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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第一章 初婚ではありませんが、旧家に嫁ぎます
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4話 奥様生活

 小夜の部屋には大きな箪笥が二竿あり、惟明に言われた通りに、引き出しをあけていく。


  普段使いの銘仙の着物や、値が張りそうな錦の着物がいくつも入っている。


 新しい着物に新しい襦袢、浴衣、帯に帯締めまですべて新品で揃えられていた。

 

 翡翠の美しい帯留めを見た時にはびっくりした。

(私がこのような高価なものを使ってもよいのかしら?)

 胸がどきどきする。


 その他、引き出しのついた漆塗りの小箱には鏡におしろい、紅、つげの櫛、かんざし、椿油などが入っている。 


「こ、こんな高価な物を、どうして? もしかして敏子様のために用意していた物かしら?」


 戸惑いが、敏子への申し訳なさへと変わる。


 しかし、悩んでもいても仕方がないので、小夜は惟明の指示通りに一番上にあった薄桃色の春らしい着物に着替えた。


 この着物で炊事をするのは気が引けるが、小夜は腰ひもでたすき掛けをして、今度は昼餉の準備を手伝うために台所に向かう。


 ちょうど八重は白湯を飲んで一服していたところらしく、台所に現れた小夜の姿を見て驚いていた。


「奥様、どうなさったのです。お着物はとってもお似合いですが、まさかまた炊事をなさるおつもりで?」

 小夜は当然のように頷いた。


「はい、もちろん、お手伝いいたします。それに教えていただきたいこともありますし、旦那様はいつお帰りになるかわからないのですよね。いつも昼餉や夕餉の準備をしてお待ちになっているのですか?」


「いいえ、そのようなことはございません。旦那様のお帰りは伝令が知らせてくるので。奥様、どうか、お部屋でお楽なさってくださいませ。昨日祝言を上げたばかりでお疲れでしょうに」


 八重にそう言われては仕方がない。


 小夜ががっかりしていると「お疲れではないときに、朝餉の時だけよろしくお願いいたします」と八重が慰めるように言葉をかけてくれた。


 部屋に戻り小夜が意気消沈していると、八重が盆の上に、茶と落雁を持ってやってきた。


 使用人からそんなことをされたのは初めてなので驚いた。

「ありがとうございます」


 小夜がうわずった声で礼を言うと、八重は困ったような顔をする。


「奥様はどうしても家事をやりたいのですか?」

「はい、お邪魔でなかったら」


「とんでもございません。奥様が邪魔だなんて。今、家令と話してまいります。少しお待ちくださいませ」


 小夜は待つ間、小さな落雁を一つ口に入れた。ほろほろと口の中で溶けていき、優しい甘さが口の中に広がった。


 


 ほどなくして家令の石本がやって来た。

 石本のことはすでに紹介されていた。なんともいえない威厳があり、少し怖い感じがする。

 純和風の家屋にそぐわない洋装姿で眼鏡をかけているのが特徴的だ。


 しかし彼は襖を開けた先の廊下にいて、小夜の部屋に一歩たりとも入ってこない。なんでも「奥様の部屋」に男性の使用人が入るのはもってのほかだとか……。


 小夜はそれがこの家のしきたりなのかと思った。

 こうやって手探りでひとつずつ覚えていくしかない。


「奥様は家事をしたいと八重から聞きました。それでしたら、まずはこの家をご案内しましょう。霧生家は退魔師というお家柄、立ち入り禁止の区域などございます。それも合わせてお知らせできたらと存じます」


「それはぜひ」

 確かに、知らずに入ってはいけない場所に行ってしまうのは怖い。


 板張りの廊下は綺麗で、屋敷の中は掃除が行き届いている。確かにこの家に小夜が家事を手伝う隙はなさそうだ。


 廊下を行きかう使用人は多そうには見えないのに、綺麗に屋敷を磨き上げている。


 実家でも杉本家でも家事をすることだけが小夜の存在意義だった。それなのに、ここでは何もすることがない。


 (一日何もせず、どのように過ごしたらいいのかしら)


 屋敷の案内が終わると、次は広い庭に出た。


「奥様、ここでしたら、多少の掃き掃除をしていただいても大丈夫です。今、庭師を呼んできます」


 そこで庭師の大山という胡麻塩頭のガタイの良い中年男性を紹介された。小夜は丁寧に挨拶をする。


 すると「奥様、石本、大山とお呼びください。さん付けはなしで」とはっきり断られてしまった。


 小夜はこの時になって初めて、自分の生活環境が百八十度変わってしまったことに気が付いた。


 ここでは本当に小夜を「奥様」として扱ってくれている。

 今まで虐げられることが普通だった小夜にはどうしていいのかわからない。



 三日後の夕刻に、惟明は帰って来た。


 小夜が部屋でぼうっとしていると、惟明(これあき)が一緒に夕餉をとりたいと言っていると使用人から知らせを受けた。

 

 当主の惟明が帰ってきたことに気づかずにいた自分が恥ずかしい。

 小夜は慌てて立ち上がると身繕いを始めた。

 

 配膳の手伝いをしようとすると、使用人たちから止められて小夜はとぼとぼと惟明の部屋へと手ぶらで向かった。



 上げ膳据え膳で至れり尽くせりの霧生の家が、居心地が良いかといえば答えに詰まる。


 小夜は今までこのように大切にされたことがないから、なんとなく落ち着かないし、申し訳ない気分になる。


 今まで実家でも婚家でも働きづめだった小夜は空いた時間に何をすればよいのかわからないのだ。

 朝餉の準備をする八重を手伝って料理を少しずつ覚え、庭の掃き掃除をする。それが終わるとやることがない。


 三食おいしい食事が食べられるのはとても幸運なことだが、働かない人間が食べていいのかと妙な罪悪感を抱いてしまう。


 惟明の部屋へ行くと、和装に着替えた彼が座っていた。軍服姿も和装姿もきりりとしていて美しい。この結婚は釣り合わないことばかり。


「旦那様、お帰りなさいませ」


 玄関で惟明を迎えられなくて残念だ。三つ指をついて挨拶をする。


「床は冷たかろう。さっさと部屋に入れ」

「はい」


 下座に座ると、使用人が小夜のためにふかふかの座布団を運んできた。


 そんなことをされたのは初めてで、小夜は恐縮しながら座る。


「どうだ。家には慣れたか?」


「いろいろとよくしていただき、ありがとうございます」


 小夜が頭を下げ、着物やそのほか道具、屋敷で大切にされていることなどつらつらと礼を述べていると「もういい。当然のことだ」と呆れたように惟明に遮られた。


 それを合図に、部屋に膳が運ばれてきた。


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