5話 小夜、真実を打ち明ける。
料理は相変わらず綺麗に盛り付けられている。味噌汁からはお出汁のよい香りが漂ってきた。
八重はとても料理が上手い。
煮魚に茶わん蒸し、山菜の天ぷらが添えられている。小鉢は切り干し大根だ。
八重の作る切り干し大根は、歯触りがよいのに味がしっかり染みていて美味しい。
朝餉の手伝いで八重に料理を教わっているが、小夜はまだこの域に達していなかった。
惟明が黒塗りの箸をとったのをみはからってから、小夜は「いただきます」と手を合わせた。
静かな中で食事は進んでいく。
食後のお茶は小夜が淹れた。
小夜は今まではご飯茶碗に白湯を注いでいたが、この家では必ず湯飲みに煎茶やほうじ茶を注ぐ。
今日はほうじ茶の茶筒が用意されていた。とてもいい茶葉を使っているので、急須に湯を注いだ途端、馥郁としたいい香りが広がる。
小夜はこの優しい香りと味が好きだ。
「小夜、お前はこの家で家事をやりたいそうだな」
おもむろに話を切り出した惟明を前に小夜は緊張の面持ちで顔を上げる。
「はい、ぜひやらせていただきたいです」
「それはなぜだ?」
「何もしないのに、ただでおいしいご飯をいただくわけにはまいりません」
小夜にとっては当然のことだった。
「それは本気で言っているのか?」
少し困惑したように惟明が言う。
「もちろん本気でございます。八重さん、いえ、八重……のようにうまく料理はできませんが、頑張りたいと思っております。それにお掃除も出来ればさせていただきたいのです」
「掃除は式神にやらせている」
「え?」
小夜は惟明の言っていることが分からなくて、きょとんした。
「神職の娘なのに、式神も知らないのか?」
「いえ、存じております。ただ普通の人間にしか見えなくて……」
家の掃除をするために式を使うなど聞いたことがない。
「この家で人あるのは石本と八重と庭師の大山だけだ。後は皆、式だ」
言われてみれば、確かに八重や石本のように強い存在感を放っていなかった。
それらの存在が薄くて、名前を尋ねようとすら思わなかった。
「すごい……です」
小夜は驚き過ぎてそれ以外の言葉見つからなかった。
式神がいるということは使役している者がいるということで。
つまり、目の前の惟明がやっていることなのだろうか。
だとしたら、とんでもない術者である。
「それから、この家は古いから付喪神もいる」
付喪神と聞いて驚いた。小夜もあまりお目にかかったことがない。途端にそわそわしだす。
「付喪神って……、何かお供え物とかしなくてもよろしいのでしょうか?」
たいていの神は、大切にしないと祟り神になる。
「それは当主の仕事だ。問題ない。それより問題なのはお前だ」
「私が何か?」
小夜は何かへまをしたのかと思い、どきりとした。
「そんな不安そうな顔をするな。どうも普通の人間より、勘が鋭いようだ。普通は式神の存在に気づかない。ましてや人の姿だと認識するとは。仲人から何も報告は受けていないが、何か特別な修行でもしていたのか?」
淡々と感情を交えず問うてくる惟明に、小夜は反射的に首を横にふる。
「いいえ、私は何も……」
消え入りそうな声で答えると、目を伏せた。
「まあ、いい。庭の掃き掃除や八重の手伝いくらいならしてもいいだろう。それから先日、朝餉の時お前が言いかけていたことは、なんだ?」
話は聞いてもらえるようでよかった。
小夜は惟明が覚えてくれていたことにほっとした。
その反面、これから話すことに緊張感を覚える。
「は、はい、私は許嫁である杉本家の直之様の元に嫁ぎましたが、直之様にはすでに恋人がいらっしゃいました」
「別に珍しい話ではないな。だが、俺に前夫の話をしてどうする?」
惟明がかすかに眉根をよせて小夜を見る。
不快なのだろうか。
「その……続きがありまして、直之様の恋人がお峰さんというのですが、たいそうやきもち焼きでして。直之様は祝言直後から、お峰様のところでお過ごしでした」
拙い小夜の話に惟明がため息をつく。
「だが、杉本が子をもうけて結婚したのは、赤石家の絹子といわなかったか」
惟明が、いちおう小夜の事情は知っているようで安心した。
「は、はい、お峰さんと付き合いながら、絹子様とも付き合っていたそうです」
慌てて付け加える。
「小夜。俺は何を聞かされているのだ? 杉本の乱れた女性関係などどうでもよいのだが」
惟明は訝しげな視線を小夜に向けると、茶をすする。
彼が小夜に結論を求めていることは明らかだ。
「その、つまり私は一度も直之様と床を共にしておりません」
小夜が覚悟を決めてそう言った瞬間、惟明は茶をむせた。
「どうして、そのようなことになるのだ?」
さすがに驚いたようだ。惟明の鉄面皮が初めて崩れる。
「あ、あの、直之様は恋というものに、誠実でありたいとおっしゃっておりました。それに直之様のお相手もやきもち焼きが強かったので」
あたふたとして小夜が言い訳をする。
とどのつまり小夜に女としての魅力がまるでなかったのだろう。小夜が口を噤むと再び沈黙がおちた。
やがて、惟明がため息をつくと、おもむろに口を開いた。
「つまりお前は、杉本の手がついていないのに、石女として離縁されたのか? 石女というのは杉本が絹子を嫁にもらいたいがための方便か?」
「はい、そうなります」
小夜は頷く。
惟明は理解が早いようで助かる。これ以上恥をさらさなくて済みそうだ。
「お前の実家はなんと言っている」
「実家へは言わないようにと口止めをされています。それに実家に帰るとひどく叱られ、誰も私の話を聞いてはくれませんでした。この縁談が決まるまで、私は罰として土蔵に閉じ込められておりました」
小夜がそこまで一気にしゃべると口を噤んだ。
本当に実家の父の怒りはすさまじく、この縁談がなければ、小夜は吉原に売られるところだった。