#18 凱旋
「シュパール准将、ご入場ーっ!」
トランペットが鳴り響く中、僕は赤い絨毯の上を歩く。両脇には、多くの貴族らと将官が並ぶ。その合間を抜けて、小机が置かれた場所で止まった。
あの戦闘終結から、一週間が経った。
で、僕は王宮の赤い絨毯の上に軍人としてただ一人、軍礼服姿で立っている。そんな僕に、ルミエール王国の宰相閣下前からが近づいてくる。
そして、封蝋の封印を解いた羊皮紙の巻物を広げ、こう告げる。
「貴殿、ロベール男爵は、寡兵をもって敵を圧倒し、その敵兵を排除することに貢献した。これは我が王国のみならず、この蒼き球状の星のすべての人命に安穏をもたらしたものである。その功績を讃え、連合軍一等軍事勲章、並びに王国からは金一等勲章を授与するものとする」
貴族らが、宰相閣下の言葉に応じて拍手をする。羊皮紙を丸め、それを側近に渡すと、その代わりに軍の勲章を受け取る。
僕は直立したまま動けない。ただ、宰相閣下胸によってその勲章が取り付けられるのを待つばかりだ。
が、もう一方の勲章については、作法が違う。王国勲章を前に僕はひざまずき、胸に手を当てて、頭を下げてこう告げる。
「我が王国のため、今後も命を賭してお守りする所存でございます」
これが王国側の勲章の受け取り方だそうだ。その後立ち上がり、やはり宰相閣下より胸に勲章を取り付けられる。
こうして、一気に二つの勲章を手に入れた。同時に僕は、准将から少将に昇進が決まる。そして爵位は、男爵から子爵に変わる。
「おめでとう、シュパール少将、いや、ロベール子爵殿」
その後行われた社交界で、デメトリオ殿が現れてねぎらいの言葉を受ける。思えば、この侯爵家の嫡男のおかげで、僕は2度も命を救われた。いや、2度殺されて無かったことにされた、と言った方が正確か。
「小官がこの場にいるのは、まさにこの王国に伝わる呪術のおかげです」
「だとしてもだ、貴殿以外にそれを活かすことができたかどうか、怪しいものだ。やはり貴殿の実力によるものだと、もっと誇るべきであろう」
と侯爵家の嫡男はそう主張するが、僕にはその自覚はない。
単に、運がよかった。でなければ、とっくに死んでいる。僕はそう考えた。
「ところで、貴族の間で自身の家に伝わる秘術を明かすところが増えたという話を聞きましたが」
呪いつながりで、僕は噂になっている話をデメトリオ殿に尋ねてみた。
「そうだな。今さら隠しても仕方がないと気づいた貴族が増えたようだ。が、こう言ってはなんだが、大半はつまらぬものであるな」
「つまらないもの、とは?」
「手をかざすだけで、封筒の中身を封印を解かずに読める呪いとか、一人の人物を短時間、意のままに操ることができる呪術など、それがどうしたというものばかりだ。この宇宙時代に、あまり役立つものはほとんど見当たらない」
「ほとんど、ということは、一部は役立つものもあるとおっしゃりたいので?」
「鋭いな、いや、まさにその通りだが、それはまた、必要に応じて明かすとしようか」
なんだこの侯爵家の男は。結局、明かしてはくれないのか。僕はワインを一口飲みながら、やや不満げな顔を浮かべる。そんな僕を、デメトリオ殿はまるで勝ち誇ったように一瞥する。こいつ、あまりいい性格の男ではないな。僕は改めて確信する。
それからが大変だ。いきなり国王陛下に謁見させられたり、宰相閣下から三人の公爵を紹介されたり、おまけに騎士団長にまで顔を合わせる羽目になる。王国からの勲章を受けるということは、これほどまでに面倒なことが待っていたとは。
彼らの思惑は明確だ。要するに、この大勝利を王国のおかげということで、この星中に大々的に知らしめて、ルミエール王国の主導権をできる限り拡大しようとのたくらみからであろう。そうなれば、貴族らにとっても都合がいい。しかし、王国はともかく、この王国に伝えられる秘術、呪いによって命長らえ、勝利を手にしたことは否めない。
ただ、それをもたらした張本人はこの社交界の場にはおらず、我が宿舎で僕の帰りをただ待ち続けている。
3時間にもわたって振り回された社交界を終えて、やっとの思いで宿舎にたどり着く。
「おかえりなさいませ、御館様」
最初に出迎えてくれたのは、メイドのリリューだ。というか、すぐに出てくるはずのシルビアがいない。
「リリュー、シルビアはどこへ?」
「それがですね、御館様。二人きりでお会いしたいと、この場所にいらっしゃるとのことで」
と、リリューは僕にメモを手渡してくる。それを開くと、僕はそこに書かれた場所へと向かう。
それは、宇宙港の街の中にある中央公園の一角だ。そこにはアーチ形のオブジェに、その下にはベンチ椅子が並んでいる。
今は夜だ。さすがにその場を訪れる者はいない。いくら治安がいいこの宇宙港の街中とはいえ、そんな場所をわざわざ指定して呼び出すとは、何を考えているんだ?
と思いつつ、僕は軍服姿のまま、その公園に向かう。紙に書かれたアーチ形オブジェのその下の椅子に座る、赤いドレスを着た令嬢の姿があった。
で、その令嬢は、僕の姿を見るなり手を振り、そしてベンチの横をポンポンと叩く。そばに座れと、そう言っているようだ。
「なんだ、わざわざこんなところに呼び出して。宿舎で待っていればよかったのに」
満天の星空の下、少し肌寒い秋の気配を感じるこの季節、そんな肌寒さを我慢してまで待つ理由など、どこにあるのだろうか。
「お待ちしておりました、旦那様」
そうシルビアは僕に告げる。僕はやや怪訝な顔を浮かべ、シルビアの横に腰掛ける。
相変わらず、香辛料臭いご令嬢だ。直前に、何か食べてきたな。などと思いながらシルビアを見ると、彼女は僕の左手を取り、そして握る。
「実は私、この手を握れなくて、そのまま命を落とす運命でしたのです」
急に不可解なことを言い出すシルビア。僕には、何のことだか意味が分からない。
「おい、シルビア。何の話を……」
「私は旦那様、つまりシュパール准将提督様に、1年以上前に、呪いの中でお会いしていたのですよ」
何やら妙なことをカミングアウトし始めたぞ。僕は尋ねる。
「どういうことだ?」
「私の呪いの中の話でございます。その日、私は自身を占うと、いつもと違って風景が見えてきたのでございます」
「つまり、1年以内に死ぬと?」
「その通りです。それは衝撃的な光景でした」
「それは、どんな光景だったのだ?」
「王都の中央を流れるセヌル川に、身投げする自身の姿でした」
いきなり、強烈な光景の話が出てきた。が、シルビアの話は続く。
「セヌル川の橋の欄干に上り、そこから身投げをしたのです。その時は状況が理解できませんでしたが、酷く絶望した気持ちが伝わってきました。が、その飛び込む瞬間、一瞬、私の身体がくるりと回ったのです」
「回った? 飛び込んだのに?」
「そうです。実は飛び込んだ瞬間、私の服をつかみ、私を助けようとした方がいたのです」
「ああ、だから向きが変わったのか」
「そこに見えたのは、濃い青色の軍服に軍帽をかぶり、准将の飾緒をつけた、そして凛々しいお方だったのです」
「……ちょっと待て、凛々しいかどうかはおいておき、准将の飾緒というのは、まさか……」
「そうです。まさにそれは旦那様の姿だったのです」
つまり、シルビアの話をまとめると、僕に出会う前から、僕の顔を知っていたということになる。
「ところが1年前に、そんな服装の者などこの王国にはおりません。が、その後、星の国からの使者が参ったと聞いて駆けつけてみれば、あの濃い青色の軍服姿の者が多数、現れたではありませんか。ですから私は、あれが星の海を渡ってやってきた軍人であると知ったのです」
「だが、それだけでは僕のことなど分からないだろう」
「ええ、そうでした。が、後日、たまたま私は、殿役を務め軍を救ったとされるお方のことを耳にします。そのお姿をモニターと呼ばれるもので目にした瞬間、それが私を救おうとしたあのお方の顔だったのです」
僕と会う前に、シルビアは僕と会っていた。ただし名前もわからず、ほんの一瞬、現れただけの男だった。そんな男の顔を、シルビアはずっと追い続けていたのか。
最初に出会ったときから、どことなく違和感があった。だいたい、いきなり遠慮もなく食事に誘いかけてきた。まったく警戒するどころか、以前からの知り合いかのように安心しきって僕についてきた。それはつまり、すでに僕を知っていたからなのか。
「その後、私は勘当され追放されたのです。おそらくそのまま、私は絶望してセヌル川に飛び込むはずでした。そこであなた様に救われ損ねる運命だったのです」
淡々と語るシルビアだが、その話から察するに、僕は帰還後に王都へ行っていたことになる。
ああ、思えば今までも、ムシャクシャしたときは夜の王都に出向いて貧民街の傍らにある広場で銃をぶっ放してたな。単にそこら辺の石や木々を標的に撃っていただけだが、無法地帯でストレス発散をしてたのは事実だ。おそらく、その場所に向かう途上で彼女に会う予定だったのだろう。
「ですからそのまま、橋の上で待っていればよかったのでしょうが、ちょうどその戦隊が帰還されたという知らせを耳にしたので、追い出された後に私はすぐ宇宙港へ出向き、あなた様が現れるのをひたすら待ったのです。偶然にも私は、正面から歩くあなた様を見つけたのです」
今でも覚えている、少しくたびれた感じの赤いドレスを着た令嬢が、なぜか僕に満面の笑みを浮かべて近づいてきたときのことを。
「その時ほど、私は神に感謝したことはございません。やはり私は、あなた様に出会う運命だったのだ、と思ったのです」
「いや、それは単なる偶然では……」
「もしも私が自らの死を読まず、あのまま男爵家を追放されていれば、結局、私はあの川に身投げすることになったでしょう。その運命を変えようと手を伸ばしたあのお方に会えば、きっと私を助けてくださる。実際に、旦那様は私をあの宿舎に住まわせて下さった上に、何不自由ない暮らしを約束してくださった。今にして思えば、そのような運命の巡りあわせを持つお方だったのです」
そうシルビアは僕に説くが、むしろそれは逆だ。
僕の方こそ、シルビアと出会ったことで命を救われた。もしあのまま、身投げするシルビアを救えずにいれば、僕はその直後の戦いで最初に見たあの死の光景に遭遇し、そのまま息絶えていただろう。
本来ならば死んでいたかもしれない二人が、こうして今を生きているのは、まさに互いがその悲劇の前に出会えたからに他ならない。そんな銀髪の赤ドレスの令嬢が、僕の頬を両手で押さえて、僕にこう告げる。
「旦那様、私の命を助けていただき、ありがとうございます」
それに対して、僕もこう答える。
「それはむしろ、僕のセリフだ。今を生きていられるのは、シルビアのあの呪いのおかげだ。こちらこそ、ありがとう」
そうして僕らは互いにお礼を言いあうと、この公園のベンチの上で口づけをする。互いの生を確かめ合うように、しっとりとした唇を互いに感じあう。もちろん、刺激的な香辛料の匂いとともに。
いやに出来過ぎた出会いだと思っていたが、そんな裏事情があったのかと、僕は知ることとなる。つまり、シルビアは自らの命運を賭けて宇宙港ロビーに出向き、そして死の運命に対し見事「勝利」した。
そして同時にそれは、僕の「勝利」でもあった。あの呪いのおかげで、僕は死ぬはずの運命を何度もひっくり返し、ついに勝利を得た。
そんな巡り合わせと互いの勝利の「凱旋」を、満天の星空の下、僕らは確かめ合っていた。しかし、まさか1年以上も前に僕は、彼女と出会っていたとは。僕も一年前には、彼女に出会うなんて思ってもいなかった。それも、これほど香辛料の匂い漂うご令嬢と会うなんて。
「ところで、旦那様」
と、一通りいい雰囲気になったところで、シルビアが僕に話しかける。
「なんだい、シルビア」
「そういえばですね、とびきりすごい辛味ソースが手に入ったんです。なんと、デスソースを越える超絶の辛さがウリなのだとか」
「そうなのか」
「それで、今夜の夕食にそれを入れてもらうよう、リリューに頼んでいるんです。ちょうど身体も冷えてまいりましたし、早く帰宅してそのホットな激辛料理で身体を温めませんか?」
「おい、ちょっと待て、僕の料理にもそれを入れたんじゃないだろうな!?」
とまあ、いつも通りのシルビアの悪い癖が出てきた。そのうち辛さで僕は死ぬんじゃないのか? いや、シルビアの呪いによれば、僕は少なくとも1年以内に死ぬことはないそうだ。つまり、「死を読んだ」ら真っ暗な光景しか出てこないというのだ。
うーん、つまりそれって、僕が徐々に辛味に慣らされていくという、そんな未来を暗示しているということなのだろうか。徐々に僕は、シルビア色に染められているのをひしひしと感じている。
まったく、なんてことをしてくれるんだ、この辛味令嬢め。
(完)