#13 絶命
「今のところ、状況はどうだ?」
「はっ! 敵味方とも、特に大きな動きなし、双方、20隻程度が撃沈された模様」
珍しく慎重な動きをとる我が軍に、敵も陣形を変えることなく、互いに横一文字に並んだまま撃ち合っている。戦闘開始から30分、今のところ、敵も味方も互角だ。
もっとも、互角な戦いでは我が軍はその目的を成しえない。なぜなら我が軍は、攻める側だ。相手を圧倒しない限りは、我が艦隊はその戦闘の目的を達しえない。
つまり、「負け」だ。
そこで総司令官閣下は毎回、奇抜な策をとる。急に陣形を鶴翼に変えてみたり、右翼艦隊、左翼艦隊のいずれかを前進させてみたり、と。しかし、いずれも敵に即応されて手酷い痛手を負う結果となり、そのたびに撤退に転じる。そしてその撤退のたびに、僕が敵を引き付けて味方の退却を支援する。
今回もおそらくはそうなるかな。ただ、互角のまま後退するならば、追撃戦を受け流しながらの撤退となるため、殿部隊の出番はない。我が戦隊が出張るときは、味方の陣形が崩れて、撤退行動に乱れが出た時だ。その時は、逃げる時間を作り出すために決死の行動をする羽目になる。
とにかく今回は負けてもいいから、崩れないでくれ。その方が、我が戦隊が命の危険をさらす必要がなくなる。妙な話だが、どうせ勝てっこないなら、そう願いたい。
が、今回、先に動いたのは意外にも敵の方だった。
「敵右翼艦隊、前進を開始!」
陣形を表すレーダーサイトを見る。敵を表すオレンジ色の点の内、右半分が前進を始める。
「まるでうちの総司令官のようなことをするな」
僕は冗談のつもりで言ったのだが、思ったより滑った。敵味方のビーム光が飛び交う中、露骨な冗談を言われても皆、困るだろう。
が、敵の司令官は曲者だ。それはこれまでの戦いでも味方を統率して、こちらの奇策にも動じることなく対応しているのを何度も見ているし、直接、撤退戦で追い回されているからこそ、嫌でもよくわかる。
だから、いたずらに揺さぶりをかけることはしない。何か、意図があってのことだ。
だが、何を狙っているのか?
「総司令官閣下よりのご命令が伝えられてきました。全艦、敵右翼艦隊に攻撃を集中せよ、以上です」
そりゃそうなるだろうな、という結果だ。突出した側に攻撃を集中させて、瓦解させる。これまで、我々が何度もやられた戦術だ。下手な兵力分散はしない方がいい、それを思い知らされてもなお、うちの総司令官はそれをやめなかった。
が、そんなことはむしろ、敵の方が承知している。
では何のために、敵は艦隊を分断させたんだ?
その理由は、意外と早く判明する。
「我が艦隊、右側面より砲撃!」
いきなり、我が艦隊左翼側へ少数ながら砲撃が加えられる。おかしい、レーダーには映っていない敵が、いきなり現れて砲撃してきた。
そこで僕は、ふと思い出したことがあった。
敵には、コードネーム「ニンジャ」と呼ばれる、電波を異常に吸収する星間物質を隠れ蓑とする技術を持っている。
つい先日も浮遊砲台による襲撃を受けたが、あの浮遊砲台を隠していたのもこの「ニンジャ」技術によるものと思われる。
どうやら、数百隻の別動隊をあらかじめ潜ませておき、我が艦隊が敵の突出した艦隊に攻撃を集中するため、前進してやや湾曲した陣形の右側面側にいきなり攻撃を仕掛けてきた。
これがやつらの、狙いだったか。
幸い、左翼側の我々には影響はなかったが、艦隊右翼側は混乱に陥った。
「右翼側、陣形乱れます! 被害甚大!」
すでに70隻以上が、最初の一撃で沈められた。駆逐艦にはシールドシステムというビーム兵器からの攻撃をはじき返す仕組みはあるが、その防御力は正面に集中させているため側面は弱い。このため駆逐艦の持つ大型砲クラス相手となると、正面以外はほぼ意味をなさない。
これだけの損害が出ればすぐに撤退となるはずだが、今回はそうはいかない。
「総司令部より入電、右翼艦隊一部に転舵、別動隊を攻撃せよとの命令です!」
よほど今回は負けられないのだろう。姿を現した300隻ほどの敵艦隊に向けて何百隻かを転舵、砲撃せよと命じる。が、その場で向きを変える味方艦に、敵の容赦ない攻撃が浴びせかけられる。
「不用意な転舵命令で、右翼艦隊は大打撃です。ここは一旦、後退してから体制を立て直すべきでは」
「僕が指揮官だったらそうするところだ。だが……」
そう、戦隊長に過ぎない僕にはそんな権限はない。味方の損害が増えるのを、ただ見守るしかない。
「総司令部より入電! 一旦後退し、陣形を立て直す、以上です!」
遅すぎた後退命令が出される。すでに味方の損害は300隻を越えており、さらに増大中だ。全力後退する味方の艦隊だが、当然敵も呼応し、追いかけてくる。
これは、陣形立て直しなどしている場合ではないのでは? 混乱が収まる様子が全く見られない。味方はただ後退し、それを追撃するという状態が20分以上続く。
これを見てさすがにあきらめがついたのか、総司令部からの命令が下る。
「総司令部より入電! 全艦、撤退せよ!」
戦闘が始まって2時間近く、味方艦艇の損害は500を越える。ここでようやく、撤退命令が出た。
が、これは同時に、我が戦隊の出番ということになる。
「全艦、全速前進。味方艦隊の撤退を支援する」
500隻の艦艇が、一斉に前進を始める。陣形図に目を移すと艦隊左側から我が艦隊のみが前進を始める。
「まずは右翼艦隊を攻撃する別動隊をどうにかするぞ」
「ですが提督、こちら側とは反対方向にいる別動隊へ、どう攻撃を仕掛けるのですか?」
「簡単だ、反対側に回り込む」
「敵の艦隊の前を、横切るというのですか!?」
「もちろん、その通りだ」
ボルツ中佐は驚愕するが、すでに全速で前進している我が艦隊に向けて撃ったところで、そうそう当たるものではない。
「ややジグザグに進路を取りつつ、敵に狙いを定めさせるな」
「はっ!」
「むしろ敵は500隻だけで突出してきた我々に、狙いを定めるはずだ。それ自体が味方の混乱を収拾させ、撤退支援となる」
といいつつ、僕は艦隊に右回頭を命じる。大きく旋回したまま、敵の一個艦隊の目前を横切るが、いうほど簡単なものではない。
敵からの無数のビーム光が、まるでスポットライトのように浴びせられる。注目されるのは実に光栄なことだが、このライトばかりは当たれば命はない。とにかく前進しつつ方向を変えつつ、このスポットライトを浴びないように敵艦隊を全速で横切る。
そんな最中だが、こっちだってただよけるだけではない。
「敵別動隊に砲撃を開始」
「ええっ、この状態で撃てというのですか!?」
「当たるかどうかなど、問題ではない。それ自体が、牽制になる」
こちらは500隻、あの別動隊はせいぜい300隻だ。数の上では、こちらが有利。移動しながらの砲撃であるから、命中率はまず期待できない。が、いくら低い命中率であっても、狙われた敵はどう振る舞うか?
「全艦、砲撃開始!」
「砲撃開始、撃ちーかた始め!」
僕の戦隊への命令と、艦長の2500号艦への命令とがほぼ同時に発せられる。敵の攻撃を避けながらの、目の上のたんこぶともいえる敵別動隊への攻撃という曲芸をやらかす。我ながら、無茶な作戦だ。
無論、当たるはずがない。が、それでも敵の別動隊に動きがみられる。
砲撃が止む。あちらも移動を開始した。こちらの攻撃を避けるべく、同じように我々の前を横切るように走り出した。
わずかではあるが、別動隊の動きを封じた。となれば、次は本体だ。むしろここからが我々、「殿戦隊」としての本領発揮である。
敵の目前で大きく迂回しつつ、敵の左側面へと回り込む。こちらは敵陣形ではやや後方に位置しており、砲火も集中せず、油断している側だ。
そこで一度、我が戦隊は動きを止める。
「敵艦隊左翼へ砲撃を開始する、全艦、撃てーっ!」
主砲が装填され、一斉に砲撃が行われる。やや油断気味な敵の艦隊では、いきなり目の前を逃げ回っていた500隻ほどの艦隊が、突然攻撃に転じた。敵の何隻かが沈む。
「20隻、と言ったところですか」
「まだまだだ、あとこれを2回ほどやるぞ」
「ええーっ!? いや、了解しました!」
一撃離脱を繰り返し、敵を奔走する。これは、いつもの作戦だ。当然、猛烈な反撃を受けるが、なんとかそれをやり過ごす。味方の艦隊が敵から50万キロ以上離れるまでは、こちらが身を挺してこの危険な砲撃を続けるしかない。
さっきの砲撃で、2隻がやられた。こちらとて、リスクの大きい作戦であることは承知している。が、僕はそれを続ける。
「別動隊の動きは、つかめているか?」
「はっ、やや味方艦隊側に戻りつつ、砲撃を再開しております」
「よし、今度はそれを狙うぞ」
「別動隊など狙って、どうするのですか?」
「その方が、敵の犠牲が増えて、やつらを怒らせることができる」
そして全力で逃げ回る我が艦隊を急減速させて、狙いをその300隻に向ける。
「別動隊としては、こっちの方が先輩であることを思い知らせてやれ。砲撃開始!」
味方をやられた恨みというより、たかが300隻の別動隊のくせに上げた戦績が大きすぎることに対する嫉妬心の方が、僕の中では勝っていた。そんな少数の敵に向けて、一斉に砲撃を加えた。
「別動隊に損害! 80隻ほど撃沈です!」
まさか別動隊が別動隊を攻撃するとは想定していなかったようだが、その不意を突かれて、4分の1ほどが沈んだ。ざまあみろ、だ。
が、その分、敵の怒りはこちらへ一身に向けられてしまった。勝利をもたらした別動隊の多くを沈められた、それを知って心穏やかになれるはずがない。もとよりそれが狙いだったのだから、敵の1万隻ほどの攻勢にさらされる羽目になる。
で、「嫌がらせ」を初めて10分ほど、味方はすでに50万キロ以上離れて、全速前進で戦線を離脱し始めていた。そろそろこちらも、逃げに入るとするか。
「これより戦線を離脱する。全艦、大きく迂回しつつ前進」
「目指す先は、いつものところですね」
「ああ、そうだ」
いつものところ、というのは、いわゆる小惑星帯だ。ここの中性子星の持つ強烈な重力のおかげで、接近しすぎた岩石惑星は潮汐力によって粉々に破壊される。これによって作られた小惑星群が、この中性子星域内にはあちこちにある。
まずは敵の目をごまかすため、その中に飛び込む。当然敵は追いかけてくるが、そこで眩光弾を使って敵の目を眩ませて逃げる。いつもの撤退方法だ。
今回も、それをやろうというのだ。
全開で走り続けた機関はオーバーヒート気味なため、出力が7割ほどまで落ちる。このため、全力で逃げようにも敵に追いつかれてしまう。だからこそ、小惑星の塊に飛び込んで時間稼ぎし、再び全力が出せるまで冷却を終えたら、あの目眩ましを使って逃げる。
で、その後で眩光弾を使ったことをあの会計担当の少将に責められるところまでがセットだ。
しかしだ、呪いによれば、今回はその眩光弾を使うところで死ぬことになっているようだ。
前回と同じく、眩光弾の光を使った正面突破を図ろうとしたところをやられたと、シルビアが見た僕の「死」を、そう語っていた。
ならば、その手は使えない。別の方法で逃げるしかない。
さて、それから40分後。僕らはいつものように、小惑星帯に逃げ込んでいた。
敵の砲撃が、散発的に続く。20倍もの敵の砲火にあまり長いことさらされれば、無事で済むはずがない。
「ここに潜んで、10分が経過しました。機関冷却はほぼ完了、いつでも全力を出せます」
参謀長のボルツ中佐がそう僕に告げる。それを聞いた僕は答える。
「そろそろ、逃げ時かな」
「そうですね。では、眩光弾を使い、また正面突破しますか?」
「いや、今回は反転、後退しよう。前回と同じ手では、敵に読まれる可能性がある」
「ですが、あれだけの光と電波を出しているのですから、そう簡単に我々を見つけることができないのではありませんか?」
「念には念を、だ。それに、正面突破こそ毎回使える手ではない。あまりにリスクが高すぎる」
「了解しました。では全艦、眩光弾炸裂後に、全力後退を始めます」
シルビアのおかげで、自身がどう振る舞えば死なずに済むか、それを知ることができるだけでもありがたい。もしシルビアに出会っていなければ、今回も正面突破をやろうとしてやられていたところだろう。
「いつも通り、砲撃がややおさまってきました」
ボルツ中佐が僕に、そう伝える。僕は頃合いだと思った。
「よし、全艦、眩光弾発射! 炸裂後に、一斉反転、後退するぞ」
「はっ!」
僕の命令が伝わると、一瞬、小惑星の陰から500隻が顔を出す。そして、実体弾をレールガン発射口から一斉に放出した。
数分後に、それは炸裂する。5千キロほど先で炸裂した眩光弾の光を見て、僕は下令する。
「よし、全艦後退!」
その場で反転し、我が戦隊が一斉に小惑星帯を外れ始めた。
が、まさにその時だった。まず、僕の腰に下げた、例のシルビアから受け取ったお守りがパンッと弾ける。
これはつまり、死期が近いということの知らせだ。が、前回とは違い、僕は取りうる行動を変えた。にもかかわらず、あのお守りが弾けた。
まて、もう動き出してしまったぞ。どこから僕の「死」は来るというんだ。
と、その直後、乗員の一人が叫ぶ。
「高エネルギー反応、多数! 上方からです!」
なんだと? この突然の想定外の事態に、僕はボルツ中佐に確認する。
「上方とはいったい……」
僕が言葉を発したまさにその瞬間、この艦は青い光に包まれてしまう。
やられた。僕はそう思考する。艦橋の窓ガラスが割れ、1万度を超える青色の熱線が、この艦橋の中を照らした。
そう、それが僕の見た、最期の瞬間だった。




