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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第五章 なまなり
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34話 糸口

 惟明は焦りを感じていた。


 小夜は日に日にやつれ、食事も喉を通らなくなってきた。


 もともと小夜は外出しないたちで、交友範囲と呼べるようなものはほとんどない。


 せいぜいが千鶴と茶を飲むくらいだ。


 だから、どこで呪詛をかけられたのかもわからない。

(いったい誰が小夜を恨むと言うのだ)

 惟明にしても見当がつかない。


 じりじりとしながら、憔悴して布団に横になっている小夜を見ていると石本が来客を知らせてきた。


 聞けば千鶴だと言う。小夜に会いに来たということだ。


 こんな時にとは思ったが、聡い千鶴のことだから何かを察して来たのかもしれない。


 一縷の望みをかけて、惟明は応接間に向かう。

 


 応接間に入って来た惟明を見て、千鶴はわずかに目を見張った。

「小夜さんに何かあったのですか?」

「千鶴、今日は何か小夜に用事があって来たのか?」

「兄さまから惟明さんが突然休暇をとってたと聞いて、小夜さんに何かあったのかと思い来てみました」


 千鶴の返事に惟明は肩を落とす。彼女は何も情報は持っていないようだ。


「小夜を心配してきたのだな」

「はい、惟明さんが病気になるとも思えないので」

 千鶴は小夜を気に入っているようだが、本家の人間である以上、いきなり真実を告げる気にはなれない。


「原因不明の病にかかっている」

 

 それを聞いた千鶴が息をのんだ。

「千鶴、何か心当たりがあるのか?」

 惟明に問われ、千鶴は視線をさまよわせる。

 が、覚悟したように惟明の顔を上げた。


「お役に立つ情報かどうかはわかりませんが、公江が東京にいるようなんです」

「公江が? あの家は東京を追われただろう?」

 この情報は小夜とは関係ないのではと惟明は思った。

 それに小夜を恨んでいたのは敏子だ。

(ならば敏子が……) 


「そのはずですが、銀座のカフェで女給をしているようなんです。それもあまりよくない店で……。分家の者たちが数人、公江の姿を目撃しています」

「銀座だと? どのあたりだ」

 千鶴に詳しく場所を聞くと、小夜といった洋食店のほど近くだ。


 小夜はあの時視線を感じたと言っていた。

(公江だったのだろうか?)


「小夜さんに何があったか教えてくださる気はないのですね……」


 千鶴は悔しそうに唇をかむ。

 惟明が逡巡したのは一瞬だった。


「小夜が、呪詛にかけられている」

 惟明の言葉に千鶴が大きく目を見開いた。


「そんな! ひどい! 小夜さんに会わせてください!」

「千鶴、それはできない。小夜の部屋は結界で守られている。敏子がこちらに戻ってきているという情報はないか?」

「敏子は現在身重でございます」

 ということは敏子ではない。

 更に千鶴は続けて口を開く。


「惟明さん、呪詛をかけるとしたら、私は公江ではないかと思います」

「公江が? 彼女は敏子を手伝っただけだろう」

 惟明が訝し気に問う。


「敏子は性格も悪く、暴力的です。でも用意周到なタイプではありません。小夜さんが敏子に襲われた事件はそれほど単純なものではないでしょう? もしかしたら、公江が敏子に入れ知恵をしたのではないかと思います」


 千鶴の言うことにも一理ある。

 確かに敏子は意地が悪く、陰険であるが悪さが露見しやすいタイプだ。

 要するに暴力的でわがままで、そのくせ単純なのだ。


「敏子主導ではなく、公江が仕組んだということか?」

「むしろ公江が唆したのではと思います。公江はこの家に入ることで小夜さんに強い嫉妬心を抱いたのではないでしょうか? もちろん、これは私の勘で証拠はありません」


 千鶴の推測を聞いて、惟明の目が鋭く光る。


「千鶴、公江は神通力を持っていたか?」

「強い神通力があったら、とっくに良家に縁付いていたはずです。とはいえ、公江の家は没落しましたけれどね」


 千鶴の言葉には公江に対するとげがある。本家の長女だけあって千鶴は分家の女子をよく観察していたようだ。


「千鶴、有益な情報をありがとう。呪詛をかけたのは公江と考えると合点がいく」


「ただ一つ疑問があります。公江には神通力はありません。それに銀座のカフェで女給をしていたくらいだから、人を雇うお金もないでしょう。それでどうやって呪詛を?」

 千鶴が悩ましげな表情をするが、惟明には答えがでていた。


「一つだけ安易な方法があるではないか。禁忌であって代償は高くつくがな。公江はしばらくこの家にいた。小夜の髪の毛や爪を採取することもできたはず」

「まさか……そんな」

 日頃気丈な千鶴が体を震わせる。


「丑の刻参りだ。俺は周辺の神社を洗う」


「丑の刻参りなどしたら、公に罪に問われてしまう。それに霧生の血が流れる者ならば鬼になってしまうかもしれません!」

 千鶴が青い顔をする。

「公江がどうなろうか知ったことか。どのみち一族からは追放されている。鬼になっていれば斬るだけだ」 

 そう言って、惟明が立ち上がり踵を返す。


 千鶴は応接間を出ようとする惟明を呼び止める。


「待ってください。惟明さん、もしも犯人が公江ならば、小夜さんが苦しむ姿を近くで見たいと思うはずです。きっとこの屋敷のそばの神社で丑の刻参りをしているはずです」


 千鶴が心配でいてもたってもいられないという様子で立ち上がる。

「千鶴、少し落ち着け」

「あの、小夜さんのために私ができることは」

「ありがとう、千鶴。もう十分だ。呪詛は必ず祓う」

 千鶴の小夜を思う気持ちは伝わった。


 そして惟明は怒りに燃えていた。


(なにゆえ、小夜が恨まればならぬ? 小夜は公江にはたいそう尽くしてやったと聞いている)

 惟明は悔しさに歯噛みする。


 だが千鶴の訪問により、事件解決の糸口は見えた。


誤字脱字報告ありがとうございます。

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