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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第一章 初婚ではありませんが、旧家に嫁ぎます
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8話旦那様とお出かけ①

 小夜は八重と共に朝餉の片づけをすると、部屋に戻り桜をモチーフにした季節に会った柄の訪問着に着がえた。

 そして、紅を引き、髪を結ってかんざしを挿す。


 急いで支度をしたつもりだが、結構時間がたってしまった。

「すみません。旦那様、お待たせしました」

 小夜が広い間口の玄関に着くとすでに惟明は待っていた。

「ずいぶんと印象が変わるものだな」

 意外そうな表情で小夜を見るので、不安になった。

「派手でしょうか?」

「いや、問題ない。出かけよう」


 そんなやり取りの後、二人は玄関を出た。


 顔合わせの時もここへ嫁ぐ時も、小夜には風景を見る余裕がなかった。長い築地塀ばかりが目に入り、外の景色を楽しみむどころではなかったからだ。


 惟明の後ろについて少し歩くと、ほどなくして大通りに出た。


 通りの両側には小間物問屋や甘味処、金物屋など商店が立ち並んでいる。人の往来も多く人力車が行きかっていた。久しぶりに感じる街の喧騒。


 ここは小夜が育った場所よりずっと開けている。にぎやかで華やかで、さすがは東京の中心地だ。小夜はひたすら小走りで、惟明の後をついて行く。


 「小夜、御堀端までいってみないか」


 そう言って振り返った惟明が、小夜を見て驚愕している。


 「は、はい、ぜひ……」


 息も絶え絶えに小夜は何とか返事をする。


 「すまぬ、小夜」


 立ち止まり、小夜の背中をさすってくる。


「いえ、小夜は鍛え方が足りないのです」


 小夜はぜえぜえと息をする。惟明の足が速くて途中からは緩やかな上り坂を走っていた。


「鍛えてどうする。俺の配慮が足らなかった。茶屋で休むか?」


「旦那様、小夜は大丈夫でございます。しかし、驚きました。旦那様は、健脚なのですね」


 直之もこれほど足は速くなかった。それに直之と惟明とでは上背と足の長さが全然違う。

 惟明の方が体を鍛えているのにすらりとしていて、町で目立つほど背が高いのだ。

 

「小夜。それは誰と比べている」

 

 惟明の眉間にしわを寄せ、ちょっと機嫌の悪そうな顔をする。

 

 「あ、いえ、あの、一般的な男性と比べて」

 

 「もうよい」

 

 そう言ったきり、惟明はむっつり黙りこんでしまったが、歩調は小夜に合わせ、とてもゆっくりと歩いてくれる。

 

 (やっぱり、優しい旦那様です。離縁後も、きっと良い雇い主になってくれるでしょう)

 

 小夜の口元が自然とほころぶ。

 

 結婚してから半月たつが、一度も手を挙げられたことはない。それどころか怒鳴りつけられたこともない。そのことに小夜は安堵を覚えていた。

 霧生の邸では誰も小夜を怒鳴らないし、蹴られたり、殴れたりすることもない。とても穏やかな半月だった。

 


 緩やかだが長い坂を上り下りして、のんびり歩いていると、やがて御堀端の枝垂れ桜が見えてきた。

 

 「旦那様、すごく綺麗です。まるで薄桃色に景色が霞んでいるように見えます」

 

 桜の花びらが舞っている景色に、小夜はいたく感動した。

 

 「俺は、通勤や警邏の途中で見ているが……。なるほど休みの日に見るとまた違うな」

 

 ふわりと風が吹き抜けて、桜の花びらが小夜の元まで運ばれてくる。


 「まるで桜の花びらのトンネルのようです」


 小夜は花びらを掴もうとして両手を広げた。


 「桜の花びらのトンネル?」


 「はい、本物のトンネルは見たことはありませんが」


 惟明が小夜の言葉にふと笑みを浮かべる。


 「トンネルは、このように美しいものではない。それどころか窓を開ければ途端に煤だらけになる。そうだな、長期休暇が取れたら一緒に汽車に乗ろう」


 小夜は汽車に乗ったことがない。


 「本当ですか。楽しみです!」


 祝言の日はどうしようかと不安だったのに、嘘のように気持ちが晴れている。


小夜はいつもここを追い出されたら、どうしようという恐怖の中で生きてきた。


 ところが霧生家ではそれがない。


 八重はとても親切で優しいし、石本も丁寧で声を荒げることもなく、いつも紳士的だ。


 

 ふと「卑屈だ」といった惟明の言葉がよみがえる。このまま霧生家においてもらえれば、小夜は自分が変われるような気がしてきた。


 小一時間ほど、桜を見ながらのんびりと歩くと、惟明が茶店に寄らないかという。小夜は喜んで頷いた。彼女は茶店に入るのは初めてだ。惟明はみたらし団子を小夜はみつ豆を食べた。


「とてもおいしいです。この甘いおもちのようなものはなんですか?」

 あまりのおいしさに頬が緩んでしまう。


「それは求肥だ。食べたことがないのか?」

「はい、初めてです。とてもおいしいものなのですね。女学生が夢中になるのがわかります」


 小夜は腹違いの妹のように女学校に通っていない。娘らしい華やかな柄の着物にはかま姿で女学校に通う彼女がうらやましかった。


 彼女からは羽二重餅やくずもちや、みつ豆、それにかふぇの話を聞いた。

 まさか自分が食べられるようになるとは思ってもみなかった。


「それほど幸せそうな顔で、みつ豆を食べる奴は初めて見たぞ」


 あきれているのか、惟明がぼそりと呟く。



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