#17 作戦
新総司令官就任の社交界から10日が過ぎた。あれから毎日が忙しい。我が戦隊は艦艇の補充を終えて500隻となったものの、人型重機の補充が追い付かない。
新たに10隻以上が加わったため、練度を保つために宇宙へ出て、移動砲撃の訓練を行った。我が戦隊には停止して撃つなどという暇がほとんど与えられない戦いを強いられるため、移動しながらの砲撃の練度はある程度、上げておく必要がある。
もちろん、接近戦も重要だ。駆逐艦に取り付けたカーボンワイヤー付きの人型重機隊を使い、敵の艦隊後方に回り込んで後部の噴出口を一撃離脱すれば、その艦は動けなくなる。我が戦隊はあくまでも撤退時に敵を混乱に陥れ、味方の攻撃から注意をそらすことを目的としている小集団の戦隊だ。おかげで毎回、そんなリスクの高い戦いを強いられている。だからこそ、通常戦闘以外の訓練は欠かせない。
しかし、前回は非常にリスキーな手で敵から逃れた。次回もあれが通用するとは限らない。総司令官が変わったとはいえ、負け戦の撤退支援を命じられたなら、今度はまた別の方策を考えださないと本当にやられるかもしれない。奇策を用いる者は、常に新たな戦い方を模索せねば敵に読まれ、すぐに対策をされてしまう。あの連盟軍総司令官の場合は、
特にそうだ。
とはいえ、そろそろ本当に手がなくなってきた。何か新たな装備を、と考えるが、そういうのはライヘンバッハ少将が首を縦に振らない。もっとも、それ以前にこれと言ったよい装備が見当たらないのだが。
結局のところは、眩光弾頼みか。今度は垂直方向にも撃ってみればいいのか? 確かにそれならば、前回のような手ならば防げるかもしれない。
が、別動隊がどの方角にいるのかが分からないと、確実性はないな。いや、元々この戦隊の戦い方がギャンブル要素が強い。次回までにさらに良い手がないか、考えておくことにしよう。
そんな平穏で忙しい10日間だったが、意外に早く艦隊は回復を遂げた。元が防衛艦隊の総司令官であり、そのもとで働いてい艦がこちらにやってきたということもあって、防衛艦隊出身の不満や戸惑いが少ないのはありがたいことだ。地球716の軍司令部は今回、この交代劇に関してはいい仕事をした。ディークマイヤー大将には悪いが、最初からこちらを総司令官にしていた方がやはりよかったのではないかと思い始めたところだ。
が、11日目の朝、いきなり将官に緊急招集がかかる。何事かと集まった我々を前に、その新総司令官がこんなことを言い出した。
「我が艦隊が回復を成した今、3日後に連盟軍の支配域を攻撃、これを奪取する」
てっきり、ディークマイヤー大将が返ってきたのかと錯覚する発言がこの総司令官から飛び出した。総参謀長が、話を続ける。
「遠征艦隊1万隻、全軍を出撃させる。敵の支配域に速やかに進撃し、これを占拠するのが狙いだ。事前に浮遊砲台のありかなどを偵察済みであり、そこを避けるように横陣形を敷きつつ、敵を迎え撃つ」
以前と違うのは、偵察艦隊による情報が入っていることくらいである。基本戦術はやはり横陣形による撃ち合い。だがそれで、どうやって敵を瓦解させるのか、その一点が欠けているままだ。
が、ラインマイヤー大将は自信満々にこう答える。
「この戦いは、これまでとは明らかに違う。今までの戦いを調べた上で、我々には唯一、盲点があった。思い込みといった方がいい。これを逆手にとり、敵を圧倒する策ができた。今度の戦いは、必ず勝利するであろう」
と、自信満々に答えるが、盲点だって? なんだ、盲点って。もはや意味不明である。しかもそれが、戦闘勝利に貢献すると断言するのだから自信過剰も甚だしい。やはり、司令官がかわっただけでは組織というものはそうそう変わらないものなのか。
が、その盲点の具体的内容が、その場で語られる。
これはむしろ、僕が一番驚くべき内容だった。
◇◇◇
「敵艦隊、接近! まもなく射程内です!」
すでにこの宙域での戦いは、7度目を数える。30万キロまで接近仕掛けているあの灰色の艦色の艦隊は、再び多大な犠牲を払うべく迫っている。
何度攻めてきたところで、結果は同じだ。特に同数同士の戦いならば、それを上回るよほど奇策がなければ、守りに徹する連盟軍を崩すことはできない。
が、連合のやつらは艦隊を無駄に前進させたりするだけで、いたずらに被害を増やすだけの無駄な動きが多い。奇策には少なくとも二段構えがなければ、意表を突くことはできない。
「敵、射程内、撃てーっ!」
我が軍と敵との距離が、30万キロとなる。互いに射程圏内に入った両軍は、壮絶な撃ち合いが始まる。
1万隻同士の撃ち合い。だが、30万キロという距離は光の速さで往復2秒分のずれがある。砲撃手はスコープを覗きつつ、その2秒のずれの姿を想定して砲撃しなくてはならず、おまけにシールドという、都市をも吹き飛ばすほどの強烈なビームすらもはじき返す仕組みがある。それゆえに1時間撃ち合っても、撃沈率は2パーセントというのがこの宇宙での艦隊戦の常識だ。
これを瓦解させるには、不意打ちで1パーセント以上の損害を与えるか、5パーセント近い損害を与えて敵の戦意を失わせる作戦ができるかがカギとなる。守る側は、ただ整然と並んで撃っているかぎり、なかなか瓦解させられることはない。が、攻める側は違う。漠然と撃ち合っただけでは、相手を崩すことはできない。
「別動隊の準備は、できているか?」
「はっ! 前回は右翼でしたので、今回は左翼側に展開しております」
「そうか」
連盟側にしても、ただの撃ち合いに終わらせるつもりはない。我々は敵に揺さぶりをかけ、そのたびに勝利してきた。引き分けではない、勝利だ。守りの側でありながら、6回の勝負を勝ちで占めるというのは、なかなかにして痛快だ。
今、宇宙全体、この1万4千光年の宙域を見ると、連合側が力を伸ばしつつある。連盟側は徐々に押され始めている。300年近く前は連盟側有利だったのに対し、年々、徐々に拮抗していき、今ではむしろ6対4くらいの割合で連合側の所属星の方が増えてしまった。
なればこそ、我々のような場所は珍しい。連合側が圧されている。全体から見れば小さな勝利かもしれないが、これは連盟側からすれば大いなる希望だ。我々はその希望を保ち続けなくてはならない。
前回あたりから、粘りを利かせた戦いを仕掛けてくる。無駄な動きが減った。が、ならば敵にその無駄な動きをさせるよう誘い込み、瓦解させるまでのことだ。
と、そう連盟側の総司令官は考えていた。が、まったく想定外のことが起こる。
「ぜ、前方に、眩光弾多数!」
戦いが始まるや否や、突然あの光の玉、眩光弾が炸裂する。
しかも数百という数ではない。見たところ、艦隊の半分。あの連合側艦隊の左翼側から5千発もの眩光弾が発射された。
しかしだ、眩光弾というのは10分間という短い間い、光と雑電波を発するものである。それを発射すれば、連盟側のみならず連合側とて砲撃が不可能になる。
しかも、艦隊の半分が発射しただけであるので、敵艦隊右翼、こちらの左翼側は特に影響を受けない。現に、砲撃が続いている。
だが、何を考えている? 撤退用の兵器を戦闘に使うとは、どういう策を講じるつもりか。
そこでようやく、連盟軍の総司令官はある考えに至る。しまった、敵は「あの戦隊」を使うつもりか。
だが、それに気づくのが遅すぎた。
◇◇◇
「まもなく、敵艦隊左翼です!」
眩光弾が光る中を、我が戦隊500隻はまさに敵の艦隊にとりつこうとしている。
「砲撃戦、用意! 並びに人型重機、発進用意!」
以前やった中央突破を、撤退戦ではなく艦隊戦が始まると同時にやろうというのだ。それも、艦隊の半分に対してだ。
いままで、我々は殿、つまり撤退の際に敵を混乱させるための部隊だった。
が、新しい総司令官が「盲点」だといったのは、それだった。
撤退時に味方への攻撃をそらせるほどのかく乱をできる部隊があるのなら、それを最初から使ってかく乱させればいいじゃないか、と。
言われてみれば、その通りだ。敵が混乱し、陣形が乱れれば、その艦隊は瓦解する。
それを撤退時ではなく最初から仕掛ければ、敵を圧倒することができるじゃないか、と。
ずっと殿を務めていながら、そんな簡単な発想に気付けなかった。まさに逆転の発想だ。盲点だったな。
しかも今度の総司令官は、眩光弾を我々の戦隊からではなく、艦隊主力から直接撃たせるという暴挙に出た。全部で、5千発。いつもの10倍の量だ。その作戦を聞かされたライヘンバッハ少将のひきつった顔は、今でも忘れられない。
敵の半分が、攻勢不能に陥る。これは味方も同じだが、眩光弾が止む10分後までに敵を混乱に陥れれば、味方は一気に攻勢に出られる。
ついでに言うと、前回は味方艦隊右翼側を狙って別動隊が出てきたようだ。
ならば、今回は左翼側に来るのではないか? 特に我が殿戦隊がいつも左翼側にいることが多いので、今度は敢えて我が軍の左側に現れるかもしれない。
だから眩光弾が聞いている間に、その別動隊を光学センサーで見つけ出し、叩くという狙いもある。
まあ、その狙いがうまくいくかどうかは別として、我々がやることはただ一つ。
まずは眩光弾が効いている間に、敵左翼側艦隊を近接戦闘により一隻でも多く沈め、または行動不能に陥れ、大混乱にすることである。
「敵艦隊まであと2千!」
「よし、砲撃開始! 同時に、人型重機隊、発進せよ!」
500隻が、一斉に砲撃を開始する。敵の艦隊とすれ違いながらの砲撃に加え、人型重機隊による敵の艦艇後方にある噴出口への攻撃を行う。
やや減速しつつ、赤褐色の連盟艦隊の列を前から後ろ側へと回り込む。人型重機が、青く光る噴出口へと次々に小型ビーム兵器を発射する。防御の要であるシールドシステムは、後方は効かない。このため、たとえ小型の兵器であっても破壊が可能である。
何隻かの後方噴出口から、火花が散る。次々に当てている証拠だ。が、我々ものんびりはしていられない。
「一度、離脱する! 次は敵艦隊左翼側、中央!」
人型重機隊をワイヤーで回収しつつ、加速して次の戦場に向かう。次は通常の戦闘をしている敵の右翼側艦隊にも、同様の嫌がらせをする。
たとえ敵の損害が数十隻であっても、一部でも意図せぬ攻撃がくると疑心暗鬼に陥る。それが、数以上の混乱を生む。
これまで僕は、撤退戦でそれをやってきた。
今回、それを艦隊戦でやってのける。
「敵の左翼側を、何隻やれたか?」
僕の質問に、参謀長が短く答える。
「撃沈30、航行不能およそ70」
「上出来だ。それだけの損害があれば、敵も混乱中だろう」
「目前が光の壁がありますから、転舵して我々を狙い撃とうとしていますよ」
「残念ながら、我々は今、敵の右翼側へ攻撃するため、忙しいんだ」
そう言いながら僕は、迫りくる敵右翼艦隊を目指す。
「その右翼側ですが、味方と交戦中で、こちらどころではなさそうですね」
むしろ敵の右翼側は、真正面の5千隻との戦闘に夢中だ。こちらの方が狙い撃ちしやすそうだな。我々は、速力を落とす。
「砲撃戦用意、一撃離脱で……」
が、そこに邪魔が入る。いきなりビーム兵器が我が戦隊の脇を通り過ぎる。
「なんだ! 別動隊か!?」
「いえ、後方にいる敵戦艦からの砲撃です」
艦隊の後ろには、大型艦である戦艦がいる。だいたい5、6万キロはなれたばしょからこちらに攻撃を加えてきた。なんてことだ。後方でふんぞり返っていればいいものを、そんな重たい船体から攻撃してきやがった。
「どうします?」
「仕方がない。もう一度大きく迂回しつつ、敵の右翼艦隊に砲撃を加える」
しかし、敵の司令官は我々が襲い掛かってくることをあらかじめ想定していたことになる。つまりだ、敵はこうなることを予想していた、ということになるのか。
そういえば、撤退戦のたびに執拗に我が戦隊500隻を狙い撃ちしてきた。
つまりは、こうなることを恐れていたのか。
「いっそ、敵戦艦に攻撃を仕掛けてみるか」
僕がそう一言、そう言い出す。
「いや、戦艦などに攻撃したところで、艦隊陣形の乱れには一切つながりがありません」
「そうとも言えない。せっかくだ、先ほど砲撃を加えてきた戦艦に敬意を表し、思う存分、損害を与えてやろう」
そう言っては見たものの、僕には確証があった。
このまま右翼艦隊を狙っても、その戦艦から砲撃を受けて我が2500号艦が沈んでしまう。これは、シルビアの「死を読む」呪いの結果だ。
死ぬと分かっていて、右翼艦隊を攻撃することはせず、ここは敵戦艦を攻撃した方がいい。
そしておそらく、あの砲撃を加えてきた戦艦は、この艦隊の旗艦だろう。でなければ、我々を攻撃するようなことはしないはずだ。戦艦が駆逐艦相手に撃つということは、それなりの覚悟と危機感がいるからだ。
そんなものを持っているのは、この艦隊の総司令官以外には考えられない。
ならば徹底的に攻撃し、可能ならば破壊する。
「敵戦艦、射程内に収めました!」
「よし、全艦で撃て……」
そう思った瞬間、急に目の前が明るくなる。窓の外は、光っていない。多分これは、側面か後方からだ。
そう思いながら、僕は最期を迎える……
なんてことだ。こんなところで「死に戻り」をすでに使ってしまったじゃないか。戻った先は、ちょうど敵右翼側に移動しつつある時だ。この直後に、敵の旗艦らしき戦艦から砲撃を受けて、やや動きが鈍ってしまった。それがさっきの死因だろう。そこで僕は、こう叫ぶ。
「全艦、仰角45度、そのままさらに後方に回り込む」
それを聞いた参謀長は反論する。
「それでは敵の右翼側に打撃を与えるという目的を、果たせなくなるのではないですか?」
そうだった、この直前の僕は敵右翼側を攻撃すると宣言していた。が、このあとに敵戦艦からの砲撃を受けて、判断がぶれてしまった。そこで迷いが生じ、我が艦が敵に狙われてしまった。
ならば、最初から敵の戦艦に狙いを定めた方が正しいのではと考えた。一度、死んでるからこその結論だが、ここではとりあえず、こう答えておく。
「味方からの砲撃もあり、流れ弾に当たる可能性がある。それよりも、この後方で指揮している戦艦に攻撃を加えた方がより効果的だと思わないか?」
結構無茶なことを僕は言っている自覚はある。が、参謀長は僕の意図を受ける。
「つまり、それは呪いってやつで何かを……いえ、了解しました。ならば、敵戦艦に狙いを定めましょう」
「いったん、大きく後方に回り込む。敵もまさか我々別働隊が戦艦を狙ってくるとは思わないだろうからな、その油断を突く」
何か勘づいたようだな、この参謀長は。まあいい、余計な説明が省ける。それに、今度こそ死ぬわけにはいかない。
ということで、我が戦隊は全速力を維持したまま、僕らは5万キロほど後方にいる敵の戦艦群に突入する。
全長が3千から5千メートル級の大型の宇宙船である戦艦は、だいたい300隻に一隻の割合で存在する。およそ30隻が散開したまま、後方より戦闘に参加せず、そこから指揮を執るというのが、戦艦の一般的な運用方法だ。
もはや戦艦とは名ばかりで、補給などの後方支援と指揮所としての役目しかない。それは駆逐艦と比べて機動力がなく、かえって戦闘の邪魔になることの方が多いためだ。
だから、戦艦を襲う事自体は、決して間違った選択ではない。前面の駆逐艦の戦列との戦いが精一杯で、通常は後方まで手が回らないというだけに過ぎない。
そんな戦艦に、我々は迫ることとなった。ただ、先ほど撃ってきた敵の旗艦がどれかが分からない。ということで、できるだけ大型の艦に狙いを定める。僕は先ほどやられた仕返しに、そう決意する。
◇◇◇
「敵艦隊接近!」
連盟軍旗艦は今、大混乱に陥っている。まったく予期せぬ方角から、敵の駆逐艦隊500隻が急速に接近してきたからだ。
「味方艦隊、右翼側に伝達! 接近する小隊を砲撃せよ、と打電せよ!」
「はっ!」
「我が艦も発砲する。艦長、砲撃開始だ!」
「はっ! 全砲門開け、砲撃開始、撃ち―かた始め!」
5千メートル級の艦が回頭しつつ、接近する小規模艦隊に砲撃を始める。が、たかが35門程度の砲で、しかも動きの鈍い戦艦が、機動力に勝る駆逐艦群を仕留められるわけがない。
その駆逐艦群は大きく弧を描き迂回しつつ、接近を続ける。やがて、敵旗艦後方に回り込んできた。
そこでこの連合側の戦隊500隻は停止し、一斉砲撃を加えてきた。
「右翼艦隊からの支援はどうなった!」
「味方の左翼艦隊の混乱により、それどころではないとのことです!」
「別動隊がいたはずだぞ、どうなっている!?」
「別動隊との連絡途絶! つながりません!」
「そんなバカな……我が艦は旗艦だぞ、それがわずか500隻の敵にやられたとあっては……」
敵の総司令官がつぶやいたこの言葉が、彼の最期の言葉だった。
500隻の集中砲火を食らった敵旗艦の艦橋部分は、脆くも崩壊した。
◇◇◇
「敵戦艦、撃沈確実!」
「よし、これ以上の攻撃は不要だ。すぐに反撃が来るぞ。後退しつつ、敵艦隊右翼にも砲撃を加える」
敵の戦艦を一隻、撃沈した。戦艦という船は、もとは小惑星を削り出して作ったものだ。その小惑星の塊が、バラバラに砕かれて崩壊した。これを撃沈と呼ばずして、何と呼ぶか。
あれがもしも敵の旗艦だったなら影響は大きいだろう。が、30隻いる戦艦の内の一隻を沈めたに過ぎない。だが、それだけでも敵は後方支援の拠点を一つ失った。これでも大損害のはずだ。
「敵左翼側は、どうなっている?」
「一時、こちらに砲撃を仕掛けようとしたみたいですが、眩光弾の効果が切れて、我が右翼側が砲撃を開始しました。このため、回頭した艦艇が相当やられた模様です」
「そうか、あとは敵の右翼側だけだな」
敵艦隊で健在なのは、右翼側のみだ。その後方から、砲撃を加える。
「さて、嫌がらせを始めるぞ。敵がもっとも嫌う挟撃を、味合わせてやろうじゃないか」
僕は敢えて指揮官らしからぬ口調でそう命じた。が、またこれは滑ったみたいだな。皆の視線が冷たい。
「敵右翼側の中央部を攻撃する。戦隊、一旦停止し、斉射、その後一撃で離脱する」
「はっ! 主砲装填しつつ、一撃を加え、しかる後に離脱します!」
敵の右翼側は、我が艦隊の左翼側と交戦中だ。その無防備な後ろ側から、砲撃を加える。
距離はわずが5万キロ程度、これだけの至近距離ならば、撃てばかなりの確率で当たる。僕は斉射を命じる。
「一撃斉射だ、撃てーっ!」
「砲撃開始、撃ちーかた始め!」
我が2500号艦を筆頭に、一斉に砲撃が加えられる。目前の敵艦隊で、爆発光がいくつも光る。
「反撃が来るぞ、直ちに全力離脱」
我が戦隊はたったの500隻だ。じっとしていたら、千隻以上の敵の反撃を受ける羽目になる。直ち逃げに移る。
もっとも、今回の戦いでは味方の援護があることが幸いした。我が艦を狙うべく回頭した敵艦艇を、味方が確実に沈める。
その後も、敵の右翼側に何発か砲撃を加えた。陣形図を見ると、随分と乱れたものだ。
「おかしいな」
僕はそう呟く。
「何がですか?」
「いや、考えてもみろ。敵の艦隊がここまで乱れたことがあるか?」
「そりゃあ、乱すために俺らの戦隊が走り回ってだなぁ……いや、我らの奇襲が功を奏したと考えるべきでしょう」
「そうか? 少しうまくいきすぎている気がするのだが」
僕は陣形図を見て不可解に思う。これまでも撤退戦で、敵の艦隊に嫌がらせともいうべき損害を与え続けた。が、すぐに陣形を立て直し、こちらに反撃を加えてきた。
が、今度の敵は粘りがない。少なくとも、敵戦艦を撃沈したあたりから敵の陣形の復元力が明らかに落ちている。理由は分からない。
あの連盟艦隊は一見すると堅固なイメージだったが、これほどまでに奇襲に対して脆弱だったというのか。
そうと知っていれば、ディークマイヤー大将に緒戦からの緒戦の奇襲を進言すべきであった。もっと早くこのことに気付いていれば、味方の犠牲をもっと減らすことができたであろうに。
それから戦いは、1時間近く続いた。
我が戦隊は結局、小規模な集中砲火と、そのごの一撃離脱を繰り返すのみだった。が、そんな攻撃が、敵に大損害を与える。
敵の艦艇の損害が、推定で700隻を越えた。そこでようやく、敵は撤退行動に出る。しかし、その様子すらおかしい。
なんというか、統制が取れていない。あれほどいつも統制の取れた艦隊運動を見せつけてきた連盟艦隊とは思えないほどの崩れようだ。執拗に追撃戦に入るが、敵は順次、ワープアウトしていった。
やがてこの連盟の支配地域には、我が軍だけになった。浮遊砲台もすべて破壊し、ついに我が艦隊はこの宙域で、初勝利を挙げた。
「総司令部より入電! 我が艦隊の、勝利宣言をする、各員の奮闘に感謝の意を表す、以上です!」
事実上の戦闘終結が宣言されたのは、それから1時間ほど後のことだった。ついに念願の、連盟軍支配宙域の奪取が叶った。僕は、司令官席にどっともたれかかり、天井を見る。
この時、僕の脳裏に浮かんだのは、勝利をつかんだ歓喜などではなかった。
この戦いでも、生き残ることができた。ただその一点を安堵するばかりであった。