表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第六章 あずさゆみ
41/43

41話 報い

 霧生は背が高いのですごく目立つ。


 そして霧生の横には着物の上に温かそうな外套を着た女が寄り添っている。


 朝子は好奇心に駆られて足早に彼らに寄った。


 すると二人は堂々と手を繋いで歩いていた。


「とんでもない恥知らずね。愛人も男も。ふふふ」

 朝子は愉快な気持ちになり後ろから近づいてく。

 すると霧生が振り返った。


「貴様、先ほどから、つけてきているようだが、何用だ?」

 突然詰問されて朝子は後退りする。


 若々しく端整な顔立ちにもかかわらず、霧生には威厳があった。


「いえ、その私は……」

 父母から霧生とは関わるなと言われている。


 すると霧生の横にいた女が弾かれたように振り返る。

「え? 朝子さん」


「は? あんた……」


 真っ白な肌にうっすらと紅潮した頬、桜色の唇に大きく澄んだ瞳。


 家にいた頃よりも幾分ふっくらとして綺麗になった小夜だった。


 その瞬間朝子の頭は真っ白になり、続いて憎悪が湧いてきた。


「まあ、お久しぶり小夜、元気だった」

 朝子は満面の笑みを浮かべて小夜に抱き着いた。


 小夜はびっくりしたように身を固くする。その隙に小夜の腕に針を刺そうとした。


 途端に朝子の手に痛みが走る。


「痛っ! 何?」


 驚いて身を引くと小夜の腕の中にいる小猫が朝子を威嚇していた。


(え? 猫なんて、今までいた?)


「どういうつもりだ。霧生家とはかかわりを持つなと約束したのに」

 惟明が小夜を隠すように前に立つ。


「偶然です! 懐かしくなって顔だけでもみようかと思っただけです」

「ならいい」

 霧生は小夜に向きなおり、肩に手を置いて去っていこうとした。

 小夜は心配そうに一度だけあとをふりかえる。


 そこで朝子ははっとして我に返る。小夜が抱いていた猫に引っ掻かれてけがをしたのだ。


「ちょっと待って! 私、小夜の猫にけがをさせられたのよ!」

 小夜はびくっとして、振り向いた惟明は朝子に冷たい一瞥を送る。


「では、これでどうにかしろ」

 霧生はそう言って、朝子に財布を投げてよこした。


「はあ?」

 馬鹿にした態度に頭にきて食って掛かろうとしたが、朝子は財布の重みに気づき、慌てて中を確認する。


(やったわ! 銀座のカフェで贅沢できるし、ビフテキも食べられるわ!)

 思わず頬をほころばせる。 


 ふと顔を上げると霧生が軽蔑の眼差しで朝子を見ていた。   小夜は心配そうに朝子の様子をうかがっている。


「それだけあれば十分だろう」

「ふん!」

 朝子は鼻息を荒くして踵を返した。

 もちろんすぐに人力車を拾ったことは言うまでもない。


(ああ、腹が立つ。何なのあの高慢な男は。そういえば折れた針、本当に効き目があるのかしら? あればいいのに)


 大金が手に入ったのは嬉しいが、小夜の幸せそうな姿が気に入らない。

 そんな思いを抱いて家路についた。



 朝子に異変が起きたのはその晩だった。

 悪夢にうなされ、隣で寝ている巳之吉に起こされた。

「朝子、どうしたんだ?」


 朝子をのぞき込む巳之吉の平凡な顔を見て、ふと霧生の綺麗な顔を思い出し、朝子はイラッとした。

「何でもないわよ。夜中に起こさないでよ」

 その時、朝子の右手がずきりと痛んだ。


「いたっ、もうなんなのよ」

「怪我でもしたのか?」

 巳之吉が明かりをつけた。


 朝子が右の袖をめくると紫色の奇怪なあざが出来ていた。

「ひっ!」

 巳之吉が驚いたように朝子のそばから飛びのいた。


「ちょっと妻がけがをしているのに何なのよ。今日猫に引っ掛かれたのよ。ひどい事になっているわ!」

「ち、違う。朝子、それは……」

「は?」


「ひっかき傷ではないし、お、女の顔が浮かんでいる」

 奇怪なあざとはまさに般若のような女の顔だった。


「ちょっと気味の悪い事いわないでよ!」

 朝子が怒鳴ると、それを聞きつけた父母が部屋へやって来た。


 二人は朝子の腕のあざを見てそれぞれ違う反応を見せる。

「巳之吉さん、朝子を殴ったの?」

「朝子、お前、神社の娘がいったい何をしたんだ」

 巳之吉に対して憤る母親と、朝子から後退る父の姿が対照的だった。


 朝子は訳が分からない。


「いったい、何なの?」

「朝子、お前はいったい誰を呪ったんだ?」

 父の口から出た言葉に、母が驚愕する。

 しかし、朝子は取り合わず鼻で笑う。


「呪う? 呪いなんてあるわけないじゃない?」

「わかった。折れた針だ。朝子、折れた針を使ったんだろう」

 巳之吉に言い当てられてびっくりしたが、朝子は白を切る。


「馬鹿なことを言わないでよ。巳之吉さんが、ご供養したんでしょ?」

「では、なぜ呪い返しを受けている」

 答えたのは父だった。


 その横でいつもは気丈な母が震えだす。


「ああ、なんて恐ろしい」

「うちはもう駄目だ」

 信心のまったくない朝子には、父母の様子が解せない。


「ねえ、巳之吉さん、あなた神職でしょ? この呪いどうにかしてくれない? ただのあざだと思うけど」

 朝子は面倒くさそうに巳之吉に言うが、彼はただ恐れるように首を振るだけだった。


「朝子。誰を呪ったのか、いいなさい!」

 震えていた母が突然朝子に詰め寄ってきた。


「銀座の帰りに偶然小夜にあったのよ。その時挨拶しただけ。なんだか生意気だったから、たまたま懐に持っていた針で刺してやろうとしただけよ。そうしたら、小夜の飼っている猫に引っ掛かれて」


 ふてくされたように語る朝子の言葉に、父母も巳之吉も呆然としたような表情を浮かべている。


「なぜ、霧生とかかわった……」

 父ががっくりと首を垂れた。


 翌朝目を覚ますと、巳之吉がいなくなっていた。


 巳之吉の荷物と朝子が惟明からもらった財布の中身がごっそりとなくっている。巳之吉が盗んだのだろう。


 親に霧生から金を貰ったことは黙っていたので言えない。 

 その後、飯炊き女と巳之吉が逃げたと知って朝子は怒り狂ったが、両親は憔悴していくばかり。


 ほどなくして、神社は荒廃し家族は離散する。


 呪い返しが引き金となり森川家が神の加護を失ったことに、朝子は最後まで気づかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ