#16 社交界
さて、そんな不可解な面談の翌日。そのラインマイヤー大将の総司令官就任祝いの社交界会場となる戦艦ルストマルクに出発する。
「2500号艦、浮上開始! 両舷微速上昇!」
いつもの号令で、宇宙港から駆逐艦2500号艦が発進する。ただ、いつもと違うのは、今回は戦闘に向かうわけではない、ということだ。
そして、僕のすぐ脇にはシルビアとリリューがいる。
シルビアは社交界に出るとあって、あの赤いドレスを着て僕の司令官席の脇の椅子に座っている。加えて、すぐ脇には絵にかいたようなメイドが立っている。さすがに艦内にあの刃渡り15センチの包丁を持ち込むことはできなかったが、この元・暗殺人は周囲に対して警戒を怠らない。
このメイドの噂を聞いているためか、乗員も当初リリューには神経をとがらせていた。が、発進してしまえば、自身の任務に遷延せざるを得ず、いつも通りの雰囲気に戻る。
が、規定高度に達し、出力を全開にした機関音に加え、周りの風景が流れ出したのを見てこのメイドは急に血相を変える。
「ひええぇ、お、御館様にシルビア様、音が、景色が、大変なことになっております!」
よほど怖かったのか、シルビアにしがみつくリリューだが、そんなリリューに対してシルビアはにこやかな顔でこう答える。
「何を驚くことがありますか。星の海へ参るのですよ。そこにどのようなものが待ち受けているのか、楽しみではございませんか」
何とも度量の大きな、ポジティブ思考な貴族令嬢である。スイングバイのために目の前に地球が現れると、興奮気味にこう叫ぶ始末だ。
「まあ、アンサロール大陸が見せますわ。ということは、その南はあの香辛料の宝庫なのですわね!」
「ひえええぇっ! お、大きな青い星が! なんなのですか、あれは!?」
「あら、リリューは大地が丸いことを知りませんでしたか?」
興奮のしどころが普通の人が想像する貴族令嬢のそれとはあまりにも違い過ぎるので、それが聞こえた乗員は内心、戸惑っていることだろう。一方で、強面な表情だったメイドが狼狽し、機関音の轟音にもまるで動じない貴族令嬢にしがみつくという、妙な光景に直面している。
そんな一幕もあったが、この星系の小惑星帯に展開する戦艦ルストマルクに到着するまでの5時間ほどの間、食堂で様々な乗員との交流が続く。
「そうなのです。私、辛いものが大好きなのですよ」
「あの、この艦で一番辛い食べ物が、まさにチリソース風味のこのパスタなんですが」
「どれどれ……うーん、薄いですねぇ。これかけましょう」
といって、懐から取り出したデスソースをバンバン振りかける姿を見て、周囲の乗員はそれの発する強烈な刺激に目の痛みを感じつつ、この貴族令嬢への驚愕を覚えざるを得ない様子だ。
一方でリリューの方は、若い男性士官らが話しかけている。彼らは人型重機パイロットであり、腕に自信がある人物たちだ。そんな人物が、リリューに物騒な話をしている。
「お嬢ちゃんが元々、暗殺人だったとは聞いたけどさ、その相手はやはり老いぼれた貴族ばかりだったのかい?」
「そうですよ」
「てことは、命乞いをする老人相手にブスッとするだけの、簡単なお仕事だったってわけだ」
「それほど簡単なわけがありません。だいたい貴族というものは、力ある騎士や用心棒を雇うものですよ。私自身、ちょうどあなたくらいの大柄な騎士二人に囲まれたことがあったのですが、背中に回りこみ心の臓に毒針を刺して、もう一人は肋骨の隙間から短刀で一刺し。このように瞬時に仕留めねば、私のように力無い者はひとたまりもありませんでした」
あまりにも、昔の生々しい話をしているな。いくら昔の話とはいえ、いいのか、そんな危ない話をこんな場所で披露しても。ともかく、陸戦隊員の顔が険しくなるのを見ると、このメイドがただものではないことを肌身で感じたことだろう。
もっとも、最近は勝負下着を身に着けることが増えているメイドだ。彼らが思うような暗殺人とは、今はずいぶんと変わってきている。
そんな話をしているうちに、目的地に到着する。我が2500号艦は特別に第一ドックへ横付けを許され、直接艦橋に入ることとなる。戦艦内に移乗し、奥にある長いエレベーターで戦艦中央部にある大きな空洞部へと降りていく。
「うわぁ、なんですか、ここは!?」
そのエレベーターを降りた先の窓から見える、4つの階層からなる高密度な街の様子を、シルビアはガラス越しに観察する。下を歩く人々に、各ビルの一階部分で光るディスプレイ、露店や大道芸人によるパフォーマンスなどがすぐ目の前で繰り広げられているのを見て、早速そこに行きたがる。
「ねえ、旦那様。すぐにあそこへ参りましょう!」
「いや、その前にまずは社交界への出席だ。街はその後に行こう」
「そうでしたね、では、あとでリリューと共に参りましょう」
「そういえば、シルビアに紹介したい店があるんだ」
「えっ、そうなのですかぁ!? すぐに行きましょう!」
「いや、だから、後で行くんだって……」
街を見て興奮気味のシルビアだが、一方のリリューは、ガラス越しに見下ろす150メートルの高さにやや恐れをなしながらも、その下にある煌びやかな世界に興味津々な様子だ。
「そろそろ、社交界の会場へと向かう。付添人の控室だが……」
僕がそう告げようとすると、街の様子を見ていたリリューが一言、ぼそっと呟くのが聞こえてくる。
「年中昼間のこの街で、暗殺人らはどうやって仕事をこなしているのでしょうか……さぞかし優れた武器や隠れ蓑の道具が売られているに違いない……」
いや、リリューよ。ここではそういうの、ないから。たとえ軽犯罪でもやったら最後、監視カメラで特定されて制止されてしまう。そもそも、暗殺人という仕事自体がこの街にはないぞ。いくら軍艦の中とはいえ、ここは民間人が主体の街だからな。
そんな物騒な二人を連れて、街の様子が見えるガラスとは反対側にあるホテルのロビーへと向かう。そこで別のエレベータに乗り、ホテルの宴会場へと向かう。リリューはその脇の控室へ、そして僕とシルビアは社交界の会場である宴会場と向かう。
ホテルの会場ではあるが、そこには大勢の王族や貴族がいる。奥に立つ杖付きの男性が宰相閣下だ。陛下の代理としてここに参加しているようだ。
壇上の辺りには、大将や中将、そして王族に侯爵以上の貴族が集まっている。デメトリオ殿の姿も見える。
で、少し下ったこの辺りは、子爵や男爵、あるいは少将ばかりの場所だ。准将は僕だけのようだ。
しかし、将官の中で貴族のドレス姿の相方を連れて歩いているのも僕だけだ。それはそうだろう。将官の中で貴族令嬢を本妻にしているのは、僕しかいないのだから。
やがて、ラインマイヤー大将が姿を現し、いよいよイベントが始まる。
「ルミエール王国の王族、貴族の皆様にお集まりいただき、誠にありがとうございます。これよりは私の総司令官就任記念といたしまして、簡単ではございますが料理の方を用意させていただきました。是非ご賞味いただけると幸いにございます」
就任記念というよりも、まるで宴会の挨拶のようだ。まあ、要するにこの宇宙という場所で行われるのは、我々の力を貴族や王族に見せつけようという意図が大きいのだろう。実際に、この戦艦に到着するや否や、この戦艦に搭載されている35門の大口径砲や40基程度のドックに繋留されている駆逐艦、その周辺に集まる1万隻近い艦艇を目の当たりにしている。これは王国貴族らに対して示威行為だけではなく、ここで振る舞う我々の料理にも、その文化のレベル差を感じてもらおうという意図を感じる。
防衛艦隊での総司令官歴が長いと聞いていたが、人心掌握術というか、異文化の人たちへの関わり方、接し方をよく心得ていらっしゃる。最初からこの人が遠征艦隊の総司令官だったらよかったのではと、心から思う。
社交界が始まり、ワイングラスを片手にシルビアと乾杯する、それをすっと飲み干して、食べ物を取りに行こうとしたその時、とある人物とばったり出会う。
そう、それはトルタハーダ男爵家当主、セレドニオ殿だ。僕とシルビアの顔を見るなり、不機嫌そうな表情に変わる。
が、場所が場所だけに、特に何も言わず顔をそむける。シルビアも、少し憂鬱な表情を浮かべつつも、料理テーブルの方へと向かった。
と、シルビアが離れたその時、その男爵の当主は僕のところにさっと近づいてきた。
「そなたに聞く。シルビアとは、うまくやっとるかの?」
追い出した本人が、追い出した娘がどうなっているのかを知りたがっている。随分と身勝手な話ではあるが、僕はこう答えるにとどめた。
「彼女の呪いにより、生きながらえております」
それを聞いたトルタハーダ家の当主は少し驚いた顔を浮かべたものの、軽く会釈をしてその場を去っていった。実は呪いは本物だったと知って落胆したのか、それとも娘が不自由なく暮らせていることを知って安堵したのか、どちらの心境を抱いていたのかまでは読めなかった。
が、その男爵家の当主はそのまま、会場の奥へと消えていき、その後は顔を合わせることはなかった。
で、シルビアが戻ってきた。また辛そうなものばかりを集めている。ペペロンチーノの唐辛子が固まった部分だけをごそっと抜き出したり、コショウのきいたサラダを集めていた。その上から、タバスコソースをがばがばとかける。
「少々薄味ですが、社交界ですから仕方ありませんね。この後に向かわれる旦那様おすすめの店の方が、楽しみでございます」
香辛料をたっぷりかけた肉にまで、タバスコをかけている。それでは肉本来の味が損なわれるのではないか? そういうことにシルビアは無関心である。ともかく、辛さがないと喉を通らないという彼女に、肉の味を感じる必要があるのかどうか。
そんな僕とシルビアの元に、ある人物が近づいてきた。
「相変わらず、仲がよろしいようだな」
デメトリオ殿だ。侯爵家の嫡男が、わざわざこんな端っこにまで顔を出した。
「これはこれはデメトリオ様、先日の呪い掛けの際にお邪魔して以来でございますね」
「うむ、今のところはその呪いはまだ発現しておらぬが、そなたの主人はすでに一度、それを体験したと聞いたぞ」
「ええ、おっしゃる通りですよ、デメトリオ殿」
「昔と比べたら、権力闘争とは無縁な世界になり、この呪術自体が無用の長物となりうるかもしれぬが、まあいざという時の仕掛けとしては心強い」
正直、複雑だ。あの「死に戻り」の呪術は口移しが必須であり、それゆえにシルビアはこの侯爵家嫡男と口移しをしている。
儀式のための行為とはいえ、あまり心地いい行為ではない。もっとも、それが約束であの呪術を伝授してもらえたのだ。その約束をたがえるわけにはいかない。
「さて、新たに総司令官が変わってしまった。先日まで着任していたディークマイヤー大将というお方は相当な戦好きであったようだが、今度の大将はどうかな?」
そんなことを、僕に聞いてどうするというのか? そう思いつつも僕は、率直に答える。
「単なる戦闘好き、というのはないと考えます。実際、この社交界より前に司令部から王国にいたるまで、隅々まで観察していた様子でした。相当な慎重派でいらっしゃると感じております」
「で、あろうな。おまけに頭の切れもよい。私も少しだけ話をしたが、あのお方は並みの洞察力ではないな」
そういえば、地上でデメトリオ殿はラインマイヤー大将とお会いしたと聞いた。呪いの話も明かしたのは、まさにこのシシリアス侯爵家の嫡男であるこのお方だ。この話ぶりから察するに、単純に貴族の呪術自慢をしたかったわけではなく、新しい総司令官の人となりを探るのが目的だったのだろう。
そんなデメトリオ殿が、こんなことを言い出す。
「戦好きかどうかは分からぬが、あのお方はおそらくは近々、仕掛けるぞ」
「仕掛けるとは、何をです?」
「決まっている。戦を、だよ」
なにやら物騒なことを言い始めたぞ、このドラ息子は。一体、なぜそう考えたというのか。
「あの、なぜ戦を始めると? 我が軍は今、損害を受けたばかりで立て直し中です。その最中に戦いを仕掛けるなどとは、あのお方の性格からは考えられません」
「それは勝ち目がないと考えているときは、確かにその通りかもしれない。が、勝つための算段が付いてしまった今、すぐにでも戦を仕掛けるように思うがな」
「どこで、そのような気配を感じられたのですが?」
「それこそ先日、ラインマイヤー大将とお会いした時だ。最初、私はこの王国の貴族の持つ秘術の話をした。そして我がシシリアス侯爵家に伝わる呪術のことも話をした。その時はさほど関心を示さなかったが、それを貴殿が実際に戦いの中で用いたと話した途端、目の色が明らかに変わった。私があの方が戦を仕掛ける根拠としているのは、それくらいかな」
つまりこのお方は、自分が呪いの話を伝え、それを実践している将官がいると教えた。それがきっかけで、戦いを早々に始めると読んだ。そう言っているに過ぎない。
いや、そんなことはないだろう。総司令官閣下だってお忙しい。まずは味方の態勢の立て直し、あの中性子星域から地球1060までの間の防衛線構築など、攻め込む以前にやらなければならないことがたくさん控えている。
この星から中性子星域につながるワームホール帯の前に、敵と同様に浮遊砲台または要塞を建設しようかという話も出ているほどだ。もっとも、膨大な維持費がかかるため、本来は支配域を広げる方が安上がりで済む。
それゆえにこれまで6回も中性子星域の奥深く、敵の支配域まで攻め込んだ。が、結果は負け続き。もはや戦闘どころではないほどだ。我が艦隊の艦艇数も1万隻を切ったままだ。
前回までにやられた700隻の補充がすぐにでも必要だ。人員の育成も追いつかないから、防衛艦隊から転属させる形でこちらに動かすことになる。おかげで、防衛艦隊はすでに1万隻を切り、今や8千隻程度まで減少しているという。
そんな有様だ。普通の感覚ならば、戦闘しようなどと考えてる余裕がないことくらいわかるだろう。
そんなデメトリオ殿と会話したところで、ようやく社交界は終わる。
「さあて、街へ行きますわよ!」
ああいう狭苦しいところは、シルビアの好むところではない。それに比べて、この4階層でそれぞれの層に5階建ての建物がずらりと並ぶこの場所は、シルビアにとっては実に刺激的で興味津々な場所であった。
一方のリリューはといえば、メイド服のまま警戒気味だ。いや、だからここには暗殺人はいないって。警戒する必要などほとんどないのに。
「あれ、ここはなんですか?」
ところがだ、シルビアを例の店に連れて行く途中、とある店の前で立ち止まる。
「いらっしゃいませぇ! メイドカフェにようこそ……あれ、メイドさん!?」
そう、メイドカフェの前を通った時、ちょうどリリューと似たような恰好をした集団に出会ってしまったのだ。
「面白そうですよ、旦那様。ちょっと入ってみましょうよ」
「いや、ここにはお前の好きな辛いものなんて全くないぞ」
「御館様、もしかしたらここは、新たな戦闘術を教えてくれるところなのかもしれません。私も、気になります」
なぜかシルビアよりもリリューの方が乗り気だ。結局、3人そろって店に入ってしまう。
で、頼んだオムライスが3つ、ならんだところで、こういうお店特有のあれが始まってしまう。
「それではご主人様たち、我がカフェのメイドが総力を挙げて愛をこめさせていただきまーす! 萌え萌えキューン!」
と、5人ほどのメイドが手をハート形にして、一斉に前のめりになって何かを「注入」してきた。
「わあっ、すごいですねぇ! にしてもこのオムライス、味が薄そうですね」
といって、シルビアのやつ、懐から今度はデスソースを出して上からかける。
一方のメイドの方はと言えば、混乱気味だ。
「なんだ、この手の形は……そうか、心の臓を突くときの狙いを定める構えなのか?」
などと、いらぬ考察を加えていた。だから、そういう場所じゃないんだよ、ここは。
さて、その後に例のタイワンラーメンの店に向かったわけだが。もちろん、シルビアが頼んだのはイタリアンでもアフリカンでもない、最上辛さの「エイリアン」だった。
「なるほど、これは実に美味しいお料理ですね。ですが、ちょっと物足りませんわ」
が、それすらも辛さが足りぬと、デスソースをぶっかける姿に周囲の者たちをドン引きさせるほどの活躍ぶりであった。




