6話 小夜の下心
沈黙を破ったのは惟明で。
「なぜ、そんな扱いを受ける? 杉本家にも実家にも。お前はずっと虐げられていたのか?」
「その……実家では粗相が多くてよく叱られました。日に一度は食事をいただけましたので、別に虐げられると言うほどでもありません。それに母がいた頃はかわいがってもらいました」
「道理で痩せている。杉本家では食事はもらえたのか?」
惟明は、淡々と質問を続ける。
「あ、あの、残り物をいただきました」
自分の卑しい生い立ちが惟明にバレてしまった。
霧生家は名家、霧生の本家とどんなやり取りがあるのか知らないが、いったいどういう経緯で小夜はこの家にもらわれたのかわからない。
この場で離縁されるかもしれないと緊張に身を固くする。
小夜が不安でいると、とつぜん、惟明が「ふふふ」と笑い出した。
「な、なにがおかしいのでしょう?」
「霧生の本家はお前が石女でないと困るのだ」
やはりと小夜は思った。
どういうわけか小夜というより、惟明は本家から跡目をのぞまれていないらしい。
きっと祝言の時親戚もそのことで怒っていたのだろう。
「理由をお伺いしても?」
「お前には関係のない話だ」
そう言って、惟明は口を引き結ぶ。
もうそれ以上は小夜の質問に答えてくれる気はないのだろう。
小夜はしょんぼりと肩を落とす。
「面倒な奴だ。まだ言いたいことがあるのか?」
惟明がため息をつく。
「あの、それで私は石女では……ないかもしれないので、離縁されるのでしょうか?」
小夜の言葉に惟明は合点がいったといようすで片眉をあげる。
「なるほど、お前はそれが不安だったわけか。ばかではないようで良かった。今のところお前と離縁する気はない」
「今のところ……」
引っ掛かりのある言い方である。やはり離縁前提なのだろうか。
「小夜。言いたいことがあるのなら、はっきりと手短にいえ」
「はい、では恐れながら、旦那様、小夜には下心があります」
「は?」
小夜の言葉に惟明が、今度は何を言い出すのかと呆れような表情を浮かべる。
小夜はどきどきしながら切り出した。
「離縁されてしまうと私は実家で厄介者。もう帰ってくるなと言われております。二度目の離縁となりますと、もらってくださる方もいません。そうなると小夜は身を売って生きていくしかありませんが、それは嫌なのです」
「まあ、そうなるだろうな」
別に同情したふうもなく惟明は相槌を打つ。
「だから、旦那様が私を離縁なさった後、使用人としてこの屋敷で雇っていただきたいのです。この家の家事はしっかりと覚えます。どうかお願いいたします! そしてできれば、八重さん……いえ、八重の作るおいしい料理を覚えたいのです」
小夜は一気にそこまで喋ると頭を下げた。
すると、くつくつと笑い声が聞こえてきた。
小夜が驚いて顔を上げると、惟明がまた笑っている。
「あの……。旦那様? 小夜はそれほどおかしなことを申しましたでしょうか?」
小夜は混乱してしまう。
「お前は、面白いな。わかった。もしも、離縁するようなことがあれば、お前をこの屋敷で雇おう」
惟明は約束してくれた。
小夜はびっくりしたのとほっとしたのとで涙が零れた。
「ありがとうございます。小夜は、このご恩を一生忘れません」
「まったく、いちいち大げさな奴だ。まあ、離縁することはないがな」
最後にぼそりと付け加えられた惟明の言葉は小さくて、小夜には聞き取れなかった。
「はい? いまなんと?」
「話が済んだのなら、部屋に戻れ。俺は疲れたから休む」
また、犬のように惟明の部屋から追い払われてしまった。
しかし、惟明は声を荒げることもなく、手を上げることもない。
妖魔と戦っていると聞いていたから、てっきり乱暴で気の荒い人かと思っていたが、全く違ったようだ。
(今度の旦那様は、優しい方でよかった)
小夜はようやく将来が定まったことで、その晩はぐっすりと安心して眠りにつくことができた。