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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第一章 初婚ではありませんが、旧家に嫁ぎます
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7話 八重に料理を教わる

 翌朝、小夜は張り切って、八重の元へ朝餉の手伝いに行った。


「奥様、おはようございます」


「八重さん、聞いてください!」


 小夜は目を輝かせて子犬のように八重の元へ走り寄る。


「奥様、八重でございます」


 八重は優しい笑みを浮かべながらも、きっぱりと答える。


「あ、ごめんなさい。その……八重。私、旦那様と離縁したら、ここの使用人として働くことになりました」

「はあ?」


 八重がびっくりしてのけぞった。


「だから、八重さん、これからもよろしくお願いします」

 小夜はぺこりと頭を下げる。


「なっ! ご当主はなんてことを!」

 驚愕する八重をよそに、小夜は張り切って仕事を始めた。


「八重さん! 今日は私がかまどの火をおこしますね」

「奥様、ちょっとお待ちを! 八重がやりますので! ああ、煤だらけになってしまいますよ」


 小夜はいつのように朝餉の支度の手伝いをする。


 今日の味噌汁は初めて出汁とりから、小夜が作った。八重に味見を頼む。


「どうですか? 八重さん、霧生家の味になっていますか」


「奥様、どうか八重とおよびください。お出汁が優しくて、とてもおいしいです」


「ありがとうございます。でも八重にはまだまだかないません。頑張りますので、どうぞよろしくお願いします」


 八重は困ったような顔をしながらも、微笑んだ。


 小夜は惟明の箱膳を運び、式たちが小夜の箱膳とお櫃を運ぶ。


 惟明の許可をもらい部屋に入ると、今日の彼は珍しく和装姿だ。


「旦那様、今日はお仕事がお休みなのですか?」


「そうだ。新婚なのだから、休暇をとれと言われた」


「そういうものなのですね」


 小夜が嫁いだ杉本家は呉服屋を営んでいて、実家も神社だった。そのためお役所勤めというものが今一わからない。


 いつものように惟明が箸をとったのを見計らって、小夜は「いただきます」と手を合わせる。


 しかし今日はいつもと違い、惟明が味噌汁の碗を手に取る様子をとどきどきと見守っていた。


「ん?」


 一口飲んでかすかに首を傾げる。


「どうかしましたか?」


 小夜は食い気味に聞く。


「いや、いつもの出汁と味が違うと思ってな」


「申し訳ありません。今朝は私が出汁をとりました。以後霧生家の味を再現できるよう精進いたします」


 慌てて小夜が謝ると、惟明は呆れたような顔をする。


「謝ることはない。これはこれでうまい。それに霧生家の味など別にない。作る者によって、出汁に違いが出て当然だろう」


 惟明のこだわりのなさに驚いた。

 それに小夜の料理をうまいと言ってくれたのは、惟明が初めてだ。小夜は、そのことに感動する。


「ありがとうございます」


 今日は味噌汁のほかにだし巻き卵も小夜が作った。見た目は綺麗にできているが、味が心配だ。


 小夜は固唾をのんで見守っていると、惟明はだし巻き卵に手を付ける。


「このだし巻きも、小夜が作ったのか。うまいから大丈夫だ。そんな食い入るように見るな。食べにくい」


「はい、申し訳ありません」


「いちいち謝るな」


「はい、申しわけ……」


 小夜は半分下げかけた頭を戻し、再び箸をとると、だし巻き卵に手を付けた。


 やはり八重には遠く及ばないと思うが、今まで小夜が作ってきた中で一番おいしく感じた。


 八重はよい師匠だと思う。このまま料理が上手くなれば、この屋敷を首になったとしてもほかの屋敷や料理屋で働けるような気がしてきた。


 あらかた食事がすんだころ、惟明が口を開く。


「小夜。今日は出かけるぞ」


「承知いたしました。旦那様は何時ごろお戻りでしょうか?」

 小夜は惟明の戻り時間に合わせて昼餉なり、夕餉の準備をしようと考えていた。


「お前も一緒だ」

「え? 私もですか? あの、どちらへ」

 

 小夜はびっくりした。杉本の家でも亭主とは出かけたことはない。


 しかし、小夜を連れて行くということはもしかしたら、霧生の親戚の家かもしれない。

 だとすると小夜は少々気が重かった。


「花見に行くか?」

「え……?」

 惟明の言葉に小夜は目を瞬いた。


「新婚というのは、二人でどこかに出かけるものだと同僚に言われた。ちょうど神社や川べりの桜も満開だ」


 惟明が外に連れ出してくれると聞いて、小夜は驚きのあまり、しばしぽかんとした。


 そのうえ、惟明は『新婚』と言った。小夜を妻として扱ってくれているのだ。

 小夜の胸がどきどきと高鳴る。


 ここへ嫁いでそろそろ半月が過ぎるが、小夜はまだ一度も屋敷から出たことがなかった。


 それに今まで小夜は、誰かとどこかに出かけたことはない。お使いで家を出ることはあっても、花見を楽しむ余裕もなかった。 


「は、はい、ぜひお供いたします」


 小夜は我に返ると慌てて返事をした。


(旦那様とお出かけなんて、嘘みたい……) 




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