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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第六章 あずさゆみ
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42話 妖魔退治

 ここ数日、天気が不安定で、妖魔の気配が濃くなっている。


 こういうことは周期的にあり、敏感な小夜は察していた。


 惟明は当然のように帰りが遅くなる。


 妖魔退治に明け暮れているのだろう。


 惟明が強いことはわかっているので、いつもは心配し過ぎないようにしていた。


 だが、ここへ来た頃にあった大規模な妖魔退治を思い出す。


 今回もあの時のように、鬼道から多くの妖魔がやってくる、そんな予感がしてならない。


 真夜中にがらりと玄関の引き戸が開く音がした。


 広い家なので、普通ならば聞こえないはずなのだろうが、小夜の敏感になった耳はその音を拾う。


 寝巻の上に一枚羽織り、惟明の無事な姿を見るために急いで玄関に向かった。


「小夜、どうした? まだ寝ていなかったのか?」

 驚いたように惟明が問う。その顔色はいつもより悪い。


「旦那様、お怪我はありませんか?」

 惟明は苦笑する。


「小夜には敵わないな」

 隊服にプスプスと焦げたような跡があり、その下から白い包帯が見えている。

 それを見た小夜は泣きそうになる。


 惟明が小夜をぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫だ。たいしたことはない。いつものことだ」

 そう言って微笑む。


 小夜は胸が痛くなったが、何よりも惟明に休んでほしかったので、風呂と食事の準備を始めた。


 惟明は小夜を心配して寝るように言ったが、目がさえてしまって、とてもそんな気分にはなれない。


 小夜はそんな中でも慰めになればと、惟明が帰って来た日は一緒に朝餉をとり、出勤前には切り火をして無事を祈る。



 そんな日々が幾日か過ぎ去った後、小夜ははっきりと強い妖魔の気配を感じた。


 惟明には小夜の神通力を周りの人間に見せないように言われている。


 それに清子も忠正も、小夜が神隠しに遭ったときには、彼女の神通力がばれないようにと手を尽くしてくれていた。


 だが、これだけは譲れない。


(私は、旦那様をお守りしたい。この神通力はきっとそのためにある)


 小夜は髪を水引で結ぶと、母の形見の行李から、梓弓を取り出した。


 そんな小夜の膝にタマがすり寄ってくる。


 頭をなでると、タマが瞳を黄金色に光らせて決意を込めたように小夜を見る。


「タマ、とってもあぶないのよ」


 うにゃあとタマが声を上げる。どうあっても小夜についてくるようだ。


 小夜は去年と同じように、台所から土間に降りて、しおり戸を開く。


 すると石本が待ち構えていた。


「お願いします。行かせてください」

「奥様、石本がお供いたします。幸い旦那様は自動車を買われたことですし」

 そう言って石本が微笑んだ。


「ありがとうございます。でも多分、タマと行った方が早いです」

「はい?」

 石本がタマに視線を移す。


「奥様、まさか、タマの本性をご存じで」

「ふふふ、タマったら、満月になると大きな猫又の姿で踊り出すんです」


「それはまた」

 石本が苦笑する。


「では、行ってきます」

 小夜はそう言うと颯爽と弓を持ち門へ向かって走る。


 門から出た途端タマが大きくなっていった。愛らしい小猫から、凛々しく気高い猫又の姿に変化する。


「奥様! お待ちください」

 いつもは落ち着いている石本が慌てたようについてきた。


 小夜はタマの背にさっと乗ってふさふさの長い毛につかまる。

「石本、小夜は大丈夫です。いってまいります。タマ、旦那様のもとへお願いします」

 猫又は塀から屋根に飛び乗って、道を通ることなく、惟明のもとへ一直線に疾走していった。


 タマは速いし高い場所を移動するので小夜は少し怖かったが、恐る恐る下をのぞくと石本が馬に乗ってついて来ていた。

 あれも石本の式だろう。多分自動車より、ずっと早い。


 いよいよ谷の上に着いた。

 惟明の神通力の強さから、彼の居場所はすぐにわかった。

 小夜はタマからおりると、梓弓を引き絞る。


 ◇


 その頃、惟明は谷底でまさに泥沼の戦いを強いられていた。


 今回も俊敏な狼が多く、苦戦している。そのうえ、大ムカデまで暴れる始末。


「ああもう、さっきからオオカミばかりだ。全くやっていられない!」

 行平は刀を杖代わりにつき、いつものように愚痴をこぼす。

 彼もだいぶ疲れがでてきたようだ。連日連夜のことで、もう何時間戦っているかわからない。


「仕方がないだろう。一番隊は最前線と決まっている」

 惟明は息も乱さず。狼の首を次々に切り落としていく。

 そして更なる面倒が彼らに襲い掛かる。


「うわっ! 大蛇だ!」

 後方から悲鳴が上がり、場が騒然とした。


 惟明が隊員たちに向かって、声を張り上げる。


「怯むな! 大蛇は俺と行平で倒す!」

「うわ。マジですか、隊長」

「一番強い俺と、二番目に強いお前が行くしかないだろう」

「わかりましたよ」


「行平、お前は頭を潰せ。俺が、大蛇の牙をうけとめる」

「承知!」

 惟明は大蛇めがけて二本の暗器を放つ。


 見事両目を潰された大蛇がしっぽを振り回し怒り狂って、惟明に突進してくる。


 彼は刀で牙を受け止める。


 惟明ほどの上背が無ければ、丸のみにされていただろう。


 行平が跳躍し大蛇の頭に刀を突き立てる。


 だが、行平も疲れが出たのか、手元が狂い仕留め損ねた。

 大蛇が跳ねて行平とふきとばし、のたうち回る。


 その刹那、光の矢が大蛇の体を貫いた。

 惟明はその隙に、渾身の力で下から大蛇の顎を貫いて引き裂く。大蛇はシュルシュルと音を立てて、黒い塵となり、崩れ落ちていく。

「ああ、全く小夜か……」

 びいんと弓を弾く音が響いた。


 それと同時に何羽もの烏が、谷に向かって急降下して来た。そのくちばしが狼の顔を狙う。

 妖魔に叩き落されては紙に戻る。石本の式だ。


 惟明が驚いて高台を見上げると、いつも冷静で表に出ることのない石本が、わざと目立つように式を放っていた。


「隊長、あれって石本さんですよね?」

「ああ、うちの家令が援軍にきてくれたようだ。優秀な式神使いだ」

 確かに彼は優秀だが、今回ばかりは違う。

 石本は小夜の存在を隠そうとして必死なのだ。彼は家令という職に誇りを持っていて表に出ることを厭う。


「退魔部隊にスカウトしたいくらいですね。でも、なんだか弓を弾く音をきいたような……」


「何を言う、行平。疲れが出たのではないか? 今は妖魔に集中しろ」

 行平はあわてて、刀を構え直して気合を入れて妖魔を迎え撃つ。


 時おり聞こえてくる弓を弾く音に合わせて石本が式を放っていた。


 必死な石本を見て惟明はやれやれと思ったが、拮抗状態だった戦況は変わり、あっという間に優勢になる。


 このぶんだと退魔部隊の被害はそれほど出ないで済みそうだ。


 そして、もう間もなく妖魔との闘いも終結するという頃、石本と小夜の気配が消え、惟明は妙な緊張感から解放された。


(なんだか猫又もついて来ていたようだが……小夜がどんどん強くなっていく)


 嬉しいような不安なような複雑な心持ちになる。


 家に帰ると小夜は以前のように消耗して倒れることもなく、元気でいた。


 そして出しゃばったことをしたと顔を青くして謝っている。


 助けてくれた小夜を責めることなどできるわけがない。


 惟明はただ小夜の神通力を隠し続けて、彼女を守っていくだけだ。


 小夜の手は、昨年はぼろぼろになっていたが、今年は綺麗なものだった。


 なぜ手が傷つかずにすんだのかと聞いたら、恥ずかしそうに『旦那様から頂いたお小遣いで弓かけを買いました』と告げる。


 どれほど止めても、小夜は何度でも惟明を助けに来るつもりなのだ。

 

 惟明はそんな小夜を愛おしいと思った。 


次回最終回です

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