僕の戦隊の事実上の副官である参謀長のボルツ中佐が僕にそう告げてきた。


「いや、夫婦になったのには事情があってだな……それに、好き勝手しているのは、どちらかといえばその男爵の娘の方だな」

「そうなのか?」

「好きな食べ物を毎日、ねだってくる」

「なんだ、頼られてるんだな。よかったじゃないか。で、その男爵の娘との生活はどうなんだ、ええ?」


 こいつ、軍務以外ではご覧の通りため口だ。どうせ考えていることは、ろくでもないことだろう。だから僕は敢えてその意図から逸れた回答をする。


「とにかく辛いもの好きだ。ショッピングモールのあの激辛チキン屋の最上級を顔色一つ変えずに食べつくせるほどの激辛好きだ。コーヒーはブラックで、それもまるで底なし沼の泥のように粘性が高くなるほどの濃いやつでないと飲む気にならないらしい」

「辛いもの好き、という話も聞いていたが、まさかそこまでとはな……って、俺が聞きたいのはそういう話じゃなくてだな」

「どうせ寝床の上の下品なやつを期待しているのだろう。だが、そちらもかなりのものだ。口づけをすれば唐辛子やコショウの味が流れ込んでくるし、その先も……僕の言語力では到底言い表すことのできないほどの、熱いものがあるぞ」


 そんな話をしているうちに、司令部に到着してしまった。こうなるとボルツ中佐も階級通りの態度をとらなくてはならなくなる。


「その辺りの報告は後日うかがうとしまして、本日1300より重要な軍務会議が行われるとの情報です」

「そうか。だがおそらくは艦隊編成に関する会議だろう。なにせ、100隻以上の味方を失ったばかりだ。防衛艦隊を含めての再編成で、遠征艦隊の態勢を維持せねばならないからな」

「その程度の話で、収まればよろしいのですが」

「なんだ、何か不穏な動きでもあるのか?」

「艦隊編成程度の話で、いちいち重要な軍務会議などという表現は使いません。どう考えても、艦隊戦闘に関する何かでしょう」


 おいまて、ついこの間、戦って痛い目にあわされたばかりだぞ。こちらだって艦艇は無事なものの、60機以上の人型重機隊を失ったままだ。戦闘の傷跡も癒さぬまま、次の戦いに備えた話をしようというのか?


「敵は、まさか我らがすぐに攻め入るとは考えないであろう! その虚を突き2日後に出撃し、中性子星域の支配域拡大を狙う!」


 ところがだ、総司令官閣下のこの一言で、場の空気が一気に凍り付いた。


「総司令官閣下、総参謀長、意見具申」

「なんだ」

「現在のところ、味方艦艇の補充は行われておりません。おまけに遠征の直後であり、戦死者の合同葬儀も行う予定です。そのような時期に出撃など、あまりにも非常識です」

「なればこそだ。敵とて同じ事情だろう。その虚を突くことこそが、今回の作戦の狙いである」

「しかし、損傷した艦艇はどうするのですか!? およそ300隻が修理のためドック入りをしております! その上、前回は出撃に協力してくれた防衛艦隊はすでに撤退済みですぞ! となれば、我が艦隊は9500隻ほどで戦いに挑むことになります!」


 総参謀長だけではない、3000隻を預かる分艦隊司令である各中将からも、反対の声が上がる。

 が、総司令官閣下の意見は変わらない。出撃は、決定事項となってしまった。


「いかがでしたか?」


 将官以上しか出席できない会議ゆえに、ボルツ中佐はその軍事会議での決定事項を知らされてはいない。が、おそらくはこいつの予想した通りのことを、僕は伝えることとなる。


「2日後に、出撃と決まった。我が艦隊を大急ぎで整備し、出撃に備えよ」

「えっ、2日後!? いやちょっと待て、その日は確か合同葬儀が行われる日じゃ……」

「延期するそうだ。敵の虚を突くため、間髪入れずに艦隊戦を仕掛けるんだそうだ」


 さすがのボルツ中佐も動揺を隠しきれないと見える。が、命令には逆らえない。即座に敬礼し、粛々と出撃準備を進める。

 その間に、僕は艦隊司令だけの会合に出るため、ビルの最上階にある総司令官室のそばにある小会議場へと向かう。


「さて、殿(しんがり)役はいつもどおりシュパール准将の戦隊に任せるとして……」


 この最初の総司令官閣下の一言で、僕がこの場にいる意味は終了した。あとは少将、中将以上での作戦会議である。


「我々の急な出撃を知れば、敵は当然、押し寄せることだろう。が、それらが集約する前に各個撃破し、敵を撤退に追い込む。これが作戦の基本形となる」

「ならば、我が分艦隊がまだ集まり切れていない敵の側面に回り込めば、敵を混乱に陥れることができるはずだ」


 上級将官の唱える作戦自体は、大きな間違いと思われるものは見られない。確かに、敵もまさかこれほど早く攻めてくるとは考えていないはずだ。となれば、バラバラに駆けつけ集約しきれていない敵との戦闘に入ることは十分に考えられる。

 そんなにうまくいくものなのかな、といつも思うのだが、この総司令官閣下はとにかく説得力が強い。


「そうなれば、我が艦隊は敵を圧倒できる。これであの中性子星域の大部分を我ら連合側が支配することが可能となるのだ」


 熱く語る総司令官閣下のディークマイヤー大将だが、これは毎回出撃のたびに見られる光景だ。

 そして、いつも思惑違いの何かが起きて、負ける。

 この総司令官閣下の思い付きで戦死した将兵が幾万人いることか。その命の重みを考えれば、もう少し戦略を練るべきであろうに。

 が、この場ではもっとも下っ端である准将の僕が、そんなことを言えるわけもなく、作戦会議は続く。

 会議は3時間にもおよび、ようやく家路についたのは日も暮れかけた時間だった。


「おかえりなさいませ、旦那様! レッドチキンにいたします? それとも、ワイルドホットカレーになさいます? それとも……(わたくし)のおすすめ?」


 かえって早々、食事に激辛の選択肢しか用意しない辛味令嬢の洗礼を受ける。


「いや、普通の生ハムとチーズ、ソーセージでいい」

「ハバネロソーセージはいりますか?」

「いや、要らない。普通のでいい。それに赤ワインが一杯、あれば十分だ」

「えーっ、そんな無味乾燥な料理で、本当によろしいのですか?」


 僕も辛いものにはある程度耐性がある方だと思う。が、シルビアの激辛好きの足元にも及ばない。特に疲れた時は、普通の味くらいがちょうどいい。皿の上に並べられた薄ピンクの新鮮な生ハムに、少し匂いのきついナチュラルチーズ、ザワークラフト、黒麦パン、それに焼きたてのソーセージが並ぶ。そこに、赤ワインのそそがれたグラスが並ぶ。

 もちろん、男爵令嬢が自ら料理など作れるはずがない。我が家には調理を担ってくれるロボットが台所に設置されており、それに命じるだけで料理を作ってくれる。トルタハーダ家ではそういう仕事はメイドがこなしていたそうだが、ここにはメイドは必要ない。

 掃除も自動掃除機がやってくれるし、風呂も自動で沸く。我々がすべきことは食材を手に入れることくらいだ。おかげで、独身でもどうにかやってきたし、家事など知らない男爵令嬢が一人増えたところで、困ることはない。

 いや、そんなこともないな。どうみてもソーセージの一本だけが、異様に赤い。


「おい」

「はい?」

「なんだ、このソーセージは」


 僕は赤いソーセージを指さし抗議する。が、涼しい顔でシルビアは答える。


「何やら緊張されたお顔でしたので、それを紛らわすための品を一本、添えたのでございます」


 つまり、ハバネロ入りのソーセージをぶち込んできたというわけか。やや不機嫌気味に僕はそれをフォークで刺し、口に運ぶ。

 烈火のごとく、口の内側が熱くなる。慌てて僕はチーズをつまんで放り込む。が、その辛味が鎮火する様子はない。少しむせこんだ僕は、シルビアに言う。


「おい、やっぱり辛すぎだぞ!」

「ですが旦那様、先ほどよりもお元気になられましたわ」


 とまあ、この通り反省などする様子はない。憮然とした表情のまま、僕はそのソーセージを口に入れては、ザワークラフトや黒麦パン、チーズで味をごまかす。

 が、慣れてくればこの辛さも癖になる。というか、このところこの辛味令嬢のおかげで、僕も随分と辛いものに慣らされてしまった。以前ならば一口で吐き出していたであろうこの辛味への耐性も、わずか4日間の休暇の間で鍛えられてしまった。


「そうだ。2日後に出撃することになった」


 そんな食事の途中、僕はシルビアにそう告げる。


「出撃、とは、戦に向かうということでございますか?」

「そうだ」

「もう敵の兵が現れたと申されるので?」

「いや、逆だ。こちらから逆に仕掛けて、敵の裏をかくんだそうだ」

「まあ、そうなのですか。それはまた、お忙しいことで……」


 ところで、シルビアには2階の部屋を使ってもらっている。将官であるがゆえに、戸建ての宿舎があてがわれたのは幸いだが、独り者で持て余していたから、空き部屋がある。シルビアが来てくれたおかげで、その部屋がようやく有効利用されることになった。

 のだが、その部屋は今、大変なことになっている。


「ところで、この部屋が唐辛子臭いのは、僕が食べたこのソーセージのせいではないだろう」

「そうですね、あの程度の香辛料では、これほどの香りは出せませんから」

「……何をやらかした?」

「えっ、お聞きになりたいですか!? 実はですね、アポカリプス・スコーピオンという品種の唐辛子が手に入りまして、それを乾燥させたものをすりつぶしてパウダーにしてですね……」


 という具合に、シルビアの部屋は辛さを追求するためのいわば「実験部屋」となっている。真っ白な可愛らしい手からは、想像もつかないほどのつんとした刺激臭が漂う。


「それにしても、乾燥機というものは便利でございますね。(わたくし)がトルタハーダ家にいた時は、お父様に隠れて乾燥させる場所を探すのが大変でしたのですよ。それがたったの半刻も経たぬうちにカラカラに乾かしてくれるのですから、食材をすぐに試せてとてもうれしゅうございます」


 普通のご令嬢ならば、そんなことは別に嬉しいとは感じないであろうことを、この我が妻となってしまった辛味の令嬢は目を輝かせて喜ぶ。本来、喜ぶ妻の顔を見るのはリア充な家庭では喜ばしいことなのだろうが、出来上がったもののことを考えるとどうしても手放しには喜べない。

 ちなみに、乾燥機以外にも粉砕機や、辛味の指標であるスコヴィル値を測定する機器まで買わされた。どうしてそんなものがあのショッピングモールに売られているのか不思議でならないが、聞けば辛いもの好きの貴族というのは思いの外、多いのだという。


「まさか、ショッピングモールの一角に、香辛料とその加工機を扱う専門店ができるほどに需要があるとは、いったいこの星はどうなっているんだ?」

「何をおっしゃいます、旦那様。呪術を使うためには、呪気の元である香辛料は必須なのです。ですから当然、(わたくし)のように辛さを探求する貴族の方々は多いのでございますよ」


 もっとも、貴族ごとにどんな秘伝の(まじな)いがあるかはそれぞれの家の秘密であるから、貴族同士での情報交換というものはほぼ行われていないという。ただ、王都内には香辛料を扱う店があり、そこの主人からノウハウを聞き出すということができたのだという。

 ちなみに、その店が王都内からショッピングモールへ店を移して、先の乾燥機やら粉砕機やらまでも扱うようになったというのが、その香辛料専門店である。


「さて旦那様、お食事が終わったら、一緒にお風呂に入りましょう」

「あのなぁ、そろそろシャワーの使い方は覚えたのだから、一人で入れるだろう」

「何をおっしゃいます、旦那様。一人でどうやって背中を洗うというのですか? それに、2日後には(わたくし)一人がここに残るのですよ? それまでは、夫婦仲良く入ろうではありませんか」


 という言葉に圧されて、僕は毎度、シルビアのなすがままである。

 可愛らしい笑顔を浮かべ、唐辛子だけではない様々な香辛料の匂い漂う両手で、食事を終えたばかりの僕の手を握りながら、お風呂へと誘い込んでくる。実に微笑ましく、興奮を誘う光景ではある。香辛料の香りを除けば。

 しかし、僕には大いなる疑問がある。

 まるで警戒感がないというか、僕に対してどういうわけかずっと以前より知り合い、慕われていたかと思うほどの愛情を注いでくれる。僕もそれに応えているが、まだ出会って5日だぞ? 会ったその日から、なぜだか僕は異常に慕われている。

 確かに明るく前向きな性格ではあるが、他人に対してはここまでべったりではない。僕にだけだ。単なる一目ぼれか? 貴族令嬢というのは、自身が欲しいと思ったものに異様に執着するところがあるのだろうか。それとも、何か目的が……

 いや、考えてもみろ。彼女はつい先日、近々死ぬかもしれないと自身で僕に予言した。そんな相手が、死ぬかもしれない僕に何を期待しているのだ? 今一つ、彼女の本心が読めない。

 かといって、怪しい動きをしている気配はない。せいぜい、自作の香辛料を作り続けていることくらいだ。それ自体はおかしなことではあるが、怪しいことではない。

 そんな悶々とした日々を、僕は過ごしている。そして2日後、出発の日を迎えた。


「しばらく、留守番を頼む。これまでの通例からいって、10日ほど開けることになる」

「わかりました。(わたくし)がしっかり留守番させていただきますゆえ、いってらっしゃいませ、旦那様」

「ああ、行ってくる」


 そんなシルビアを一人の残して、僕は宇宙港へと向かう。が、振り返り歩き出したところで、シルビアに呼び止められる。


「あ、旦那様! これを!」


 叫び声に振り返ると、シルビアは僕に小さな袋を手渡す。


「なんだ、これは?」

(まじな)いの道具です」


 そういうので、袋を開けてみた、乾燥した唐辛子が一つ、入っているだけだった。


「これは、どちらかといえばお守りというのではないか?」

「そんなことはありません。旦那様に運命の時が訪れる直前に、何かを知らせてくれるはずです」

「そんな(まじな)いもあるのか?」

「トルタハーダ家の(まじな)いとは、その人に訪れる死を読み、それを避けるために編み出されたものです。ですから、これもトルタハーダ家の(まじな)いのひとつなのです」

「そういうものなのか。では、行ってくる」

「ご武運を」


 深々と頭を下げて見送るシルビアに、僕は手を振って小走りに家を出る。

 ちょうど軍司令部へと向かうバスが、バス停にやってきたところだ。僕はそれに駆け込み、中に入る。


「朝から、ラブラブだったな」


 ふと見れば横に、ボルツ中佐が立っていた。僕は怪訝な表情でこう返す。


「そういうお前だって、奥さんに見送られたんだろうが」

「そうだぞ。だけど、せいぜい玄関越しだ。外にまで出て、手を握ってはくれなかったなぁ」


 そんなところまで見ていたのかこいつは。それに手を握っていたのではなく、彼女から(まじな)いの品を受け取っていただけなのだが。ともかくバスは大勢の軍人を乗せ、宇宙港へと向かう。


「これより駆逐艦2500号艦、発進する! 機関始動!」

「機関始動! 核融合炉点火、出力上昇、重力子エンジンに接続開始!」


 ウィーンという重力子エンジン特有の音が、この艦橋内にも響き渡る。


「上昇出力に到達、発進準備よし!」

「繋留ロック解除、2500号艦、浮上開始!」

「2500号艦、浮上開始! 両舷微速上昇!」


 さらに回転数の上がった重力子エンジンからの甲高い音とともに、ガコンという船体を支えていた繋留用のロックが外れる音が響く。と同時に、上昇を開始する。


「タワークリア、管制塔高さ突破! 上昇速度上げます!」

「毎秒100から500まで上げよ、僚艦に遅れるな」


 宇宙港ドックを離れた駆逐艦は、管制塔高さを越えたあたりから急上昇に転ずる。反重力を生み出す重力子エンジンによって得られる浮力によって上昇を続ける。

 王都の全貌が見えてくる。薄曇りでややかすんで見える王宮も、すでに3000メートルを超えた我が艦から見れば小粒な建物だ。

 その王都の脇にある、巨大な円形の壁で囲われた建造物、すなわち宇宙港の街も、この高さからは小さな丸でしかない。そのまま上昇速度を上げつつ、規定高度を目指す。

 僚艦は全部で30隻。他の艦も順次、上昇を行う。やがてこの30隻は規定高度である4万メートルに達した。


「規定高度、到達!」

「大気圏離脱前に再点検! 各部、報告せよ!」

「レーダー! 前方300万キロ以内に障害物なし!」

「主計科! 艦内気密に問題なし!」

「機関科! 左右の核融合炉、重力子エンジンともに正常!」

「了解した。ではこれより、大気圏突破を行う。機関全速!」

「はっ! 機関全速! 両舷前進一杯!」


 艦長の号令と同時に、ゴーッといううなり音が艦橋内にも響き始めた。窓の外を見ると、すでに上空は真っ暗。高度4万メートルともなると、もうほとんど宇宙空間だ。

 その高度にて、この艦は全力でこの星からの重力圏脱出を開始する。空気抵抗もほとんどないこの高度から全速前進し、まずは大気の層を突破する。

 青白く光る地面が、横に滑り出す。実際にはこちらがうごいているのだが、我々から見ればまるで地面が後方に向かって動き出したような感触を受ける。これは、重力子エンジンが生み出す重力子を利用して、艦内の加速度を打ち消す慣性制御装置のおかげだ。

 この装置がなければ、我々は今頃進行方向とは逆向きに、およそ20Gから30Gの強烈な加速度にさらされている頃だ。だが、艦内はまるで地上にいるときのように、ずらりと並んだ椅子とモニターの前に乗員が座り各任務をこなしている。

 もっとも機関全開時だけは話は別で、けたたましい轟音とともに、びりびりと壁や床が小刻みに振動する。が、この程度の音や振動には慣らされた乗員らは、構わず各員の任務をこなす。

 やがて、目の前に青い星が見えてくる。


「転舵180度、地球(アース)スイングバイに入ります」


 いったん地球から離れた我が艦だが、そこから向きを変えて大きな楕円を描くように地球(アース)1060の方角を向く。これは、地球(アース)のもつ重力を利用し加速するスイングバイのためだ。徐々に巨大な青い星が近づいてくると、表面の陸地が見えてきた。

 あれはルミエール王国があるアンサロール大陸だ。東西に広く伸びる入り組んだその大陸の西寄りにそのルミエール王国はあるが、東側にはさらなる大国、ドネツスタルヴァルト帝国がある。この大陸最大のこの国との同盟交渉は、当初は難航した。が、ルミエール王国をはじめとする周辺国が我々と同盟関係を樹立する中、ついに3か月前にはここも交渉成立を果たした。

 いずれその国にも、大きな宇宙港が作られるだろう。人の交流が、ますます盛んになる。

 そんなこの星の巨大大陸の脇を全速で駆け抜けて、我々は巡航速度に達する。


「集結地点である小惑星帯(アステロイドベルト)まで、およそ3時間で到着します。その間に我が戦隊500隻は合流しつつ、目的地手前には集結を完了する予定となっております」

「今のところ、脱落艦などはないか?」

「全艦、健在です。ただし、一部の艦の人型重機補充は間に合っておらず、接近戦を仕掛ける場合の攻撃力は回復していないのが現状です」

「了解した。まあ、我々の役割がないことがもっとも望ましいことではあるのだがな」

「ですが、今回の戦いもかなり思い付きに基づいた計画性の薄い戦いですから……」

「それ以上は言うな。総司令部に対する命令批判は、場合によっては軍法会議ものだぞ」

「はっ!」


 ボルツ中佐の懸念はもっともで、実際、誰も口にせずともこの参謀長と同じ意見を持っている。毎回、その尻拭いをやらされている戦隊だ。今度も無事に、帰れるかどうか。

 過去4度の殿(しんがり)をやったおかげで、我が戦隊はこれまでに21隻が沈んでいる。総勢2000名を超える乗員を失った。一個艦隊、1万隻から見れば小さな犠牲だが、このおよそ2000人もの乗員たちの、その何倍もの人数の家族や友人、恋人にどれほどの悲嘆を与えてきたか。

 総司令官閣下が改心するか、あるいは変わらない限り、この悲劇は続くだろう。そろそろ地球(アース)716の軍務省も、あの勢いだけで実績のない大将閣下を更迭しようとは考えないのだろうか?

 半ば、諦めの境地で前進を続ける我が戦隊。それから暗い宇宙を進み続けて、この星系にある小惑星帯(アステロイドベルト)へと到着する。

 すでに艦隊の多くが集結していた。無数の駆逐艦が、点在する小惑星に接舷して待機している。その中には、全長が5000メートルを超える戦艦もいくつか存在する。

 戦艦と言っても、戦闘にはほとんど参加しない。大きすぎる上に動きが鈍い。後方で駆逐艦の補給のために存在する軍艦、というのが最近の戦艦の役目だ。

 戦いの主力である駆逐艦は全長がだいたい300メートル前後で、10メートルの大口径エネルギー粒子砲を持ち、そこから放つ高エネルギービームで敵を沈める。

 射程距離は敵も味方も同じ30万キロ。その射程ギリギリで撃ち合い、どちらかが撤退行動をするまで攻撃を続ける。これが基本戦術だ。

 もっとも、たいていの戦いではこの基本戦術以外の戦術をとることが珍しい。障害物のない宇宙空間では、敵の後方や側面に回り込むなどという行動がやりづらい。やったところで、追いつかれてしまう。


「総司令官座上艦、戦艦ルストマルクより入電! 全艦隊、集結しつつワープポイントへ迎え、と!」


 我々が到着して30分も経たないうちに、前進命令が出た。我が戦隊にむけて、僕も発令する。


「全艦、これより出撃する。ワープポイントに向けて前進せよ」

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