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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第三章 憑かれる
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24話 いざ本家へ

 次の日の夕刻、小夜は惟明と連れ立って本家へ向かった。


 すると目の下に濃いクマを作った義之が嬉しそうに玄関で待ち構えていた。


 そこまでは良かったが、客間に通された途端空気は一気に緊迫する。


 本家の当主の義一(ぎいち)と妻の兼子(かねこ)がいたからだ。


 不穏な空気の中で、いちおう挨拶は終えたものの、彼らは明らかに小夜を軽んじていて、惟明に対して競争心をむき出しにしている。


「それで惟明さんは何しに来たの?」

 いきなり切り口上で兼子が尋ねる。小夜のことなど目に入らないように無視している。


「義之に呼ばれてきた」

 惟明がぶっきらぼうに答えると、さらに空気が冷たくなった。


 兼子の怒りが伝わってくる。


「義之さん、なぜ惟明さんを頼るの? これ以上分家に借りを作るなといっているでしょう!」


「母上、そんなことをいっても惟明は優秀だから仕方ないじゃないか。それにこの間、僕を探し出してこの家に送り届けた礼もろくにしていないんだろ。そろそろ惟明のこと僕の部屋に連れて行っていいかな?」


 疲れ切った様子で義之がうんざりしたように答える。

 彼は先ほどからしきりと肩と首を押さえていた。昨日会った時よりも義之についている生霊の強さが増している。


 そんな時、義一がぎろりと惟明をにらみつけた。


「惟明、いくら本家に貸しをつくったとて、その嫁との離縁はゆるさないぞ」


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。小夜は俯いて唇をかみしめる。


「俺は一人の女性と一生添い遂げると決めている。小夜と離縁などしない」

 惟明の言葉が胸に染みて、小夜はふと泣きそうになった。


「しかし、その女子(おなご)は違うだろう出戻りだ」


 義一がそう言った瞬間、本家の客間に突然激しい風が巻き起こり、兼子と義之が悲鳴を上げた。


 惟明の神通力だと小夜は気付いた。


「貴様、今なんと言った。小夜を愚弄する者は斬る」

 惟明が低く怒りを孕んだ声を出すと刀の柄に手をかけ義一を睨み据える。


 小夜はびっくりして腰が抜けそうになった。そこへ義之が惟明のそばにより縋りつく。


「うわわ! おちつけ惟明」

「貴様、一族から追放するぞ!」

 義一が叫ぶ。


「結構、出来るものならばやってみろ! いつでも霧生の名は捨ててやるから安心しろ。だが、今後しりぬぐいは貴様らでやれ」

「父上、やめてくれ! 惟明は僕の大切な客だ。体調不良を直しに来てくれたんだ。失礼は許さない! いい加減にしろよ。惟明がいなきゃ、うちは神職としての面目すら保てないだろ。惟明より強い神通力を持つものは本家の中には誰もいないんだから!」


 義之がびしりと言うと、義一が一瞬気圧されたように押し黙る。


「惟明、今回の無礼は許してやるが、次回は――」


「次回はなんだ?」


 惟明に睨まれ、義一は悔しそうに客間から出て行った。

 義一の後を慌てたように兼子が追う。兼子の瞳には惟明に対する恐怖があった。


 その後、義之が惟明に土下座をして事なきを得た。


 普段優しい惟明がこれほど怒るのだから、よほど本家と仲が悪いのだろうと小夜は思った。


 結局、惟明が怒ってくれたおかげで、小夜は自分が本家の夫妻に失礼な態度をとられたことをあらかた忘れてしまった。



 申し訳なさそうな顔をする義之に案内されて、客間を出ると廊下の先にある階段を上り、二階にむかう。


 小夜は惟明の後ろからびくびくとしながらついて行く。

(私がついてこなければ、さっきの騒動はなかったのかしら?)


 などと小夜が思い悩んでいる間に、義之の部屋に通された。


 二十畳はあるだろうか。広くガランとしていて物がなく、生活感を感じない。


 桐の箪笥が左側の壁にあり、部屋の隅の本が積んであった。


「まあまあ、小夜さんもそんなに緊張しないで楽にしてくれよ」

 そう言って義之が自ら座布団をすすめてくる。


 惟明は勝手に座布団を持ってきて胡坐をかいて座る。


「で、僕に憑いているものチャチャッと斬ってくれない? 入り込まれちゃうと自分で祓えないし、見えないんだよね」

 義之が気軽な口調で惟明に言う。

 生霊などとは思っていないのだろう。


 その時「お茶をお持ちしました」と凛とした女性の声が襖の向こう側から聞こえてきた。


 なぜか小夜はぞくりと背筋が寒くなる。


「千鶴か。悪いな。ありがとう」


 義之が気安い口調で返事をすると、襖ががらりと開き小夜と同じような年ごろの女性が入ってきた。


 小夜は悲鳴を上げそうになって、何とかそれを堪えた。


 そんな小夜の様子に気づいた惟明が心配そうに小声で小夜に話しかける。


「小夜。大丈夫か?」

「は、はい」

 義之はそんな二人のやりとりには気づかず、千鶴を紹介する。


「小夜さん、こちらは千鶴。僕のしっかりものの妹だ。本当に千鶴が嫡男だったらよかったのに。千鶴、こちらは小夜さん。惟明の奥さんだ。優しく接してあげてくれ」

 千鶴はきっと義之をにらみつけると、小夜と挨拶を交わした。


 小夜は千鶴に挨拶をしながらも小刻みに震えていた。

 なぜなら、この千鶴こそ義之についている生霊なのだから。


 千鶴がさがろうとすると、惟明が声をかけた。


「千鶴。最近体の不調などないか? 随分と痩せた気がする」

 千鶴が驚いたように惟明を見る。


「はい。兄様が働かないせいで、私たち夫婦が休む間もなく働いています」

「まあ、待てよ。僕は家長って柄じゃないから、今父上を説得している。分家の正二郎も入婿で来てくれたことだし。やはり跡取りはお前たち夫婦しかいないだろう」


 困ったように眉尻を下げる義之と対照的に、千鶴が眦を吊り上げる。


「そんなこと無理に決まっています。この家で一番神通力が強いのは兄様じゃないですか。お父様もお母様も兄様にずっと期待を寄せています」


「期待っていわれてもなあ。僕はこんなだし……」

 義之はたじたじとなっている。


 この家はギスギスしていて、ひどく居心地が悪い。なぜ義之が逃げ出したのかわかる気もする。

「旦那様。あの方です」

 小夜が惟明に囁いた。それだけで惟明には通じた。

「厄介だな」

 惟明がそう頷いた瞬間、千鶴の目がこちらに向く。


「私に何か?」

 千鶴は小夜を凝視する。その迫力に小夜はびくびくしてしまう。


「ああ、いえ、仲良くしていただきたいなと思いまして」

 何か言わなくてはと思い、小夜は焦って口走る。


「私と? ああ、敏子や分家ともいえない家の出の公江にいじめられましたものね」


「敏子の家に頼まれたんだ。もう二度と家に人は入れない」

 惟明が千鶴を睨むと、彼女はひるんだ。


「旦那様、私は大丈夫です。どうか義之様とお話を……」

「小夜。霧生家のおなごは皆気が強い。お前のように気の優しい者はいないから、遠慮はいらない」


「ええ、あの……」


 そう言われても小夜はおろおろしてしまう。なぜなら前に座る千鶴は般若のような顔をして二人のやり取りを見ているからだ。


「千鶴はっきり言おう。お前はなぜ義之をそれほど恨んでいる」


 小夜は直球すぎる惟明の言葉に目を白黒させた。


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