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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第三章 憑かれる
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25話 生霊

 義之は意外なことを言われてびっくりたように目を瞬き、千鶴は目をそらして悔しげに唇をかむ。


「千鶴様、あまり唇を強くかむと切れてしまいますよ」

 小夜の言葉に千鶴はきっと顔を上げた。


「ねえ、小夜さん、うちの兄をどう思います」

「私は、それほど義之様のことを知らないのでなんとも……」


 さすがに生霊を飛ばす人間は気迫が違う。

 圧倒されてしまいそうになるが、小夜は拙いながらもなんとか対話を試みようとする。


 惟明が斬ってしまえば解決だが、それでは千鶴が廃人になってしまうだろう。


 それほど強い恨みつらみの念を千鶴は義之に放っているのだ。

 これはもう神通力のあるなし云々は関係ない。ただ純粋な『恨み』である。


「正二郎さんが(やしろ)で働いて陰陽寮での仕事までこなしている間、兄様は遊郭で大枚をはたいて遊び惚けていたんです。正二郎さんばかりが働いて、兄様は極楽とんぼ。それなのに、嫡男だからって子供の頃からずっと大切にされている。その間私は家の仕事の手伝いばかりで。そんなこと許せるわけがない!」

 千鶴の恨みの念が膨れあがる。


 それなのに小夜は、千鶴の話を聞いていくうちに、悲しくなってきた。


 なんとなく小夜自身と重ね合わせしまう部分もある。


 小夜は実家でも杉本の家でも身を粉にして働いていた。遊びたい時期に遊べない。そのつらさはわかるつもりだ。


(可哀そうに……)


 気づくと小夜は千鶴の手に、自分の手を重ね合わせていた。


 千鶴は驚いたように手を引こうとしたが、小夜はきゅっと握りしめる。


「千鶴様、それはお辛かったでしょうね……」

 小夜が千鶴のそばによって彼女の手を両手で包み込むと、千鶴の目から涙がツーッとあふれた。


「あ、あなたに、何がわかるのと言うのよ!」

 千鶴が自身の涙に動揺して声を震わせる。


「大好きな旦那様と一緒にいられないのはつらいです。お外でのお仕事がいそがしいのなら、まだあきらめがつきますが、同じ家に住んでいても忙しく会えないなんて、とてもつらいです」

 千鶴は、きゅっと唇を結ぶ。


「出戻りで石女のあなたと一緒にしないで!」

「千鶴、小夜への侮辱は俺への侮辱だ。許さない」


 押し殺した声で、惟明が言う。

 千鶴はびくっとした。


「そんなつもりじゃ……」


「ならば、小夜に詫びろ」


「あ、あの旦那様……」

 小夜が惟明を止めようとすると、彼が首をふる。


「小夜。駄目だ。千鶴が詫びるまで、千鶴を助ける必要はない」

 ぴしりと惟明が言って、小夜の手を千鶴から引き離す。


 その瞬間千鶴は驚いたような顔をして、戸惑いながら自分の手をじっくりと見る。

やおら口を開いた。


「小夜さん、ごめんなさい。私、どうかしていた。同じ女なのになんてことを」

 気の強そうな千鶴に頭を下げられて、小夜はびっくりした。


 どうしていいのか、わからなくて小夜は惟明を見る。


 彼はまだ不満そうな顔をしているので、小夜はすかさず千鶴に声をかけた。


「あの千鶴様、私は大丈夫です」

 すると千鶴は顔を赤くして、気恥ずかしそうに口を開いた。


「それなら、もう一度私の手を握ってくださる? なんだかあなたに握られると、気持ちが軽くなるんです。今までずんと重くのしかかっていたものが、消えていくような気がして……楽になって、安心する」


「では失礼します」

 小夜は微笑んで、もう一度手を握る。


 その様子をみて、当事者であるはずの義之が他人事のように呟く。


「そうか……僕は、千鶴にすごく恨まれていたのか」

 義之の言葉に千鶴が再びくわっと目を見開いた。


「当たり前じゃない! 私も正二郎さんも本家の使用人じゃないわ! いい加減しなさいよ!」

 怒りのあまり肩で息をする千鶴の背中を小夜は優しくさすった。


「いや、だって……、名ばかりの跡目が中途半端に口をだすのもなあ」


「だったら、働けばいいじゃない! 正二郎さんは陰陽寮でも仕事をして、社でもこまごまとした仕事をしているのよ! 休む暇なんかないじゃない。それなのにお母様はやれ『ややこが生まれない』だのなんだのと勝手を言うし、お兄様は結婚もしないで遊んでばかり、そんな兄様にお母様もお父様もホイホイお金を渡して何なのよ! この家は財産家なのに、私たちには一銭たりとも入ってこないのよ。働いているのは正二郎さんと私なのに!」


「ち、千鶴……ごめんよ」

千鶴の怒りは堰をきったように止まらない。

小夜は千鶴の手を握りながら、ほんの少しずつ神通力を使って彼女の恨みをしずめていく。


 千鶴が怒りを吐き出すたびに彼女の凝り固まった恨みが解けていく。


「いくら末端の分家だからって、正二郎さんを馬鹿にし過ぎよ! 身を粉にして働いているのは正二郎さんなの! 跡目を譲るって何なのよ。そんなの誰も認めないし、その場しのぎの責任逃れじゃない! そのせいで誰が割を食っていると思っているのよ。子供の頃からずっとそう! お母様にそれが女のつとめだといわれて我慢してきた。いい加減にしなさいよ!」


「すまない。千鶴……」

 千鶴に怒鳴られ、義之はしゅんと肩を落とす。


 そこで惟明が口を開いた。


「分家のうちが口を出すのもなんだが、本家に迷惑をかけられるのは嫌だから言わせてもらう。義之、陰陽寮の退魔部隊で働け」

「え? 俺が退魔部隊?」


「そうだ。四番隊ならは、調査が主だから義之にぴったりだろう。俺からも推薦しておく。正二郎と入れ替われ。そうすれば正二郎は社での仕事だけで済む」

 義之と千鶴はあっけにとられ、あんぐりと口を開けている。


「千鶴もそれでいいな。本家からは一人、退魔部隊に入ればいいはずだ。幸い義之は式神や札を使うのが得意だから丁度よいだろう。それだけでも正二郎の負担が減る」

 そう言って惟明はチラリと小夜を見る。


 小夜が見た義之の首にはもう何ついていない。思いのたけを吐き出して、千鶴はすっきりしたのだろう。


 小夜は惟明に頷いて見せた。


「義之、もう首の痛みは取れたろ?」

「え、ああ、そう言えばって……」


 言った途端、義之ははっとしたように青い顔をして千鶴を見ると土下座した。


「千鶴! 今まで本当に済まなかった。僕、働いてみようかと思う」


「ちょっといきなり何ですか? それに働くのは当たり前のことです!」

 千鶴が頭を下げる義之に再び怒りをぶつける。しかし、千鶴の言うことがいちいちまっとうなことなのだからしょうがない。


「では小夜、帰るか。ここからは本家の問題だ」

「はい」

 小夜もこの件が片付いてほっとした。千鶴も悪い人ではないようだ。


 二人が立ち上がると、義之が助けを求めるように慌てて止めてきた。

「ちょっと、惟明、待ってくれ」

「ああ、退魔部隊で待っている」

「ひいい。怖いよ、やっぱり退魔部隊はいやだ」

「なら、次は助けないぞ」

「わあ、それは困る!」

「兄様! しっかり覚悟を決めなさい!」

 情けない声を上げる義之に対して怒鳴る千鶴を残して、二人は本家を後にした。


 本家の当主はへそを曲げたらしく、顔すら出さなかった。

 


 外に出るととっぷりと日も暮れていた。


 中空にはぽっかりと月が浮き、星空が広がっている。爽やかな秋口の風が吹いている。


「気持ちのいい晩だな」


「はい、ずいぶんと夜は涼しくて過ごしやすくなってきました」


「小夜。どうして神通力を使ったんだ」

 小夜はドキリとする。

 ほんの少し使っただけなのに、惟明にはわかってしまった。


「すみません」

「千鶴が気の毒になったのか?」

 小夜は惟明の言葉に頷いた。


「小夜は優し過ぎる。あまり本家の者に肩入れするなよ。あの家はいびつだ。それに千鶴のように生霊を飛ばす者は危険だぞ」 

 惟明の言っていることはよく理解できるし、あの家はギスギスしていて居心地が悪い。 


「わかりました。気を付けます」

「それから、今日はありがとう」

 小夜は礼を言われて驚いたように惟明を見上げる。


「小夜の神通力はすごいな。俺は、ああいう時、斬ることしかできない。あの家から千鶴がいなくなるのは痛手だから、助かった」

 惟明の言葉に小夜の頬は緩む。


「少しでもお役に立ててよかったです」

「少しではない。小夜にはずっと助けられている」


「そんなこと……」

 小夜がそう言いかけた時、ふっと惟明の手が小夜の手に触れた。小夜はドキリとして引っ込めようとしたが、惟明がぎゅっと彼女の手を握る。


 どうしていいのかわからなくて惟明を見るが、彼はなぜかそっぽを向いていた。よくよく見ると惟明の耳が赤くなっている。


 それを見た小夜も照れてしまう。


 二人は黙って手をつないだまま、夜道を歩く。

 夜風が花の甘い香りをはこんできて、小夜の胸はどきどきと高鳴る。


(ずっとこの幸せが続きますように……)


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