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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第六章 あずさゆみ
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40話 朝子

 正月が開けてしばらくしてから、朝子は女学校の頃の友達五人とカフェで会うことになった。


 華族に嫁いだ者もいれば、大店に嫁いだ者もいる。


 銀座で一番と言われているカフェで待ち合わせだ。


 朝子が久しぶりの再会に浮き浮きしながら出かける準備をしていると、母から冷や水を浴びせられた。


「なんで見栄を張って銀座のカフェなんて行くのよ。うちにはそんなお金ないのに、徒歩でいきなさい」


 屈辱的な言葉に、朝子はいら立つ。

 最近何かというと金だ。


 朝子はふと年末に拾った、折れた針を思い出す。魔が差したというだろうか、朝子はそれを懐に隠して出かけることにした。


(もしも私を馬鹿にしたら、そいつをちくりと刺してやるのもいいわね)


 朝子は一張羅の訪問着で人力車を拾い銀座へ向かう。


 銀座までかなりの距離があるが、徒歩で行くなど考えられない。

 鉄道馬車を使うのも嫌だった。


 

 久しぶりの銀座に着くと、友人たちと待ち合わせたカフェに入った。

 これほどお洒落なカフェは初めで、洋装が目立つ周りの華やかな雰囲気に圧倒される。

 

 そしてなにより、値段に驚かされた。

 だが、集まった友人たちは誰一人、メニューを見ても顔色一つ買えない。


 慣れた様子で注文する。


 朝子も驚きが顔に出ないように苦労した。


 ここでお茶を飲んでケーキを食べただけで帰りの人力車代が吹っ飛んでしまう。


 母が言ったことは本当だったのだ。


 それにここまで馬車や自動車で来ている者もいる。


 朝子は恥ずかしいやら、悔しいやら。


 女学校の頃は皆同じような家庭で育ったのに嫁ぎ先でこうも格差が出てしまう。


 平民の大店に嫁いだ友人が一番の金持ちになっていた。


 当然朝子は納得がいかなくて、もやもやした気持ちを抱える。


 その時、友人の一人が囁いた。

「ねえ、あの方、霧生様じゃなくて?」

「本当だわ。有名な退魔師の霧生様だわ。私、華族会館で一度お会いしたことがあるの。素敵な方よね」


 そこで友人たちの視線が朝子に集まる。

 彼女たちは興味津々といった様子で朝子の言葉を待っている。


「ねえ、朝子さん。あなたの腹違いのお姉様が、霧生家に嫁いだのではなくて?」

 朝子がちらりと離れた席に座る霧生を見ると、彼は驚くほどの美丈夫だった。


「ああ、小夜のことでしょう? 子が産めなくて出戻って来たところを貰われたのよ」

 小夜が石女であることは言ってはいけないと、両親から口止めされていた。

 霧生家の体面があるからだ。だが、どうにもこうにも悔しく言わずにはいられなかった。



「まあ、わざわざ石女を? なぜかしら? それは興味深いわね」

「朝子さん、そのお姉様は確か母親の身分が卑しくて、醜い娘だったのよね。じゃあ、一緒にいるご婦人は愛人かしら?」

 愛人と聞いて朝子はがぜん興味が湧いて来た。


 やはりあの結婚には裏があったのだ。


「嫁に入ったけれど、それ以来一切連絡が取れないのよ。今頃どうしていることやら」

 朝子がそう言うと場がわいた。

 皆、醜聞が大好きなのだ。


 朝子は愛人を見ようとしたが、ちょうど後ろを向いていて顔が見えない。


 髪は濡れたようにつややかで、藤色の品の良い訪問着を着ている。


「どこかの芸妓かしら?」

「それにしては、玄人の感じがしないわね」


 皆が女学生の頃に戻ったかのようにそれぞれ好き勝手なことを言う。

 それだけで朝子の気は晴れてきた。


 愛人の顔を見たいところだったが、そう長い時間外出できない者もいて、ほどなくして会はお開きになり、皆でカフェを出た。


 それぞれが自動車や馬車、人力車で帰っていく。

 もちろん朝子も人力車に乗った、ただし途中まで。

 皆が見えなくなるとすぐに人力車を降りた。


 車夫から文句を言われたので、朝子が怒鳴り返して喧嘩になった。


 くだらないことで時間を潰してしまい、くさくさしながら公園の前を歩いていると、霧生がいた。



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