38話 森川家(小夜の実家)の年の瀬
神社の年越しは大忙しだ。
(小夜がいれば楽なのに)
そんな思いもあり朝子はいらいらしていた。
苛立っているのは朝子だけではなく、父も母も同じだ。
「困ったものだな。氏子が減っている」
「こんな辺鄙な場所にある神社だからじゃないですか? せめて小夜の住んでいる一等地にでもあれば違うのに」
朝子が言うと父母とも苦い顔をする。
「朝子、間違っても霧生家にはかかわるなよ」
父が厳しい口調で言う。そのことにも朝子は納得がいっていなかった。
それは母も同じ不満そうに口を開く。
「まったく、いい家に嫁がせてやったのに、実家に顔を出しもしないなんて恩知らずな娘ね」
「仕方がないだろう。それが条件で霧生家に金を融通してもらったんだ」
「お父様、それどういうこと? 私、初めて聞いたのだけれど?」
仏頂面で父が答える。
「神社の経営がうまくいっていない。お前も気づいているだろ」
途端に朝子は不機嫌になる。
「ああ、小夜の巫女神楽がなくなってから、この神社が傾いているっていうんでしょ?」
小夜の巫女神楽は地域では評判で、氏子がこぞってやって来た。
それに嫉妬した朝子が、一度代わりにやってみたが、冬の巫女装束は寒いばかりで、評判は悪く散々な思いをした。
そのうえ最近ではお守りもご利益がないと言われている。そのお守りも小夜がここにいた頃に作っていたものだ。
「それだけじゃない。今日も巳之吉に鎮守の森の鬼門を見に行ってもらっている。朝子も行ってくれ」
巳之吉とは朝子の夫で森川家の入婿だ。
「ええ? なんで私が?」
「仕方が無かろう。どういうわけだか、丑の刻参りが流行っているのだから」
「警察も陰陽寮も取り締まってはくれないのですか? そうだ。小夜の夫が退魔師なんだから、来てもらえばいいじゃない」
父がうんざりしたような顔をする。
「だから、関わるな。金の融資はうちと縁を切りたいからだそうだ」
「何ですって! そんなの反故にすればいいじゃない」
朝子は怒りのあまり立ち上がる。
「馬鹿か、お前は!」
朝子は初めて父に怒鳴られ、馬鹿と罵られてびっくりした。
「旦那様、ちょっと落ち着いてくださいな」
母がとりなすが、へそ曲げた朝子は席を立つ。
そのまま台所へ行って、森川家で雇っているまだ十六、七の飯炊き女に当たり散らした。
ほんの少し溜飲を下げ、朝子は仕方なく、呪いの藁人形を撤去する作業に向かう。
「まったく呪いだなんて馬鹿みたい」
朝子は今までその手の類のものに興味がなかった。
だが、あまりにもむしゃくしゃするので小夜を呪ってやろうかふと思う。
だが、白装束にごとくをかぶり蝋燭を付けるなど格好悪くてたまらない。
よくそのようなみっともない真似が出るものだと呆れてしまう。
それに霧生家に嫁いで小夜が幸せになっているのかというと甚だ疑問である。
杉本家に嫁いだときは時々家の手伝いに連れ戻していたので小夜の状態はわかっていたが、霧生家に嫁に行ってから戻ってこないのでどのような状況かわからない。
「小夜のことだから、きっと不幸よね」
小夜が幸せになっている姿など想像もつかなかった。
朝子が鬼門にあたる雑木林に着くと、巳之吉がもくもくと打ち付けられた藁人形を取り外す作業をしていた。
夫ではあるが、真面目が取り柄の見た目も能力も平凡で、面白みのない男だ。
小夜がいなくなってから、朝子は幸せというものを感じなくなっていた。
女学校へ通っていたころは夢も希望もあったし、嫌いな科目の宿題は小夜にすべて押し付けてきたので、ただ楽しい日々を送っていた。
それが結婚してからは、代わり映えのない毎日で飽き飽きしてくる。
「朝子、手伝いに来てくれたのか?」
朝子が近づいてきたことに気づいた巳之吉が驚いたように言う。
「お父様に言われてね。でも触れたら穢れそうでいやだわ」
「そうか」
巳之吉が困ったように眉尻を下げる。
朝子は巳之吉が集めた藁人形を見た。
「ねえ、五寸釘じゃなくて、この針が刺してあるのはなに?」
「朝子は針の呪いを知らないのか?」
「呪い? 針供養はするけど聞いたことないわね」
「折れている針は毒なんだよ。それを藁人形にさすんだ」
「はあ、さっぱりわからない。あきれるわね。こんなことして何が楽しいのかしら。陰気臭い」
そういって朝子は針をつまみ上げる。
針はくの字に曲がり先端が欠けていた。
「おい、朝子。危ないぞ」
心配そうに言う巳之吉を見て朝子は笑った。
「あはは、折れた針が毒になるわけない。あなたはそんなことを信じているの?」
「朝子は神社の娘なのに信じていないのか? しっかり供養してお焚き上げしなければならない」
「そうね。神社にとっては迷惑な話」
朝子はその時、いたずら心がわいた。
いや、魔がさしたというのだろう。
これが毒だと言うのならば、いつか試してみるのもいいかもしれない。朝子は折れた針をそっと着物のたもとにしまった。
そんな朝子の様子に気づかない巳之吉は作業にいそしんでいる。
(愚直で面白みのない人ね)
結局、朝子は巳之吉の作業を見ているだけで、手伝おうとはしなかった。