#15 交代
総司令部内に、とんでもない知らせが駆け巡った。
それは、ついにディークマイヤー大将閣下が総司令官を解任された、という決定である。
実は先日の戦いの直後、僕らがまだ中性子星域内で機関を止めて小惑星になりきり敵が退却するのを息を殺して待っていた、あの真っ最中に地球716の軍司令本部から星間通信を通じて直接、ディークマイヤー大将に総司令官解任の決定が伝えられたとのことだ。
やはり、ディークマイヤー大将はこれまでの作戦の失敗の責任を問われており、今回がいわば最後のチャンスであった。が、その最後の機会で、かつてないほどの大敗北を喫したのである。もはや、解任は免れられない。
人柄は決して悪い人ではない。大将にまで昇進され、それなりの能力と実績をお持ちの方だ。だが、こと一個艦隊の指揮に関しては才能がなさ過ぎた。というより、敵の方が二枚も三枚も上手だったこともあるのだろうが、いずれにせよ、これまでの戦いでの犠牲が多すぎた。
結局、6度の遠征で15万人近くが戦死した。しかも、今回の戦いだけでその3分の1だ。もっと早く解任すべきであったのではないかと思うところではあるが、どちらにしても失われてしまった命はもう帰らない。
そんなわけで、新たな総司令官が着任されることになった。
「えっ、私も参るのですか?」
その就任式典は、地球1060上ではなく、この星系の小惑星帯に展開する戦艦ルストマルク内で行われる。そこに参列する将官以上は、なぜか妻同伴をすることになった。
「式典は一種の社交界だ。さすがに国王陛下は宇宙まではいらっしゃらないが、代理人として宰相閣下が参加され、さらに多数の王族・貴族が参列する。彼らは社交界の場では奥さんを同席させているため、そこに列席する将官も同様にせよ、とのお達しだ」
どうして5000メートル級の戦艦内でわざわざ社交界をやらなきゃならないのか、その辺りの合理的な説明は一切、なされていない。ただ、今度着任する新しい総司令官が誰であるかはすでに判明しており、そのお方が決定されたという。
新たなる総司令官は、ラインマイヤー大将だ。この方はこれまで防衛艦隊の総司令官であったが、遠征艦隊を任されることとなる。一方のディークマイヤー大将は入れ替わりで防衛艦隊の総司令官となる。
とはいえ、いずれ防衛艦隊の総司令官も交代される模様だ。その時点でディークマイヤー大将は退役となり、軍籍から外される予定となっている。
決して、嫌いな方ではなかった。査問会では僕の味方であったし、何よりも殿部隊として500の艦艇を任され、准将に昇進してくれた、いわば恩人ともいうべき指揮官である。
が、軍である以上、戦果が出せなければ元も子もない。残念なことではあるが、僕は新たな総司令官の元で働くことになる。
しかしだ、僕は殿専門の部隊のままなのか、それとも分艦隊の一員に戻されてしまうのかは、現時点では全く分かっていない。ディークマイヤー大将直々に創設された戦隊であるがゆえに、新たな人事で確実に影響を受けることは必須だろう。
そんな不安定な立場だというのに、式典には奥方を連れて来いとの、ほぼ命令に近い依頼をされている。本当は、トルタハーダ家当主と顔合わせすることも考慮して、避けたいところなのだが。
「ところで、私はいかがいたしましょう?」
と、その話を同じ食卓で聞いていたリリューがこう尋ねてきた。
「それは当然、連れていく」
「えっ、まさか私も社交界に出席するのでありますか?」
「いや、それはさすがにないが、一人置いていくのも変だろう。シルビアの専属メイドでもあるわけだから、他の貴族と同様に控室が用意されるはずだ」
「は、はぁ……」
「遠慮するようなことでもない。もはや三人は、家族なのだからな」
何気なくそう言った僕の言葉に、なぜかリリューは頬を赤くしながら笑みをこらえてその言葉を受け入れた。
にしても、総司令官が変わるということは、かなり大変な事でもある。
というのも、新たな総司令官はこちらの星の事情を知らない。だから、社交界が行われる戦艦ルストマルクでじっとしているわけにはいかない。
ということで着任早々、地球1060に降りてきた。軍司令部内を回り、様々な部署に顔を出す。駆逐艦のドックにまで出向いてきた。
そんな調子だから当然、僕を含む将官も呼びだされる。まるで面接のようだったが、僕の場合は特に長かった。
「……すると、敵の攻撃を味方からそらし、わざと500隻に向けるため、減速するというのか」
「はっ、でなければ、敵の艦隊主力は我が艦隊を追ってしまいます。注意をそらすため、できうる限り敵に損害を与えて混乱させなくてはなりませんから」
「うーん、果たして敵が、その程度の理由で貴官の戦隊に注意を向けるものなのだろうか……?」
どうも殿部隊として実績を疑われているような、そんな物言いだった。やっぱり僕は、独立した戦隊の指揮官からは外され、通常艦隊の一部として取り込まれるのだろうか? そんな予感がする。
そんな総司令官閣下だが、その翌日には宮殿に出向き、国王陛下と謁見された後に、大勢の王族・貴族らとお会いになる。元々、この王国では我が軍の将官以上の者には貴族号を贈るのが慣わしであるため、それを受け取るために出向いたという一面もあるのだが、どちらかというとラインマイヤー大将の狙いはそこではなく、この司令部がある王国内の文化や風習などを知ることであったようだ。
現地に根付くために、当然といえば当然のことなのだろうが、このお方は妙に熱心だ。すでに現地に溶け込んでいる我々に追いつこうとするあまりに、勇んで乗り込んでいるようにも見える。
で、そんな日々が、かれこれ3日ほど過ぎる。明日には社交界実施のため、戦艦ルストマルクに出発しようというその日の夕方に、僕は再びラインマイヤー大将から呼び出しを受ける。
他の将官が二度、面接を受けたという話は聞かない。なぜか僕だけが、総司令官室に呼び出された。いよいよ殿戦隊の解体を言い渡されるのか? そう覚悟して、最上階にある総司令官室へと向かう。
「おお、悪かったなシュパール准将。貴官特有のことで、いろいろと聞きたいことがあってだな」
やはり殿部隊の件かな。僕特有のこととなると、それしかない。僕は総司令官に手招きされるがまま、そばのソファーに腰掛ける。
「さて、まずはいくつかの質問に答えてもらいたい」
また面接のときのように、質問攻めから始まるようだ。うーん、僕の戦闘に関する話ならば一通りしたはずなのだが、それに加えてまだ何か聞き足りないことがあるというのか?
が、次の質問で、明らかに以前とは違う雰囲気を僕は察する。
「貴官は第5次攻略戦の際、浮遊砲台からの攻撃を予測し、それを避けたと聞いた」
「はい、おっしゃる通りです」
「だが、前兆もなくいきなり艦隊を移動させたその不可解な行動に、ディークマイヤー大将も同じ質問を貴官にしたはずだ。その時、貴官は『殿部隊としての経験による直感』とだけ答えたとある」
「はい、その通りです」
「本当に、その通りなのか?」
なにやら、嫌な予感がするぞ。何が言いたいんだ、この総司令官閣下は。
「まあいい、話を変えよう。実は今日、シシリアス侯爵家の嫡男、デメトリオ殿にお会いした」
急に話が変わる。ラインマイヤー大将はあのデメトリオ殿に会った、と言っているが、僕が考えるに、あちらが接触してきたのではないかと思われる。だが、なぜ急にデメトリオ殿の話を始めたのか?
「そこでデメトリオ殿から聞いた、この王国の貴族には、各家固有の呪いがあると」
ところが急に話がきな臭くなる。なんとこの大将閣下は、呪いの話を出し始めた。さらに話は続く。
「聞けば、貴官の元には勘当された男爵家の令嬢がおり、その者が持つ呪いというのがとてつもないものである、というのだ。加えて、シシリアス侯爵家に伝わる呪いについても伝授した、と言っていた」
「……あの、大将閣下。一つお聞きしてよろしいですか?」
「なんだ」
「大将閣下はその呪いの話を、お信じになられますか?」
「それを判断するために、逆に私が質問している。浮遊砲台をよけたというそれは、まさに呪いによる成果ではないのかと考えた。いくら勘と経験に優れた者でも、レーダーにすら映らない浮遊砲台を察することなど不可能だ。何か、我々の知らぬ仕掛けがあるに違いないと、そう考えたのだ」
このラインマイヤー大将というお方、相当な切れ者だぞ。そんなあやふやな情報から、よくこの両者を結び付けてきたものだ。僕はひと呼吸して、こう答える。
「では、真実をお話いたします。確かにそれは我が妻シルビアが持つ呪いの力によって察知いたしました」
「ほう、そうなのか。デメトリオ殿は、ただの迷信じみた話ではなく、実際にそれが功を成してこの王国に、そして我が遠征艦隊に多大なる影響をもたらしたと聞いたが、それは本当だった、というのか」
「小官がかけられた呪いとは、『死を読む』呪いと呼ばれるものです。その呪術をかけると、その死の直前の様子を彼女は見ることができるのです。それを聞いて小官は……」
駆逐艦にすら乗ったことがないはずの貴族令嬢が、その中の様子をあまりにも克明に語り、しかもその時の陣形図が特殊な配置であったために死の瞬間に何が起きるかを知った、と話した。それゆえに僕は戦隊を即座に動かし、浮遊砲台からのエネルギー反応の感知と同時に、すぐさま味方に知らせることができたと答える。
「なるほどな。勘や経験で片付けられるより、よほど理にかなっている説明だ」
とラインマイヤー大将は感心しているが、いやあ、理にかなっているか、今の説明? 不可解過ぎて、普通の人ならば一笑に付すところだぞ。
「それに加えて、前回の第6次攻略戦の後の方がその呪いが効果を発揮しました。というのも、その戦いにあたり小官は2つの呪いをかけていたのです」
「一つはその『死を読む』呪いとして、もう一つはもしかして『死に戻り』の呪いというやつか?」
なんだ、その呪術に関してだけはラインマイヤー大将はデメトリオ殿から聞いているのか。
「はい。ですから一度、小官はその場にて死にました」
「つまり、事前に死を予言されていたものの、それとは異なる手を使ってもやられた、と?」
「閣下ならば前回、我が戦隊がその時にどのような行動をとったかを御存知のはずです。小惑星の陰に隠れて機関停止し、10時間も劣悪な艦内状態に耐えたと」
「聞いている。言われてみれば、随分と回りくどい撤退戦をしたものだと思っていたが、なるほど、一度失敗しているのだな」
「そうです。前進も、後退もだめ。となれば、その場にて息をひそめるしかなかったのです」
まさか新しい総司令官に呪いの話をする羽目になるとは思わなかったが、いい機会だ、とは思った。この先、この総司令官に対してはごまかす必要がなくなる。
「だがシュパール准将よ、なぜその話をディークマイヤー大将をはじめ、総司令部の誰かに直接、しなかったのだ?」
が、最後に鋭い突っ込みが来た。僕は素直に答える。
「最初の時は秘術と言われていたため、内緒にせねば何か不吉なことが起きると考えたため、はぐらかしました。実際、そういうものはないと後で知ったのですが、さりとて呪術の話をしたところで、信じていただける道理がございません。唯一、その呪術の話を知っているのは、実際に僕の不可解な命令を聞かされた我が戦隊参謀長のボルツ中佐のみです」
「そうか。それに加えて、この艦隊内ではあとは私しか知らない、ということなのだな」
それを聞いたラインマイヤー大将は、軍帽をかぶりながらこう告げる。
「話は以上だ。大変、参考になった。にしても、敵の総司令官がどうして貴官の戦隊を執拗に追いかける理由についても、何となく察しがついてきた」
「はぁ……そうなのですか」
「次に戦いがあるときに、おのずと分かる。ともかく、夕方遅くに呼び出して悪かったな。では」
大将閣下が立ち上がり、敬礼するのに合わせて、僕も立ち上がって敬礼する。そして総司令官室を出た。
エレベーターを待つ間、僕は考える。あんな話、よく通じたものだな。よほどデメトリオ殿が王国に伝わる呪術の力の大きさを話したのか、それとも戦闘記録をみてよほどあの浮遊砲台の件が不可解に思われたのか、どちらかがなければあんな話は通じない。
そして、エレベーターに乗り込む。
そこで、ふと思い出す。
あれ、そういえばあの戦隊を今後どうするかという話が、まったく出なかったな。どうするつもりなんだ? 現状維持のままなのか?




