23話 面倒なお客様②
「ああ家に帰りたくない。とにかく千鶴が、気が強くて口うるさいんだ。あの家、居心地が悪くてね。気晴らしにどこかへ行きたいと思っても見張りが着いていて、結局この家に来るしかなかったんだ」
「……さようでございますか」
小夜は本家の事情を知らないので相槌に困ってしまう。
「そのうえ最近ではどうにも肩こりがひどくてね。首まで痛む。それこそ何かに憑かれているみたいにさあ」
「はい、それはお辛いですね」
小夜には答えようがない。
惟明には小夜の力を外部に知られないようにと言われているのだから見えているものをそのまま話すわけにはいかない。
「義之様、奥様もお忙しいので、そろそろお帰りいただけますか?」
小夜の後ろに立っている石本が、あまりにも単刀直入に言うので驚いた。
(本家の跡目にこのような言い方をしても大丈夫なのかしら?)
小夜が心配していると、義之は弱りきった様子で口を開く。
「わかったよ。石本は相変わらず怖いなあ。今日は帰るよ」
「『今日は』ということは、まさか明日もお越しですか? ご当主はこの時間仕事でいませんが? まさか奥様の手を煩わせるつもりですか?」
石本が畳みかけるように言うので、義之はたじたじとなった。
「わかったよ。来ないよ。だから惟明に調子が悪い事だけ伝えておいて」
「義之様、ご当主でしたら退魔部隊の詰め所にいらっしゃるので、そちらを訪ねてみたはいかがでしょう?」
石本が言うことはもっともだ。
「あそこは空気がピリピリしていて苦手なんだよ。特に惟明のいる一番隊は目つきが鋭くてガタイがよくて怖い奴らばかりだし。じゃあ、そろそろ帰るよ。小夜さん、長々と居座って申し訳なかったねえ。石本、よろしく頼むよ」
義之は石本に恐れをなしたようにそそくさと帰り支度を始め、追い出されるように玄関から出て行った。
その後、小夜が台所から塩を持ってきて撒いているのを見て、八重も石本も目を丸くした。
「それほど、嫌でしたら、もっと早くに追い出しましたのに」
石本が言うので小夜は首をふった。
「違います。優しそうな方なので、そんなことはありません。ただ何かを持ち込まれているようなので、清めております」
「奥様にも見えていたのですね」
石本の言葉に小夜は深く頷いた。
「はい。首のあたりに何かが憑いていました」
「あらまあ、そんなにはっきりと。それは恐ろしいですことですねえ。念入りにお掃除しましょう」
八重がそう言って箒を持ってくると、早速掃き掃除を始めた。
「まったくなんと迷惑なことか」
そう言いながら、石本も手伝っている。
義之が通った場所をしばし皆で掃き清めた。
その晩、惟明の帰宅はいつもより早かった。
すでに石本があらかたの事情を知らせていたようで、夕餉の後に早速惟明の部屋で話し合うことになった。
「小夜の言う通り、義之を吉原から本家に連れ帰った時に、奴の後ろに影がちらりと見えたが知ったことではない」
小夜の話を聞いた惟明が言う。
「あの……」
小夜は自分の見えたものを言っていいものかどうかと迷う。
「なんだ、小夜?」
「前に嫁いでいた。杉本家の直之様が」
小夜がそこまで言った時点で、空気がピリピリと緊張し惟明の顔が険しくなる。
小夜は怖くなって黙り込んでしまった。
「俺は顔が恐いだけだ。気にせず先を続けてくれ」
「は、はい。その、同じようなものが見えるんです」
「同じようなものが見える?」
惟明が興味を惹かれたように片眉を上げる。
「はい、白い手が、義之様の首に巻きついているような感じで」
「小夜にはそんなふうにはっきりと見えるのか? おおかた、女郎の悪霊でももってきたのだろう」
惟明は呆れたように言うが、小夜は首を横にふる。
「旦那様。それとは、少し違うような気がします。もっと近しい方のような気がします」
「では義之を呼び出して、俺の刀でバッサリと斬ってやろう」
小夜は惟明の言葉に目を見開いた。この間の吉原の一件からもわかるように、惟明はかなり行動力のある人なので小夜は焦ってしまう。
「そ、それはいけません! 魂が傷ついてしまいます」」
「魂が傷つく? 悪霊など魂が歪んだものだろう」
「違います! 生きている人です!」
小夜の言葉に惟明の動きがぴたりと止まる。
「小夜はそんなことまで、判別できるのか。しかし、生霊とはまた厄介な。その生霊は放っておいてよいものなのか?」
「多分、駄目です!」
「つまり義之は衰弱して死ぬ恐れもあるのだな?」
小夜が頷くのを見て、惟明は真剣な顔になる。
「神通力の強さからいって、義之が本家を継ぐしかない。死なれては困る。しかし、妖魔ならまだしも生霊は専門外だな。とりあえず、明日の仕事終わりにでも俺が本家に行ってみる」
「私も一緒に参ります」
小夜の言葉に惟明が驚いたよう顔をする。
「小夜、やめておけ。本家に行っても不快な思いをするだけだ」
「お願いです。連れて行ってください。何かお手伝いできるような気がするんです」
惟明が困ったような顔をする。
「どうしてもか?」
「どうしても連れて行ってください」
しばし悩んだ後惟明はおもむろに口を開いた。
「小夜、本家では絶対に神通力を見せるなよ」
「はい、承知しました」
本当は本家に行くのは怖いが、惟明のために役に立ちたいと小夜は思った。




