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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第四章 神隠し
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30話 日常へ

 小夜はずぶ濡れで震えも止まることなく、ひどく憔悴して熱を出していたのですぐに医者に診てもらう。


 結果、小夜は一週間ほど入院することになった。


 ちなみに病院は、陰陽寮の付属の病院で惟明の職場は目と鼻の先だ。


 惟明は小夜を心配して朝までついてくれていた。


 朝食の粥が運ばれてくると、なぜか惟明がそれを受け取る。


 彼が熱い粥を冷まし、さじですくう。

「ほら、小夜。口をあけろ」

「え? 旦那様、小夜は一人でたべられます」

 小夜はベッドの上で目を白黒させた。


「いいから、こんな時に遠慮している場合ではないだろう」

 小夜は熱で顔が赤いのか、恥ずかしくて顔が赤いのかわからない。


(旦那様にご飯を食べさせてもらっていいのでしょうか?)

 小夜は口を開き、粥を口に含む。


 それから薄いみそ汁も惟明がさじですくって小夜の口に運んでくれた。


 味が薄いのか、味がわからないのかわからない。


「小夜、顔がすごく赤い。熱が上がったか? 俺が無理に食べさせたからか?」

 惟明が心配そうに小夜の顔を覗き込み、額に手を当てる。


 もうそれだけで小夜の心臓の鼓動も脈拍も早くなってしまう。


(どうしましょう。旦那様が優しくて、どきどきがとまらない)


「やはりまだ熱があるようだ」

 惟明は吸い口をとると、小夜の口に水を含ませた。

 喉が渇いていたのか、冷たい水が体に染みる。


「あ、ありがとうございます」

 惟明が眩しそうに目を細めて、小夜の髪に触れ頭を撫でる。


「こんな時くらい気を遣うな。小夜が無事で本当によかった」

 小夜が恥ずかしがって布団の中に潜り込むと、惟明に真剣に心配されてしまった。 


 その後も惟明は朝昼晩と一日三回小夜のもとに来てはかいがいしく食事の世話をしていった。


 仕事は大丈夫なのかと心配にもなったが、惟明は休憩時間のたびにきてくれているようだ。


 家にいる時よりも惟明に会える時間が増えて小夜は嬉しかった。


 また八重に石本、大山に忠正、清子が入れ替わり立ち代わりで、小夜の病室に訪れた。


 その他には千鶴と義之もやって来た。


 小夜は、入院生活は初めてだし、洋館の病棟のベッドにも慣れないし、こんなに賑やかなことも初めてだった。


 仕舞には、病人が疲れるから見舞いはほどほどに病院側から注意を受けたようだ。


 入院して五日後、小夜は病室で事件の聴取を受けることになった。


 これについて事前に惟明や忠正と打ち合わせをしていた。特に小夜が惟明と通信できたなどと言ったら、小夜の神通力がばれてしまう。


 覚えていないで通せと教えられたので、小夜はその通りにした。


 たいてい神隠しに遭遇して戻ってこられた人間は何があったのか覚えていない。そのため上手く切り抜けられて小夜はほっとした。


 いろいろと周りに迷惑をかけてしまったので、もう面倒ごとはこりごりだ。


 十日後、小夜は無事に退院した。


 ◇


 退院した翌朝、小夜が張り切って朝餉の支度に行くと台所には八重と清子がいた。


「小夜ちゃん、退院したばかりなんだから、少しは休みなさい」

 清子が小夜の姿に驚いたように言う。


 そこへなぜか惟明がやってきた。


「小夜、何をしているんだ」

「そうだよ。小夜さん、病後は大事にしなくちゃね」


 いつの間にか土間に忠正がいて、卵焼きをつまみ食いしている。


「ほほほ、まあまあ。なぜ、ご隠居様がお台所に?」

 八重が笑いながら注意する。


「本当になんでこの家の男どもは台所に入りたがるんだろうねえ」


 清子がそう言いながら、つまみ食いした忠正の手をはたき台所から追いだそうとする。


「ちょっと待て、清子。俺は手伝いにだな――」

「つまみ食いをする手伝いなんていりませんよ」

 言い訳をする忠正に清子がぴしゃりと言う。


「なんだよ。俺がそばを打つときは喜んで台所に入れるくせに」

 台所はあっという間に賑やかになった。


 惟明は、八重に追い出される前に、小夜を抱えて台所から連れ出した。


「だ、旦那様、小夜は一人で歩けます」


「だから、困るんだ。お前は休んでいろと言うのに、ちょこまかと動いて。ほら、また顔が赤いじゃないか」


「そ、それはあの……」

 惟明に抱きかかえられているからだ。


 結局、小夜は惟明に抱きかかえられたまま自室に戻されてしまった。


「今日は俺もこの部屋で朝餉を食べる。それでいいだろう」

「は、はい」


 その朝の朝餉は賑やかで、忠正と清子もまざり四人で食べた。

 朝餉が済むと惟明と忠正は一緒に出勤していった。

 いつもよりずっと賑やかだが、小夜は日常が戻ってきたことを実感した。



 その日のおやつの時間、小夜は清子と共に縁側で日向ぼっこをしていた。


 小夜が茶を入れている間、清子が梨を剥いてくれる。

 皿に盛られた梨を黒文字で刺し、一口食べた。


 シャリシャリと歯触りがよく、たっぷりと水気を含んだほのかな甘みが喉を滑り落ちていく。

「とっても美味しいです」

 梨に温かいお茶を飲みながら小夜がほうっと一息つく。


「小夜ちゃん、惟明と本家にいったんだって?」

「はい、私が無理を言ってついて行ったんです」


 だしぬけに聞かれて小夜がドキリとしていると、清子はいたずらっぽい笑みを浮かべている。



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