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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第一章 初婚ではありませんが、旧家に嫁ぎます
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3話 朝餉

「複雑な家庭に育ったのだな。だが、母親が失踪したのはお前のせいではないだろう」


 惟明は進んだ考え方の持ち主のようで小夜は驚いた。

 少なからずそのことで小夜は「あの女の娘」と実家でさげすまれてきた。しかし、誤解があってはならないので、先を続ける。


「実は母は出自がわからない者なのです。狐の妖ではと言われております」


 惟明が呆れたような顔をした。


「くだらん。もう下がっていいぞ。お前も朝餉をとるといい」


 退魔師の惟明が妖と聞いて、そんなふうに答えるとは思ってもみなかった。さげすまれるのではと不安を感じていた。


 小夜は「はい」と一度は惟明の言葉に頷いた。


 だが、小夜にはどうしても確かめなければならないことがあった。


 言うのは憚れるが、黙ってもいられない。


「あの、なぜ、私のような石女を娶って下さったのでしょう」


「本家の意向だ。分家は本家にさからえない」


 惟明はそう言って口を引き結ぶ。それ以上は話す気がないようだ。


 小夜は勇気を振り絞る。


「それは私との間に子を設けないということですよね」


 惟明は眉間にしわを寄せる。いつ怒り出すかと小夜はひやひやした。実際、父も前の夫もとても気が短く、すぐに怒鳴り手をあげた。


「だからどうだというのだ?」


 彼は柳眉を軽く寄せ、じっと小夜を見る。


「あの、少し長い話になりますが……」


「小夜。俺はこれからまた仕事に出なければならない。次の機会にしてくれ」


 ぴしゃりと話を打ち切られてしまった。


「は、はい」


「しばらくは夜勤が続いて忙しい。俺は当分夫婦の寝所の行くことはないから、お前は部屋で好きに過ごせ。使用人の手は足りている。お前が手伝わずともよい」


「はい、かしこまりました」


 しかし、小夜はこれには従うつもりはない。しっかり手伝う予定だ。もしかしたら、このさき離縁されても屋敷においてもらえるかもしれない。そんな思いもあった。  


「それから、お前はなぜそのような着物を着ている?」

「え?」


 惟明に言われて己の着物を見る。実家から持ってきたものだ。小夜はこの義母のお古の着物しか持っていない。


「箪笥に着物が入っていただろう?」

「人様の家のものですから、勝手に開けてはいません」

 小夜が慌てて首を振ると、惟明が呆れたような顔をする。


「では、今すぐお前の部屋の箪笥を開けて、好きな着物を選んで着替えろ。お前の部屋にあるものはすべてお前のものだ」

 小夜は惟明の言葉に目を見開いた。


「え……? あ、ありがとうございます」

 驚きと戸惑いに声を震わせて、頭を下げる。

 小夜が嫁入りに持ってきたのは母の形見の行李が一つ。


「お前はいちいち大げさだ。これでは使用人のようではないか。卑屈すぎる。それから、その着物に思い入れがないのならば捨てろ。この家にはいつ客人が来るかもわからん。身だしなみは整えてくれ。さあ、もう用はない。部屋から出ていけ」


 まるで犬を追い払うような言い方だが、別に怒ってはいないのだろう。


 終始淡々とした口調だった。


 小夜は慌てて箱膳をさげ、台所に運ぶ。惟明の部屋から台所は遠くて小夜は焦った。


 やっと台所に着くと八重に片づけは手伝うと言いおいて、足早に自室に向かう。


 着替えている時間はないので、実家から持ってきた行李を開け、そこから火打石を持ちだし、玄関に向かう。夫をお見送りしなくてはならない。


 惟明はすでに長靴を履いていた。


「旦那様」


 小夜は思わず声をかけた。惟明は小夜の手に握られている火打石を見て、片眉を上げる。


「ほう、切り火か」

「はい」


 小夜は上がり框からおり突っ掛けを掃くと、背伸びをして惟明の後ろの右肩に、カツンカツンと石を打つ。

 すると不思議そうな顔をして、小夜を振り向いた。


「お前は……」

「ご不快でしたか?」

 不安になって尋ねると、惟明は首を横に振る。


「いや、なんでもない」

 彼は何かを言いかけてやめた。


「小夜、俺の帰りは待たなくていい。では行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 玄関先に立ったまま惟明が門の向こうに消えるまで見送った。




 その後すぐに八重の元に向かうと、ほとんど洗い物は済んでいた。


「奥様、洗い物などしなくていいですよ。手が荒れてしまいます。それより朝餉がさめてしまいましたね」

「すみません」


 せっかく八重が小夜のために整えてくれたのに申し訳なく思う。


「奥様、使用人の私に謝らないでください」

 八重が困ったような顔をする。


 そんなやりとりの後、小夜は「いただきます」と手を合わせると、まず汁物をいただいた。冷めていても出汁がしっかりときいている。


「美味しい……。こんなに美味しいお味噌汁は初めて食べました。今度お出汁の取り方を教えてください」

「私が、奥様にお教えするのですか?」


 八重が驚いたように目を丸くする。


「とても美味しいです」


「でしたら、私のことは八重をお呼びください。でないと私が旦那様に叱られてしまいます」

 小夜は普段から使用人とは同僚のような付き合いをしてきた。実家でも杉本の家でも、女中のような扱いを受けてきたからだ。


 しかし、ここでは違う。


「わかりました。えっと、八重……これからもよろしくお願います」

 小夜の言葉に、八重は嬉しそうににっこりと笑った。



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