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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第二章 穏やかに見える日常の裏側で
20/43

20話 アイスクリームと不幸の手紙①

 そんな穏やかな日の夕刻に惟明が帰って来た。


 彼が日暮れ前に帰宅するのは珍しい事なので、小夜はいそいそと玄関でお迎えする。


「旦那様、お帰りなさいませ」

「小夜。これから出かけるぞ」

「え? またお仕事ですか?」

「いや、小夜が良ければ、これから一緒にでかけよう」

 唐突に言われて小夜は目を白黒させた。


「旦那様、それはとても嬉しいのですが、なぜ急に? お仕事でお疲れではないのですか?」

「俺は大丈夫だ」

 惟明が微笑む。


「あの、ではすぐに支度して参ります」

 小夜は慌てて部屋に戻り、鏡台の前で唇に紅を引き、涼しげな紗の羽織を着つけてすぐに玄関へ向かう。

 惟明と一緒に出掛けられることが嬉しくてたまらないのだ。


「旦那様、お待たせしました」

「いや、まったく待っていない。女性の支度というものはもう少し時間がかかるものなのではないのか?」

 言われてみれば、公江にはずいぶん待たされた覚えがある。


「そうかもしれせん。あの、変ですか?」

 小夜は急に自分の身なりがきになりだした。

 着物も帯も帯留めも羽織も霧生家で準備してくれた贅沢で素敵なものばかりだ。

 どこかおかしいだろうか……。


 小夜は惟明とのお出かけが嬉しくて浮かれていたので、気が付かなかった。


「いや、小夜は何もしなくても十分綺麗だ。では、出かけようか」


 真顔で惟明に言われて小夜は真っ赤になった。

 時々惟明は、こんなふうにまっすぐに小夜を褒める。


「ありがとうございます」

 小夜は消え入りそうな声で返事をして、草履をはいた。

 二人で並んで玄関を出て敷石を歩き、門へと向かう。


「旦那様、今日はどちらへ行くのですか? お散歩ですか?」

「ここら辺にアイスクリームをだす洋菓子店ができたと同僚に聞いたんだ。一緒に食べに行こう」

「アイスクリームですか?」

 小夜はそれを聞いてわくわくしてきた。

 一度食べてみたいと思っていたのだ。甘くて冷たくて、とても美味しいお菓子だと聞いている。


「小夜がまたアイスクリームにつられて、どこかに連れて行かれたらこまるからな」

 惟明に言われて、小夜は再び赤くなって縮こまる。


「あの時はアイスクリームにつられたわけではありません。でも食べてみたいです。口に入れるとふわりととけるそうですよ」

 目を輝かせて話す小夜を見て、惟明がくっくっと笑う。


「それは楽しみだ」


 霧生家の門を出て、二人並んで通りに出る。惟明の歩調は小夜に合わせてくれていた。それだけで小夜の胸は高鳴る。

 初めてのお散歩では惟明の足の速さに追いつくので精いっぱいだった。

(旦那様はお優しい方です)


 ほどなくして洋菓子店に着いた。こんなに近くにあるとは思わなかった。


 店のウィンドーに『アイスクリーム』と書かれているのを見て小夜の心は躍る。


 夕暮れ時のせいか、店内はそれほど混んではいない。


 席に着くと早速アイスクリームを注文した。


 すぐに運ばれてきたアイスクリームに小夜は歓声を上げそうになった。


 「いただきます」と両手を合わせた後、銀のさじをとり、白いアイスクリームをすくう。

 

 口に運ぶと、びっくりするほど冷たくて甘くて、舌の上でトロリと解ける。


 想像以上の美味しさに、小夜は目を見張った。


 すると目の前に座る惟明と目が合った。彼はアイスクリームを食べずに小夜を見て笑っていた。


「それほど喜んでくれるとは思わなかった。連れてきたかいがある」

「はい、とても美味しいです」


「そうか」といって、惟明もアイスクリームを食べ始めた。

 小夜はおやつにくずもちを食べたばかりだというのにあっという間に食べ終わってしまった。


「そんな顔をせずともまた連れてきてやる」

「あの、もしかして、旦那様は人の心がわかるのですか?」

 小夜が顔を赤らめながらも不思議そうに問うと、惟明は楽しそうに笑う。


「小夜が、顔に気持ちがですぎるんだ」

「そんなことを言われたのは初めてです。気を付けます」

「俺の前では構わない。小夜、温かい紅茶も飲むといい。腹がひえてしまう」

 小夜は素直にうなずいて紅茶を飲んだ。 


 アイスクリームの後の紅茶もびっくりするほど美味しかった。


 落ち着いて店の中を見回してみると、洋装姿の者がほとんどだ。惟明と一緒でなければ、気後れして入れないところだった。


 惟明は忙しくても約束を守ってくれる。きっとまた小夜を連れてきてくれるだろう。


 ◇


 その日の朝小夜はすっきりと目覚めた。


 小夜は惟明と一緒に朝餉を済ませると、玄関まで見送る。

 いつものように切り火をした。

「いってらっしゃいませ、旦那様」

「ああ、行ってくる」


 小夜はいつも通り、ご機嫌な様子で庭の掃き掃除をして、池の鯉に餌をやり、優しい水音や鹿威しの音を聞く。


 そこへ難しい顔をした家令の石本がやって来た。

「石本さ……。石本、どうかしましたか?」

 ついうっかり『石本さん』と呼ぶところだった。また注意されてしまう。

 石本が言うには『石本さん』などと呼ばれると、家令としての面目が立たないのだそうだ。


「奥様にお手紙が届いております。」

 珍しく石本が困惑した表情を見せる。

「私に、手紙ですか?」

 心当たりのない小夜は石本から手紙を受け取って、差出人を見て驚いた。

 杉本家のもと姑からだ。

「え? どうして……」

「ご不快でしたら、こちらで焼却処分いたしますが」

 石本がきっぱりとした口調で言うのを聞いて、小夜は驚いた。


「いえ、まさか」

 小夜に、その発想はなかった。


 中に何が書いてあるのか割らず処分するのも、気が引ける。


「お気遣いありがとうございます。内容が気になるので読んでみます」


 小夜は掃除道具を片付けると、自分の部屋に引き上げた。

 

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