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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第五章 なまなり
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35話 呪詛

 その後、惟明は走りまわり近くの神社の鬼門をしらみつぶしに探した。



 丑の刻参りの跡は一つだけではなく、いくつもある。禁忌だというのに人の世の恨みは尽きない。

 これだけ多くの者がどこかで誰かを恨んでいるのだ。


 呪詛は時間との勝負である。

 今夜中の決着を付けねば、小夜の体力が持たないかもしれない。


 小夜の髪や爪を入手しているからこそ、あれほどの強い呪詛がかけられる。

 惟明は逸る気持ちを押さえ、公江が犯人だと仮定して慎重に痕跡を探す。 


 とうとう異様な気配がただよう場を見つけた。


 千鶴の言っていたように霧生家の者は鬼になりやすい。つまり妖魔に近い気配を漂わせるものが公江のものだ。そこだけ異様に空気がじめつき冷たく感じる。


 すでに、あたりは闇に包まれていた。



 ◇


 惟明は家に帰ると、夜が更けるまで小夜の枕元にいた。

 小夜のそばには、タマがちょこんと丸くなっている。


 小夜が呪詛にかかってからというもの、この猫又は何も食べなくなっていた。そして小夜を守るように彼女のそばを離れない。


 その時、何の前触れもなく、タマが毛を逆立てて低く唸った。

 同時に小夜もうめき苦しみ始める。

 その様子は見るに堪えない。惟明は小夜がかわいそうでたまらなかった。

 ずっと、そばについてやりたい気持ちが惟明の中に募る。


 だが、呪詛を破るのが先決だ。


 惟明は、石本と八重に後を託すと、刀を持って立ち上がる。


 ひとり玄関に向かうと、タマも後からついてきていた。

「お前も小夜を守りたいのか?」


 タマは「シャーッ」と鳴き声を上げ、金色の瞳を輝かせ、日頃は隠している牙をのぞかせた。

 この猫又は人よりずっと勘が鋭い、間違いなく公江を見つけるだろう。

 惟明はタマを連れて行くことにした。


 霧生家の屋敷の門を出た途端、タマの体が狼ほどの大きさに変化(へんげ)し、爪が長く伸びる。


 屋敷に張られていた結界の外に出て、猫又の本性を現したのだ。


 小夜がタマのこの姿を見たら、きっと腰を抜かすだろう。 


 惟明が神社に向けて疾走すると、猫又が音もなく伴走してくる。


 ほどなくして神社についた。


 社の鎮守の森に入ると、探すまでもなくしわがれた老婆のような声で小夜の名を叫ぶ声が聞こえた。


「くそっ!」

 惟明は悪態をつく。


 雑木林の向こうにちらちらと蝋燭の炎が見える。


 気づかれないように慎重にそばに近付く。

 ごとくをかぶった白装束の女が髪を振り乱し、小夜の名を呼び続け、カツーンと音を響かせて藁人形を打ち付けていた。

 その姿はあまりにもあさましい。


「そこまでだ! 公江」

 惟明が叫んだ瞬間、女の苦しげなうめき声が響いた。

 丑の刻参りがみつかり、正体があばかれ苦しんでいるのだ。


「アタリか。やはり公江だな」

 ここからが正念場だ。

 惟明はすらりと刀を抜いた。


 公江が惟明を殺せば、彼女の呪詛は成功する。

 だが、惟明を殺せなければ公江の呪詛は失敗に終わり、呪詛返しに合う。

 

 現場を押さえられ、名を暴かれた公江は苦しそうなうめき声をあげている。

 

 振り返った女に公江の面影はあるものの、額に小さな角が二本生え、口からは牙が伸びていた。


 すでに、なまなりになっている。

 本物の鬼になる直前だ。


 なまなりと惟明が対峙した瞬間、惟明の前に突然白い影が飛び出した。


 猫又が、素早く公江に飛びかかり、腕に爪を立てたのだ。

「ぐうっ」


 なまなりは一瞬うめいたものの、人間離れした力と勢いで猫又を振り払う。

 タマは近くの大木にしたたかに打ち付けられた。

 猫又はしぶといあやかしなので、その程度で死ぬことはない。

 猫又が起き上がる姿を確認して、惟明は白刃を構える。


 鏡のように光る刃に公江の変わり果てた姿が映しだされ、なまなりは奇声を上げる。


「公江、俺が誰だかわかるか?」


 本当はここで切り捨てたいほど惟明は腹を立てていた。

 

 だが、退魔の手順に従って声をかける。


「ぐっ……ぐぅ、これ……あき」

「ふん、まだ人であったか。残念だが、お前を切り捨てることは諦めよう」

 公江は人とは思えない脚力で跳躍すると惟明に飛びかかってきた。


 丑の刻参りを見られた公江は呪詛返しを受けたくなくて必死だ。

 

 公江は恨みを成就するために、現場を押さえた惟明を殺すしかない。


 まだ、彼女には理性が残っている。


(いや、醜い保身か)


 勝負は一瞬でついた。


 惟明が刀の峰で公江をしたたかに打ち据え、地面にたたき落したのだ。


 ぐきりと骨が折れる音がして、公江は地面にめり込んだ。

 常人ならばそれだけで絶命するだろう。

 

 だが、なまなりとなった公江はうめき声をあげて、醜く蠢いている。


 惟明は印を結び、呪を唱えて、公江を縛る。


「公江、なぜ小夜に呪詛をとばした」

「ぐううっ」

 獣のような低いうなりをあげて公江は惟明を下からねめつける。


 その瞳は赤く染まり、もう人には戻れない。


 そして呪詛返しを受けたことにより、完全な鬼になることもない。

 やがて弱っていくだろう。 


 惟明が伝令の式を放つと、ほどなくして夜番で待機していた一番隊がやって来た。


 行平の姿もある。


「うわっ、隊長。これ、なまなりじゃないですか? 休んだと思ったら、いきなり手柄ですか? というか俺、なまなりって初めて見ましたよ」


 行平はそう言いながら、気味悪そうに公江だったものを見る。


「連行してくれ、俺はいったん帰って詰め所へ行く」


「ええっと、隊長! このなまなりの身元はわかっているんですよね?」

 惟明は行平の言葉に嘆息する。


「名は公江。少し前までは霧生家の末端にいた者だが、一族から追放処分となった」

 行平が惟明を同情の目で見る。


「あの……今日隊長が突然休んだのって、もしかして奥さんがらみのことですか?」


 彼は敏子と公江が起こした事件のことを知っていた。

 何が起きたか察したのだろう。


「そうだ。俺は小夜の無事を確認し次第、詰め所に向かう」

「隊長、明日でも大丈夫です。このなまなりはまかせてください。どうぞ、ごゆっくり」


「では、その言葉に甘えさせてもらう」


 惟明はすっかり小猫に戻り、猫をかぶっているタマを拾い上げると懐にしまい、家路を急いだ。


 一刻も早く小夜の無事を確認したい。


 それにタマの活躍を知らせてやりたい。

 

 せめて小夜の慰めになればと惟明は思った。




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