#10 護衛
デメトリオ殿が示してきた「暗殺」の手順とは、以下のようなものだ。
領地視察のために馬車に乗り込もうとするデメトリオ殿に、刺客が襲い掛かる。
その者は毒入りの短刀で襲い掛かり、デメトリオ殿を亡き者にしようとする。
だから、その暗殺人が刺す前に彼を捉え、彼を生かしたまま捉える。
たった、これだけの手順だという。どうしてここまでの手順がバレているのか? その理由は、明かされていない。正直言って、デメトリオ殿に携帯シールドを持たせればそれで済む話のような気がしてきた。
が、その方法では、実行犯がシールドに触れて絶命する恐れがある。とにかく、この御方は実行犯の捕縛に固執する。つまり実行犯を捕まえ、その命を狙う真犯人が誰かを突き止めたいというのである。
そのことに、どれほどの価値があるのかはわからない。詮索することもできないが、ともかく、依頼された以上はやるしかない。
しかしこの件は極秘作戦である。ということで、総司令部へは書面上「シシリアス侯爵家との軍事協議」とだけ書き、あくまでも打ち合わせという形で出向くことになった。
実際に事件が発生すれば報告することになるが、その時点ではデメトリオ殿の意図は達せられているため、問題はない。
ということで、その翌々日に早速、作戦は実行される。
場所はシシリアス家のお屋敷の前。二頭立ての馬車が到着する。まもなく、デメトリオ殿が現れてそれに乗り込むはずだ。
そういえば、すでに我々は馬が不要な自動車を提供しているのだが、なぜかそれを好まない貴族が多い。実際に、王宮に出向く際は車ではなく、馬車でなくてはならない。
このため、つい先日行われた社交界でも、王宮の手前で車から馬車に乗り換えた経験をしている。それほどまでに、ここの王族、貴族には自動車というものに抵抗感を持たれている。
今の国王陛下が治世をされる限りは、この古臭い風習は残るのではないだろうか。とはいえ、一部貴族は馬車を捨てて自動車に切り替えている家もある。
実はシシリアス侯爵家もその一つなのだが、今回だけは敢えて馬車を用意している。車相手では、暗殺人が手出しできないかもしれない。そんな配慮から、わざとそのように取り計らったのだという。
変な話だ、暗殺人に気を使うとは。
「なかなか現れませんね」
とつぶやくのは、シルビアの専属メイドであるリリューだ。
「本当に暗殺人は、この辺りに潜んでいると思って間違いないか?」
「それは間違いありません。私の経験上、今も息をひそめて待ち構えているはずです」
聞けばこのメイド、トルタハーダ家に使える前は貧民街にて暗殺人をやっていたのだという。実際に何人も殺めた経験があり、そんなすさんだ経歴の持ち主でありながらも、トルタハーダ家によってまっとうな生活を歩むきっかけを得たのだという。
が、今はメイド服とはいえ、獲物が現れるのを今か今かと待ち構える猟犬のような目つきだ。暗殺人時代の記憶がよみがえっている。この後、ちゃんとメイドに戻れるのだろうな、こいつは。
僕らのいる茂みの反対側には、ポーツァル大尉とアーレンス中尉が待機している。彼らは旗艦である2500号艦の人型重機隊のパイロットでもある。彼らは同時に陸戦隊員でもあり、それなりの肉弾戦訓練も受けていている。
そんな人員2人に、元・暗殺人のメイドが加わった。この3人を相手に、はたして見ず知らずの刺客とやらはその役目を果たすことができるだろうか?
そんなことを考えながら、じっとデメトリオ殿が現れるのを待っていた。しばらくすると、侍従長らしき人物がまず現れ、馬車の扉を開く。
堂々と歩き現れたデメトリオ殿の両脇には、腕の立つであろう侍従が2人ついている。彼らだけでも、暗殺人が近づくのはほぼ不可能だと思う。
と、そう思っていた矢先、事態は動く。
それはまさに、デメトリオ殿が侍従長が開いた馬車に乗り込もうとしていた、その時だった。
なんと、その暗殺人は茂みなどではなく、馬車の下から現れた。
土を掘って地面に潜んでいたその暗殺人は、二人の屈強な侍従の不意を突き、まさにデメトリオ殿へと迫っていた。手には、短刀が握りしめられている。
だが、動きとしてはこちらの2人の陸戦隊員の方が早かった。
ポーツァル大尉が、まずその短刀を持つ右手を握る。右手の痛点をぎゅっと握るや、短刀を握る握力を失った暗殺人は、その武器を手放してしまう。
一方のアーレンス中尉はといえば、その暗殺人の両脚を抱きかかえるように抑えていた。デメトリオ殿の手前で、その暗殺人は倒れ、取り押さえられる。
だが、それで終わったわけではない。
そこに、うちのメイドが飛び込んでいった。
「おい、リリュー、そいつは殺しては……」
暗殺人であるリリューが飛び出したことで、一瞬、戦慄が走る。こいつ、まさかこの暗殺人を刺し殺す気ではあるまいか、と。
が、リリューはその暗殺人の口に指を突っ込み、何かを取り出そうとしていた。
「ぐはっ!」
指を喉に突っ込まれた、たまらずその暗殺人が吐き出したのは、錠剤のようなものだった。
「リリュー!」
僕は大急ぎでそのメイドのそばに駆け込む。じっとその錠剤を見入るリリューに、僕は尋ねる。
「これは……?」
「即効性の毒です。暗殺人は失敗し捕まれば、拷問にかけられることは確実。ですから、そうなる前に自ら死を選ぶのが普通です」
後の分析で知ったのだが、この錠剤らしきものは青酸カリが含まれていた。捕まった際にそれを飲んで自害するつもりだったようだが、暗殺人の経験を持つ者がそれを阻止した。
口には布が巻かれ、舌を噛むこともできなくなった暗殺人。その人物を、向こうの屈強な侍従らに渡すところまでが僕の仕事だ。
「護衛任務、完了。犯人を捉え、事前の依頼通り引き渡しいたしました。ところで、拷問などを使わずとも、我々には脳波から思考を読み取る装置を持っておりますが」
「ああ、それならばこちらでも入手済みだ。だから、これ以上の干渉は不要。あとは、こちらで何とかする」
「ところで、あなたを狙う人物が誰であるかを、参考までにお聞きすることはできませんか?」
「それを聞いてしまったら、貴官すらも敵に回すことになるかもしれぬぞ。これ以上の深入り不要だ」
半分脅し文句ではぐらかされてしまった。結局、この実行犯を雇ったとされる人物については僕は分からずじまいのままだ。
さて、犯人を引き渡してからはこちらの任務は完了してしまった。我々は引き上げざるを得ない。そういう約束だ。
「というわけで、今回の任務は無事に成功した。貴官らの活躍に、感謝する」
「はっ!」
軍司令部に戻ってから、この2人の陸戦隊員にねぎらいの言葉をかけ、それで解散となった。これ以上のことは、僕にもわからない。
「あの犯人は、何をされているのでしょうね?」
「考えない方が、いいと思うぞ。多分、脳波読み取り機で真犯人を知った後は、おそらく……」
これ以上のことは考えたくもない。この星も宇宙時代を迎えたとはいえ、まだ1年も経っていない。野蛮極まりない拷問が行われていることは、想像に難くない。
ともかく僕は総司令部には、事故として報告したに過ぎない。相手が王国人であり、しかも王国の敷地内で会ったことから、その犯人を引き渡したことも追記した。
「へぇ、リリューの経験が、役に立ちましたか」
帰ってから今日の出来事を報告すると、シルビアのやつは大喜びだった。一方のリリューはといえば、心身ともに疲れ切った表情だ。
「いえ、たいしたことはしてませんから」
「そんなことはありません。デメトリオ様だけでなく、旦那様を守ったも同然なのですよ? もっと誇るべきではありませんか」
とシルビアが褒め称えるも、当のリリューはと言えば今一つ、浮かない顔だ。
その日の午後は普通の生活を過ごすはずだが、リリューは仕事に手を付けず、料理も掃除もロボット任せだ。シルビアは疲れが出たのだろうとそう言って慰めていたが、どうもそうばかりともいえないようだ。
それは、風呂場の中で僕にリリューが明かしてきた。
「やはり、私は血生臭い女でございます。メイドとしても鍛錬してまいりましたが、どうしても人を殺める者の心理を忘れることができず……」
涙を浮かべ、僕の背中でうずくまるメイドに、僕はかける言葉がなかった。やむにやまれぬ事情で、人を殺めた経験を積み重ねたのであろう。それがここしばらくはメイドとして平和な日々をシルビアとともに過ごしていたのに、やはり実際の暗殺人に出会ってしまった途端、その時の本能的な感性を取り戻してしまい……赤毛の小さな娘は、僕の背中でその小さな胸を押し付けたまま、悲しみに暮れてしまう。
だから僕は、そっと抱き寄せた。下手な言葉をかけるよりも、こうした方が多分、心静まると感じたからだ。しばらくうずくまっていた彼女だが、徐々にいつもの気力を取り戻す。
で、その日はこのメイドまでもが僕らのベッドで寝ることになった。ためらう彼女だが、それもつかの間、あっという間に二人の間で赤い髪を揺らしながら甘えてきた。
なおその翌日、僕はそのベッドの上で、3人揃ってシーツを蹴散らして寝ている様を見る羽目になるのだが。