#14 如山
「ここに潜んで、10分が経過しました。機関冷却はほぼ完了、いつでも全力を出せます」
参謀長のボルツ中佐がそう僕に告げる。が、僕は周りを見て違和感の方を覚えてしまい、言葉を失う。おかしいな、僕は確か死んだはずでは? と、そこで僕は肝心なことを思い出す。
ああそうか、これが「死に戻り」の呪いなのか、と。
そこで僕は、こう答える。
「そろそろ、逃げ時ではあるな」
「そうですね。では、眩光弾を使い、また正面突破しますか?」
どうやら10分ほど、時間が巻き戻ったようだ。ボルツ中佐は僕に、さっきと同じセリフを返してくる。
が、僕はさっきの死に際の光景を思い出していた。
呪いにより、正面突破でもやられることになっていた。しかし、逆に後退してもやられてしまった。
最期の瞬間の光景から、その攻撃の元は我が艦隊の上方にあることもわかった。
それらの情報から察するに、敵はこの小惑星帯の近く、我々を見下ろす位置に、別動隊を忍ばせているのではないか?
確かに眩光弾というものは激しい光を発し、雑電波も発することで視覚とレーダー探知を無効にする。が、垂直方向から見れば、雑電波でレーダーは使えずとも、光の影響を避けることができるから光学探知は可能となる。
おそらく、我々が潜んでいる場所をあらかじめ特定しておき、光学探知のみで我々を把握し、攻撃してきたのだろう。
こんなところにまで敵の総司令官は、別動隊を用意していたのか。敵のあまりの用意周到さ、狡猾さ前に、僕はどうすべきか悩む。
前進もダメ、後退もダメ。これではおそらく上下、左右方向に逃げてもダメだろう。動き出した瞬間、やられる。
かといって、あらかじめ別動隊を探知し、攻撃するなんて余裕もない。なにせこちらもレーダーが使えない上に、敵の別動隊の位置は見当すらつかない。
どうしたものか?
腕を組み、考え込む僕に、ボルツ中佐が答える。
「早く逃げの一手に入らないと、我々は小惑星帯ごと、破壊されますよ」
そうだ。さほど時間があるわけでもない。何か行動を起こさねば、それこそやられてしまう。
と、僕はふと、あることを思いつく。
「参謀長、全艦に伝達だ」
「はっ!」
「眩光弾発射後の行動に関し、次のように伝えよ!」
「了解です。で、なんと?」
その後、僕の話す命令に、参謀長であるボルツ中佐はしばらく言葉を失った。あまりにも非常識な作戦案だからだ。
当然、参謀長は反論する。が、おそらくは敵は何か策を持っている。それを避けるべく敢えてこの手を打つ、と言ってその場を押し通した。
そして、作戦は実行されることとなる。
◇◇◇
「敵の眩光弾発射を、確認しました!」
敵の総司令官の目前で、まばゆい光の玉が一列に並んでいるのが見える。
「よし、別動隊に連絡、そろそろ動くはずだ、光学探知に専念せよ、と」
「はっ!」
あの目眩ましの特殊兵器によっていつも逃げられていることを、ここの総司令官はいつも悔やんでいた。それは単に少数の艦艇に邪魔をされ、逃げされることに対するやっかみだけではない。
この連盟側の総司令官は、あの500隻の使い方次第では大いなる脅威になることを察していたからだ。
それゆえに、あの殿部隊の攻撃に対してはいつも執拗に追いかけ、殲滅せよと厳命していた。そして今回は、あらかじめ逃げ込むであろう小惑星帯におよそ一千隻の別動隊を控えさせておく。
さて、眩光弾の光もそろそろ消えようとしていた。眩光弾自体はせいぜい10分程度が限界で、再び真っ暗な宇宙へと戻る。
が、一向に別動隊からの報告が上がってこない。攻撃する様子も、見られない。
「おかしいな、別動隊に連絡、どうなっているか?」
「総司令官閣下、残念ながら別動隊は未だ、敵を発見できていないもよう。このため、無線封鎖を続けております」
「ということは、逃がしたということか?」
せっかく眩光弾の光にとっては苦手な垂直方向から光学探知させて、あの忌々しい戦隊を葬り去ろうという一千隻の別動隊まで用意して作戦を立ててたというのに、それがあっさりと失敗してしまうとは。
「我が艦隊の全索敵能力を使って、周辺宙域を探れ! なんとしてもあの500隻を逃がすな!」
「はっ!」
ところが、周辺300万キロをくまなくさがすも、見つかるのは小惑星の陰ばかり。重力子エンジンの出す重力子も、核融合炉が発するニュートリノも検出されない。
「おかしいな、たった10分で300万キロ以上逃げられるわけがない。しかも、あの場所にワームホール帯などないはずだが……」
ワープして逃げようにも、そもそもワープポイントが存在しない場所だ。だからこそ、この小惑星帯に追い込んだ。
が、その少数の敵は、忽然と消えてしまった。
一体やつらは、どうやって消えたのか?
それから5時間ほど索敵を続けるが、結局のところ、その敵の殿部隊に関する何の痕跡も得ることはできなかった。
「やむを得ない。これ以上探索しても無駄だろう。全艦、帰投する」
連盟艦隊の総司令官は、撤退を決断する。別動隊も含め、自身の支配領域に帰っていく。そしてそれから1時間後に、敵の一個艦隊はワープアウトしていった。
◇◇◇
「哨戒機からの報告は、どうか?」
「はっ、周辺宙域に、重力子もニュートリノ反応もないとのことです」
眩光弾を放って、まもなく10時間が経とうとしている。一つの賭けではあったが、どうやらその賭けに僕は勝ったようだ。
「無線封鎖解除、全艦に伝達だ。機関始動、これより撤退する、と」
「はっ!」
全駆逐艦が、小惑星から離れ始めた。周囲を警戒しつつ、そろりそろりと小惑星帯の中を這うように進む。
そして、小惑星帯を出るや否や、機関全開でその場を離れ始めた。
「にしても、随分と忍耐力のある手段をとったものです。何か、理由があったのですか?」
「いや、同じ手は通用しないからな、今回も変えてみただけだ」
その直前に、敵の別動隊からの砲撃で死んだ経験があるから策を変えたなどと、説明したところでややこしいことになるから、僕は参謀長に短く答えておいた。いずれにせよ、今回は2つの呪いによって救われたことになる。
さて、今回僕が取った作戦は、非常に単純なものだ。
眩光弾発射後、500隻全艦にそばにある小惑星にアンカー固定し、機関をすべて停止せよ、と命じただけだ。
機関が完全に止まった後でも、大体24時間程度は生命維持ができる程度の電力余力を駆逐艦は持っている。その最小限の生命維持を使って、完全に小惑星に「なりきる」ことが今回の作戦だった。
おかげで敵は我々を見失い、発見できなかった。5時間ほどで大量の重力子を観測したから、その時点でおそらく敵艦隊は退却し始めたであろうことは確認していた。
が、それでも念には念を入れて、さらに5時間ほど待った。結果、敵の気配は宙域から完全に消えていたため、我々はそこでやっと逃げることを決断した。
単純に10時間というが、敵に発見されるか否かの恐怖心におびえながらの10時間である。おまけに、機関を落としても最低限の生命維持ができるとは言うが、本当に最低限すぎる。艦内は摂氏5度まで冷え込むし、食べ物を食べようにも調理用ロボットが動かないから、この間は非常用の缶飯しか食べられない。トイレの水も流れない。どの艦でも食堂や会議室に集まり、毛布や上着をまといつつ、電気コンロを炊きながら過ごした、そんな10時間だった。
やっと敵がいなくなったことを知り、核融合炉が点火される。それだけで一気に艦内温度が正常に戻り、この耐えがたい寒さから解放される。
「考えても見れば、今回の敵は別動隊を用意していたんですよね。ということは、我々に対してもどこかからか別動隊が現れ、眩光弾にとって弱点である方角から光学探知され、攻撃されていたかもしれない、と。多分、例の呪術のおかげというわけですか」
ボルツ中佐が個人的な感想を述べるが、まさにその通りだと、僕は軽くうなずいた。しかし、そこに2つの呪いが絡んでいたことまでは知らない。
それだけではない。死に戻った後に僕はふと、ある兵法書に書かれた一説を思い出した。
「速きこと風の如く、静かなること林の如く、侵略すること火の如く」
そして、「動かざること、山の如し」
山、というより、小惑星の如く動かなかった。機関すらも停止し、あらゆる痕跡を出さぬように細心の注意を払った結果、敵を諦めさせることに成功した。
古来の兵法に立ち返った、ただそれだけのことだ。
もっとも、一度は負けている。例の呪術のおかげで、今の命があるというに過ぎない。
しかし、今度の戦いは非常にまずかった。敵にまんまとしてやられた上に、数百隻以上の大損害を受けてしまった。
どうにか味方を撤退させるのに成功したものの、またしても大敗北だ。
それから僕は本体に遅れること一日半後に帰投し、クレールモント宇宙港に到着する。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「ご無事で何よりにございます、御館様」
その宇宙港に、シルビアとリリューが迎えに来てくれた。今度の戦いでは、味方は500隻近くがやられた。総勢5万人。大変な負け戦だ。その中で、僕らの戦隊は役割上、最後に帰還することになるから、彼女らの心配もひとしおであったことだろう。
と、無事の帰還を喜び合っている周囲では、やはり帰らぬ艦もあり、それを嘆き悲しむ家族の姿もあった。その場で泣き崩れる奥さんと、それをなだめる家族の姿があちこちで見られる。
生きて帰れたのは、まさに呪術のおかげだ。あれがなければ、あの家族の姿をさらに見る羽目になったことだろう。いや、それは僕自身がではなく、シルビアとリリューの二人が、であるが。
今回、我が戦隊は2隻、200人が生きて帰れなかった。わずか2隻の損害で済んだというのは軍事的には軽微なもので、しかも20倍の敵を相手にして帰還したことを思えば奇跡に近い。が、その2隻に乗っていた200人の乗員の家族らにとっては、単に運が悪かったと割り切れるものではない。
失われた命は、呪術でも使わぬ限り元には戻らない。
泣き崩れる家族の姿を前にして、そこまでしてこの戦争を続ける意味はあるのかと、いつもながら思う。それは軍人にあるまじき発想ではあるが、あの連盟側の領域を奪取したところで、それが失われた命に見合うだけの何かをもたらすというのだろうか。
と、そんな歓喜や悲嘆が入り混じる宇宙港のロビーの最中に、叫び声をあげる者がいる。
「も、もしやそちらが、シュパール准将閣下の噂の奥様たちなのですかぁ!?」
振り返ると、主計科のイェッセル准尉の姿がそこにあった。それを見たシルビアが、僕に尋ねる。
「あの、こちらのお方は?」
「ああ、我が旗艦の料理や掃除のような業務を担当している主計科に所属する士官だ」
「はっ! 駆逐艦2500号艦主計科所属の、イェッセル准尉と申します!」
「まあ、旦那様と同じ船に乗られている方なのですね」
「なんと、この者が御館様が遠征中の間、料理を作っている者なのですか。うーん……」
この時のシルビアの姿は、赤いドレスのまさしく貴族令嬢そのものの姿だ。一方でリリューも、いつも通りのメイド服姿をしている。
そんな文化違いの二人に迫られて、焦るイェッセル准尉。そりゃそうだろう、かたや貴族のご令嬢であり、もう一方は暗殺人の経験もあるメイドと知っているからな。
「そうだ、お近づきのしるしに、この先のお店に一緒に行きませんか? 「地獄の二丁目デスソース春巻き」という料理があると聞いて、まさに行こうとしていたところなのですよ」
「シルビア様、むやみにこの者を信用してはなりませぬ。もしかすると御館様の奥方と知って、毒を盛るやもしれません。ご用心を」
「ひえええぇっ! あ、あの、私、用事がありますんで、し、失礼します!」
このとんでもない二人に迫られて、恐れをなして逃げ出してしまった。これでまた、噂にさらなる尾ひれがつきそうだな。もっとも、今となってはもはやどうでもよいことではあるが。
「まあ、せっかく可愛らしいお方でしたのに。せめて激辛チキンでもてなして差し上げたかったですわ」
「もし我がお嬢様に手出しをしようものならば、この足に仕込んだ包丁にて、胸に一撃を加えて差し上げねば……」
こうしてみると、性格的に甘いのはシルビアの方で、激辛なのはリリューの方だ。味覚がその正反対というのは実に皮肉なことだな。
「それじゃ、行こうか。ええと、シルビアが食べたいと言ってたのは、地獄の……なんだっけ?」
「なんでもよろしいですよ。なんといっても旦那様が無事に帰ってこられたのですから、そんな旦那様が望むならば、私はいつもの担々麺のお店の『辛さマシマシ』でも我慢いたしますわ」
「私は、その店にあるはちみつ入り杏仁豆腐がいただきたいです……」
とまあ、味覚が真逆なこの二人を連れて、僕はこの宇宙港ロビーに広がる飲食店街へと向かった。
ともかく、艦隊戦ではかつてないほどの犠牲を出した今回の戦いでも、無事に帰ることができた。様々なめぐりあわせによって、僕は今、このに立っている。
戦死していった者たちの分まで、僕らは幸せを享受せねばなるまい。そう感じながら、僕はこの広い宇宙港ロビーを歩いた。




