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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第六章 あずさゆみ
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37話 年の瀬・年明け

 公江の事件から月日はたち、年の瀬が迫る頃、小夜は自分なりに大掃除をしていた。


 あくまでも自分なりにだ。


 石本の式たちが綺麗にしてくれるので、小夜は決められた庭の範囲と玄関を綺麗に掃き清めていた。


 最近ではお気に入りの縁側あたりも掃除している。


 冬でもここは温かく、雨の日さえガラスの窓越しに風情のある景色が楽しめる。


 小夜は池に流れる水音と鹿威しの音が好きだ。

 聞いているだけで心が落ち着いてくる。


 思えば、実家にも杉本家にもこれほど素敵でのんびりできる庭もなかった。

 縁側でのんびりと誰かと過ごした記憶すらない。

 小夜は、この家に嫁いできて本当によかったとしみじみと幸せをかみしめる。


 とはいえ、年の瀬の寒さがしみる庭で、小夜が掃除をしていると、タマの気の抜けたようなみゃあという鳴き声が聞こえてきた。

「タマ、どうしたの?」

 庭の奥をひょいと覗くと、タマの前に一羽のスズメが落ちていた。

「え! まさかタマ……」

(スズメを仕留めたの?)


 小夜は一瞬顔色をなくしタマのそばに駆け寄ったが、ただスズメが落ちているよと知らせてくれているだけだった。


「タマ、ごめんなさい。スズメのこと知らせてくれたのね。ありがとう。でもどうしてこんなところに」


 小夜がスズメに触れるとぬくもりがあり、命があることがわかる。

 思わず手で救い上げた。


「どこか、怪我しているのかしら」


 そういって小夜がスズメをひと撫ですると、スズメはチュンと鳴いて、小夜の手から羽ばたいていった。


(なんで地面に落ちていたの?)


 小夜が不思議に思っているとタマが身を摺り寄せてきた。

「どうしたの、タマ」

 小さくやわらかな小猫をひょいと抱き上げて、顔をあげる。

 するとそこは見たこともない庭が広がっていた。

「え?」

 小夜は呆然とする。

 先ほどまで吹いた冷たい風はなく、温かく心地よい。


 そして何より驚かされたのは、咲いている花である。

 

 つつじに、蠟梅、桜に藤、金木犀が美しく咲き誇っていた。


「ええ? どうして? 今は二月なのに! それにここはどこ?」

 小夜は混乱し、美しい花をめでる余裕すらない。小夜は、さっきまで家のいつもの庭にいたはずだ。


 だが、そこで冷静に戻る。


 家にいるということは、間違ってはいない。

 つまり安全だということだ。


 その時にゃあとタマの鳴き声が後ろからした。

 小夜は自分の腕の中を見る。


 今まで腕の中にいたはずのタマがいなくなっている。


 慌てて、タマの鳴き声の方へ向かうと、いきなり冬の乾燥した風にさらされた。


 そこは針葉樹以外のすべての草木が葉を落としているいつもの庭だった。


 小夜はじっとタマを見て抱き上げる。


「今のはなんだったのかしら? 白昼夢とか?」

 小夜は目を軽くこする。やはりいつもの庭だ。

 

 安心感を覚えると言うより、狐につままれた気がする。

 屋敷内でこのような現象に見舞われたのは初めてだ。


「私、疲れているのかしら?」

 全くそんなことはなく小夜は絶好調なのだが、少し休むことにした。


 タマを地面におろし、箒を片付けようとして、小夜は異変に気付く。

「あら? 箒がきえた……」

 しばらく北風の吹く庭に小夜は立ち尽くした。




 翌日の朝餉の時間、小夜はレンコンのきんぴらに舌鼓を打ちながら、惟明に昨日の箒をなくした件を話した。


 惟明は難しい顔をして大根とお揚げの入った味噌汁を飲んでいた。


 口を開かない惟明を前に小夜は不安になる。


(私、とんでもない嘘つきに思われていないかしら。箒をなくした言い訳みたいな……)


「あ、あの、私がぼうっとしていただけなのかもしれないので、今日も一度庭帚を探してみます」


 しかし、惟明は首を振る。


「小夜、お前を疑うわけがないだろう。ただ、なんというかお前は家神に好かれたようだ」

「え?」


「普通は夫婦になってから招かれる場合が多いのだが、どうも小夜は順序が逆のようだ。よほど気に入られたのだろう」

 戸惑ったような表情で言う惟明を前にして、小夜は大きく目を見開いた。


「旦那様、私たちは夫婦ではないのですか?」

「いや、……夫婦だ」


 そう言ったきり、惟明は口を引き結んだ。

 ほんのりと頬を染めているようにも見える。


 怒っているのか、照れているのか、小夜に区別がつかない。


「小夜、そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だ。家神に招かれたら、応じるといい。酒ぐらい出してくれるだろう」

 小夜には惟明の言っていることがさっぱり理解できない。


「つまり家神に気に入られれば、この家でお前が入ってはいけない場はなくなるということだ」


 確かに最初にこの家にいた時に立ち入り禁止の場所を説明された。小夜は今までずっとそれを守ってきたつもりだ。

「あの狂い咲きの庭は?」

 実はちょっと怖かった。


「歓迎の意だろう」

「あの時タマに呼ばれて戻れました。戻れないということはあるのでしょうか?」

 小夜はこわごわと聞く。


「この家にはお前に害をなすものはないから大丈夫だ。どうも小夜は人ならぬものに好かれるな」

 小夜は神隠しに遭ったことを思い出し、ぶるりと震えた。

「あの、家神様に招かれたとして、帰りたくなったらどのようにして帰ればよいのでしょう?」


「俺は子供の時分に、家神に招かれた。父から話を聞いていなくてな。迷子になった末。襖を開けたら戻れた」

「襖ですか?」


「二月の襖という。その襖から帰れる。いつの間にか戻っているときもあったな」

 小夜はその二月の襖がどこにあるのか知りたかったが、惟明は勘で見つけろと言う。


「たいして心配するものでもない。歓迎されているのだから、楽しんでくるといい。きっと家神にとって小夜の神通力は心地の良いものだろう。それに小夜は毎日この家を掃き清めてくれている。もし食べ物が出たのなら、残さず食べるといい」

「はい……」


 惟明の話しに多少不安はのこったものの、年の瀬の忙しさに紛れてしまった。


 八重と一緒におせちの準備をして、年が明けたらおせちを食べて、御年始に初詣と大忙しだ。


 清子や忠正も交えて賑やかで明るい正月を過ごす。


 しかし、正月とはいっても妖魔は休んでくれないので、惟明は仕事に出かけていく。


 そんな時でも八重がいてくれて、時おり清子も美味しいお菓子を持って遊びにやってくる。

 小夜は皆で楽しく過ごしていた。


 千鶴にも誘われて、二人で神社へいった。

 その帰りに掛茶屋により甘酒を楽しんだ。寒さの中、ほっとする柔らかい味わいで、しょうがの香りが体を温める。


 千鶴は義之が真面目に働き始めたせいか、縁談が増えてきて、やっと身を固めてくれそうだと喜んでいた。


(きっと今年は素敵な年になる)


 小夜の胸はそんな期待に膨らんだ。


だいぶ投稿遅くなりました!

読んでくださると嬉しいです。

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