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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第三章 憑かれる
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22話 面倒なお客様①

 ――夏の名残りが色濃く残る。


 日が高く昇り気温が上がって来ていた。


 そんな中、小夜は手ぬぐいで汗をぬぐいながら、庭で掃き掃除をしていた。

 ふと地面に一瞬だけ影が射す。


「今日はちょっと面倒な人が訪ねてきそう……」

 小夜は、時々特別な来客があることがわかる。

 ただ人物の特定まではできない。


「奥様、もうそろそろ昼餉の時間です。休まれてはいかがですか?」

 石本に声をかけられてもうそんな時間と小夜は気づいた。


 小夜は来客があるかもしれないと石本に告げてから、日陰に入って休む。


 今日は涼しい風が入る縁側に、握り飯と卵焼きが準備されている。


 これは小夜が頼んだものだ。小夜はたまに握り飯が食べたくなるのだ。


 せっかくなので、縁側で庭を眺めながら食べることにした。


 八重の作る握り飯は米がつぶれることもなくふっくらとしていて、口に入れるとほろほろと崩れていく。


 塩加減も絶妙で、香りのよいおかかのお握りも、酸っぱさが程よく舌を刺激する梅干し入りのお握りも美味しい。


 炙った焼きのりが芳ばしく、一口かじるとぱりぱりと音立て食欲をそそる。


「まあまあ、奥様にそんなにおいしそうに食べていただけると、八重も作りがいがあります」

 八重が麦茶を運んできてくれた。


「ありがとうございます。すごく美味しいです」

 小夜が頬を緩めた瞬間、庭の端に真っ白な猫が通り過ぎるのが見えた。


「まあ、八重さん! 猫が庭に入ってきています」

「奥様、八重でございます。それにあれは猫ではございませんよ」


 猫が縁側から離れた庭石の上にちょこんと座って、こちらを見ている。その姿は愛らしく猫にしか見えない。


「猫ではないのですか?」

「はい、猫又でございます」

「……ええ!」


 驚いた小夜が一拍置いてから叫ぶと、猫――猫又はびっくりしたように走って逃げていった。


「このお屋敷に棲みついているんです。きっと奥様に興味を持って現れたのでしょう」

「全然、気が付きませんでした」

「このお屋敷には結界が張られていて、そのうえ式がいっぱいいますからね。猫又や付喪神の存在は気付きにくいかもしれませんね。そのうち奥様の周りに出てきますよ。驚かさないようにゆっくり仲良くなっていってくださいね。そうそう先ほどの猫又には名がありません。奥様がつけられたら良いのではないですか」

 そう言って八重がにっこりと笑う。


 禍々しい妖魔は町や雑木林で見る機会が多かったが、実家が神社のせいか、こういう穏やかな妖しの類はみたことがなかった。


「はい、仲良くなれるのが楽しみです」

 小夜がそう言って麦茶を飲んでいると石本がやって来た。


 いつもより渋い顔をして来客をつげる。


「どなたが、お越しですか?」

「それが、本家の義之様で、追い返しましょうか?」

「え、まさか! ご本家の方ですよね? 旦那様にご用事でしょうか?」

 まだ夕刻には間がある。惟明が明るいうちに帰ってくることはまずなかった。


「そうだと思うのですが、どうも要領を得なくて、当主がいなければ奥様でもいいから、会わせてくれとおっしゃっています。やはり帰ってもらいしょう」

 踵を返す石本を小夜はあわてて止める。

 ここは小夜が話を聞くのが一番だろう。


「待ってください。石本さ……石本、応接間にお通ししてください」

 本家の人間で初対面となると緊張するが仕方がない。


 この家の『奥様』は小夜なのだから相手をするしかないだろう。



 霧生家の応接間は和室に赤い絨毯を引き、その上に大きなテーブルが置かれ、ソファ、椅子が配置されている。


 最初はどきどきしながら、義之と相対した小夜も彼の態度と雰囲気に次第に困惑していく。


 本家の義之はくたびれた様子でまったく覇気がない。

 確か年のころは惟明と変わらなかった気がする。


 以前探し出した時に人としての輪郭はほんのり見えたが、それだけで――実際の義之は印象が少し違う。


 着流し姿で、肩より長い髪を結びもせず、目の下に濃いクマを作ってだらしない様子でソファに腰かけ、ひたすら本家の愚痴を垂れ流す。


 小夜はそんな義之を前にして途方に暮れた。


 義之がこの屋敷に訪ねてきてから、かれこれ半刻が過ぎる。


「はあ、吉原から連れ出されて三谷通いを禁じられてしまったけど、惟明を恨む気はないよ。寧ろ俺のせいで、あいつが石女の小夜さんと結婚させられたことは申し訳ないと思っている」


 そこで小夜の後ろに立っている家令の石本が大きく咳ばらいをする。


 義之はハッとしたように口をつぐむ。


「小夜さん、悪い」

「いえ」

 義之が申し訳なさそうに謝る。


 結婚のときに会ったほかの分家の人たちのように高圧的でも傲慢でもなくて、そこはほっとするのだが、だらだらと義之の愚痴は続く。


「うちの親父が権力のかたまりというかなんというか、どうしても本家の名を譲りたがらない。僕は本家の当主には惟明を据えたほうがいいと思うんだが……」


「あの、……私は嫁いだばかりで難しいことはよくわかりません」


(なぜ、私にこのようなお話を?)

 小夜は首を傾げたくなる。


「やっぱり、本家も外から血をいれるべきなんだよなあ」

「外からというと?」


「本家は一族、それも近親者から結婚相手を選んできた。血が濃くなって神通力が強くなるとでも思ったんだろうよ。ところがだ。神通力のない子供や弱い子供が生まれ始めた」


「体の弱い子ですか? それはたいへんですね」


 小夜にはほかに相槌の打ちようがない。

 それに小夜が一番気になるのは、惟明が今夜何時に帰るってくるのかだ。


「僕がこんないい加減だからさ。妹の千鶴が入婿を迎えて、婿さんに本家を継がせようって話になったんだが、その婿さんが末端の分家の次男でまた神通力が弱くてね。結局僕が名前だけの当主を継いで、実質家を回しているのは妹夫妻なんだ」

「はあ」


 義之は、実家の内情をつまびらかに話していく。


(私がご本家の事情を聞いてしまっていいのでしょうか? どうしましょう?)

 小夜は眉尻を下げながら、相槌を打った。

 

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