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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第六章 あずさゆみ
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39話 家神

 正月が終わり、立春が近づいてきていた。


 小夜は寒い日もポカポカと日の当たる縁側をご機嫌で掃除していた。


 なぜなら、惟明が休みを取れそうだと言っていたからだ。


 また遊び連れて行ってくれると約束したので、小夜は楽しみでたまらない。


 掃除をしながら顔がにやけてしまう。


 床を雑巾で拭いていると、目の前にスズメが落ちていた。

「家の中にスズメ? ええっと、これは……」

 恐らくスズメは家神の使いなのだろう。


 小さくかわいらしいスズメを放っておくわけにもいかず。小夜は近付いて触れた。

 温かくて柔らかい。

 スズメを救い上げて、目を上げると廊下が際限なく続いていて玄関は消えていた。

「確か、二月の襖だったかしら?」

 小夜が呟くと、スズメはぱたぱたと飛び立っていく。

 なんとも心もとない。

 するとにゃあと猫の泣き声が聞こえてきた。

「タマ!」

 小夜の足元にタマが身を摺り寄せてくるが、この間のように元の世界には戻らないようだ。


 しかしそれでも小夜に不安はない。惟明に前もって聞いていたからだ。

「家神様にお招きに預かったということよね?」

 いつもと変わらない霧生家の屋敷のようで、更に広くなった屋敷の探索を小夜は始める。

 長い廊下を、タマを腕に抱いたままで歩く。

「このまま歩いていてもしょうがないわよね。どこかで襖を開けてみましょう」

 小夜は手近にある襖を「失礼します」といって恐る恐る開けるとだだっ広い畳敷きの部屋だった。


「二月の襖はどこでしょう?」

 こうなったら、片っ端からから開けていくしかないと決意した小夜は、「失礼します」と声をかけながらもパタンパタンと襖をあけ続けた。


「いったいいくつお部屋があるの?」

 いい加減つかれてきた頃、タマが小夜から離れて走り出す。


「タマ! 待って」

 慌ててタマを追いかけると、ある一つの襖の前でぴたりととまり、にゃあと鳴く。

「ここなの?」

 タマはにゃんと返事をした。

 小夜がごくりと唾を飲み込んで、「失礼します」と言って、ゆっくり襖を開けると、眩しい日差しが入ってきた。


 室内に太陽の光? と思ったのも束の間、小夜は部屋の光景に呆然とする。

「中庭?」

 ふすまの先には中庭広がり、蠟梅、モクレン、桜、藤棚、金木犀に牡丹の乱れ咲きに目を奪われた。

 タマは襖の先にある濡れ縁にちょこんと腰かけにゃあと鳴く。

 その隣には熱燗にお茶、海苔のついた焼き団子にぼた餅が用意されている。

 小夜は花見に招かれたのだと合点がいった。

 本当に歓迎されているのだ。

 小夜は濡れ縁にゆっくりと腰掛けた。沓脱に石のうえにはしっかり草履も用意してある。庭を見て回れということなのだろう。


 様々な花が咲き乱れるにはスズメ、セキレイ、鶯、燕などかわいい小鳥もいっぱいいた。小夜は珍しげに庭を見て回る。

 桜や藤の花は華やかで綺麗だけれど、小夜は地面にひっそりと咲くオオイヌノフグリを見つけて心を癒された。


 ひとしきり広い中庭を見て回った後、濡れ縁に戻り美しい花々を眺めながらお茶を一服飲んで、団子を食べる。


 せっかく招かれたのだから、出されたものはすべて食べるが礼儀。


 そうはいっても小夜はなかなか酒に手を付けられない。小夜が飲むのはお屠蘇くらいで普段から酒を口にしないのだ。


 タマは熱燗の横で目をきらきらと光らせて小夜を見上げる、まるで飲めと誘っているように。


 きっとこれは神様からのお酒だ。いただかないわけにはいかない。


 小夜はとっくりから熱燗をお猪口に注ぐと手に持った。


「ではいただきます」


 一気にあおると、じわりと体に染みる。とても飲みやすいお酒で驚いた。


「美味しい……」


 小夜にしては珍しく、とっくり一本一合ぶんを飲み干した。


 ふわりふわりとした酩酊感に、自分が酔っているのだと気が付く。

 眠くなってきて瞼が閉じそうになったその時にタマがぴょんと庭に飛び降りる。


 声をかけようとしたが、フワフワとして体が思うように動かない。


 ふと空を見上げるといつの間にか空には満月が浮かんでいて、広い中庭の灯篭には火がともされて夜桜が浮かび上がる。


 どこからか、おはやしが聞こえてきて、タマの体がぶわっと大きくなった。


 それこそ馬ほどの大きさの猫又だ。


 きっと酔っていなければ、小夜は腰を抜かしているだろう。


 でもいまなぜか楽しい気分で、猫又の本性を現したタマが楽しそうに踊る姿を、愉快な気分で眺めていた。


 ほどよい酔いの心地よさから、だんだん小夜の瞼は重くなる。



「奥様、このような場所で眠ってしまっては風邪をひきますよ」

 八重に体をゆすられて小夜は目を覚ます。

「あら? 私は……」

 小夜は廊下で眠っていった。

 そばには石本もいて、隣りではタマがいてにゃあにゃあと鳴いている。

「すみません! 居眠りをしていたのですね」

 小夜が慌てて飛び起きると、八重は優しく頭を振る。


「違いますよ。奥様は家神様に招かれたんです。お帰りなさいませ、奥様」

 石本が微笑んだ。


「あの綺麗なお庭がそうだったんですね。素敵なものを見せていただきました」



 小夜はその晩、仕事から帰って来た惟明に家神に招かれたことを報告すると彼は思いのほか喜んだ。


 夕餉には八重の炊いた赤飯がでた。

 霧生家では嫁が家神に招かれることはおめでたいことらしい。

「小夜。家神に招待されたということはお前の神通力は増している。きっと生半可な呪詛に負けたりしないから大丈夫だ」

 公江の事件をさしているのだろう。

「はい、気持ちを強く持って負けたりしません」


 小夜は力強く宣言すると「いただきます」といって箸をとった。


 ふっくらともちもちにたけた赤飯はそのままでもゴマ塩をかけても美味しい。

 添えられた卵焼きに沢庵、ふろふき大根も赤飯と合っていて絶品だ。


 惟明はそれでは足りなくて豚の角煮をたらふく食べていた。


 小夜も角煮を少しいただいたが、肉に味がしみ込んで口に入れると舌の上でとろけるようだった。


 

 ◇


 翌日は朝食をすませると、惟明と上野へと向かった。


 最近惟明は自動車を買ったのだ。小夜は助手席に乗っている。


「小夜は千鶴と時々銀座のカフェであっているそうだな。上野を散策した後に行こう」


「はい、ぜひ! アイスクリームだけではなく、紅茶やケーキもとても美味しいんです」


 小夜はうきうきとして答えた。

 今日は絶対に楽しい一日になる。




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