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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第四章 神隠し
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29話 つながる思い

「隊長!」

 惟明は行平の声に振り向いた。


「どうした。原因がわかったか?」

「惟明、道祖神だよ」

 行平の後ろから、義之がひょっこりと顔を出して言う。


「義之か。まさか道路の拡張工事で壊したとでもいうのではないだろうな?」

「そのまさかです。工事の途中で壊れたので、近くの小川に捨てたといっていました」

 行平は珍しく緊迫した表情で答える。それを聞いた惟明の表情が険しくなった。


「まったく何てことしてくれたんだ。おい、義之、気配をたどれるか?」

「え? 僕?」


「当たり前だろ。調査なのだから四番隊の仕事だ。早く道祖神を見つけて元に戻せ」


「わかった。僕も惟明や小夜さんには借りがあるからやってみる」


 惟明の指示でその後すぐ一番隊と四番隊の混合編成が組まれた。


 夜も深くなったころ、近くの小川から道祖神が引き上げられたが一部が欠けていた。その後も捜索は深夜まで続く。


 ◇


 小夜とシゲは縁台に腰をかけたまま夕日を眺め続けていた。

「早く夜にならないかな」


「シゲちゃんは夜が好きなの?」

 小夜の問いにシゲは首を傾げる。


「あのね。夜になると眠れるから。俺ずっと眠っていない。それにじっちゃんが迎えに来るから」

「じっちゃん?」


 シゲがハッとしたように顔を上げる。


「シゲちゃん、どうかしたの?」

「じっちゃんだ。もうすぐじっちゃんが来る」


 シゲの言う「じっちゃん」が何ものなのかわからないので、小夜は少なからず恐怖を感じたが、ぐっとこらえる。


 その時小夜の腕がちりっと熱くなった。


 小夜は不思議に思い袂を探る。

 すると石本が作った式の依り代が入っていた。


 しかし、一部が焦げていて不思議なことに熱を発している。


「お姉ちゃん、どうかした?」

 シゲが不審そうに小夜を見るので、小夜は慌てて依り代を袂に隠す。


「もしかして、お姉ちゃんも帰りたくなった?」

 小夜はシゲの黒目が小刻みに震えるのを見た。


(ああ、この子は悪霊になりかかっている)


 絶望しかけたその時、小夜の頭にとぎれとぎれの声が響いた。


 《小夜……聞こえ……、絶対に……助ける》


 惟明の声に小夜は思わず涙ぐむ。


「ねえ、お姉ちゃん。袂に何を隠しているの? とっても嫌な臭いがする。その臭い苦しいよ」

 シゲが苦しげにうったえてくる。


「お願い捨てて」


 恐らく惟明はこの依り代を通して小夜に接触してきたのだろう。


(これを捨ててしまったら、外との連絡は絶たれてしまう)


 シゲが縁台から降りて、小夜と距離をとる。


「お姉ちゃんも、俺を捨てるんだね」


 その黒い瞳はがくがくと震え、二つに裂け始めている。


 一刻の猶予もない。

 捨てるしかないのだろうかと小夜がそう思い始めた時――。


「シゲ坊」

 何の前触れもなく、しわがれた男性の声が聞こえてきた。


 少し離れた民家のそばから白いひげを生やした老人が、ニコニコと微笑んでシゲに向かって手を振っている。


「じっちゃんだ!」

 見る間にシゲの瞳は元に戻る。

 シゲは老人を目がけて駆け出した。


 《小夜……、奴らとは逆の方向に走れ!》


 惟明の力強い声が、再び聞こえてきた。


 小夜は思い切り駆け出す。考えるより先に体が動いた。


 《何が……あっても……振り向くな》


「お姉ちゃん! 俺と一緒にいてくれるんじゃなかったの?」 

 縋りつくようなシゲの声に振り返りそうになる。


「お姉ちゃんも、そうやって俺を捨てるんだ」

 親に捨てられた子供の悲痛な叫びに、胸が締め付けられる。


 だけれど、シゲは此岸のものではない。


「行っちゃ嫌だ! いい子にするから、お願い捨てないで!」


 小夜は追ってくる声を振り切るように必死に走る。


 《空間……斬る……裂けめ……飛び込め!⦆


 途切れ途切れの惟明の声が聞こえたその刹那、小夜の目の前に空間の裂け目が出現した。

 先には漆黒の闇が広がっていて、小夜は恐怖を覚える。


(この聞こえてくる声が、旦那様ではなく、別のものだとしたら?)


《小夜!》


 惟明の声に小夜は裂け目に飛び込んだ。


(最後に聞こえるのが、旦那様の声ならばどうでもいい)





「……小夜。小夜!」

 体をゆすぶられる。うっすらと目を開くと目の前に必死な惟明の顔があった。

 その向こうには夜空が広がっている。


(帰って来たの?)


 そう自覚した瞬間、小夜は水の冷たさに跳ね起きる。


「冷たい!」 

 惟明にぎゅっと抱きしめられた。

 途端に彼の体のぬくもりが伝わってくる。


「だ、旦那様、本物の旦那様ですよね?」

 こわごわと顔を上げるとすぐそばに惟明の顔があった。


「よかった。小夜、よく頑張った」

 頭を撫でられ、惟明に抱き上げられた。

 するとぽたぽたと水音がする。


 小夜は小川の中にいたのだ。水を含んだ着物が重く冷たい。


 岸の上ではかがり火がいくつも焚かれていて、岩のような石が置かれ、そこにしめ縄がつけられ、たくさんの者たちが祈祷していた。


 小夜と惟明のもとに、大勢の退魔部隊の隊員や巡査が集まり、小夜の無事を喜んでいる。



「道祖神……」

 小夜が岸を見て、震える声で小さく呟いた。


「ああ、どこかのバカ者がこの小川に投げ捨てたらしい」

 惟明が震える小夜を抱いたまま、岸の上に運ぶ。


「小夜ちゃん、無事でよかったよ」 

 岸に上がった途端、抱き着いて来たのは清子だった。


「お義母…さま」

 声が枯れてうまく出ない。

 それに寒くて歯の根が合わない。


「小夜さん、本当に無事でよかった」

 忠正までいる。

 小夜は安堵の涙を流した。


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