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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第一章 初婚ではありませんが、旧家に嫁ぎます
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2話 霧生家

 霧生家は退魔師の家系で秘密が多く、この縁談をまとめた仲人自身も内情はよく知らないと言っていた。


 中でも小夜が一番気になっているのは、この家に舅と姑がいないことだ。


 妙なことにこの広い屋敷に惟明(これあき)は一人で住んでいる。


 惟明とは顔合わせはしたものの短時間で、家族構成すら明かされていない。


「ご挨拶とか、どうしたらいいのかしら……」


 この家のしきたりを教えてくれるものが誰もいないのだ。杉本の家では舅に姑、小姑が出てきてすぐにいろいろと指図した。

 ここでは静かで全く環境が違うのだ。 


 ほどなくして小夜は行燈の火を消し、一人床に就いた。

 布団は実家や杉本家とは違い柔らかくて温かい。だが、妙に頭がさえてねむれそうにもなかった。

(また、ここも追い出されてしまうのかしら?)

 親戚の激しい拒絶を思い出すとそうとしか思えない。



 鳥の囀で目を覚ます。障子越しに朝の光がさしていた。


 いつの間にか眠ってしまったようだ。隣の床には人の気配はない。惟明は戻らなかったのだろうか。

 不安でよく眠れなかったせいか、体が少しだるい。


 小夜は手早く身支度をして、朝餉の支度のために台所に向かう。

 この家の勝手はわからないが、少なくとも生家でも杉本家でも朝餉の支度は小夜の仕事であった。


 廊下を左に曲がりまっすぐ進むと、濃い紫ののれんの向こうに低い板間と土間がちらりと見えた。


 もうすでにご飯が炊けるいい匂いが漂っている。使用人が朝餉の支度をしているのだろう。


「おはようございます」


 のれんをくぐると初老の女が一人、洗った青菜を籠に入れて水を切っていた。

 小夜が挨拶をすると驚いたような顔をする。


「奥様? どうなさったのですか?」


 奥様と呼ばれドギマギする。元婚家の杉本家で、そう呼ばれたのは数えるほどだ。


「さ、小夜と申します。今日からお世話になります。朝餉のお支度のお手伝いにきました」


 小夜は緊張のあまり自分の名前を噛んでしまう。


「まあ、奥様がそのようなことをする必要はありませんよ。私の仕事ですから」

 そう言われても困ってしまう。


 杉本家では家事をしないと怒られたし、不手際があると食事を抜かれた。それは生家も同じで……。


「やることがないと落ち着かないんです。どうかお手伝いとさせてください」


 板間からぺこりと頭を下げる。


「あらあら、まあ」 


 彼女は八重と名乗り、霧生家では長く食事の支度をしているという。

 小夜のために土間に降りても大丈夫なように、草履を持ってきてくれた。


 余計な仕事を増やしてしまったようで小夜は恐縮する。


「では、八重さん、私に霧生家の味を教えてください」

 小夜はたすき掛けをして土間に降りる。


「そんな大げさなものはございませんよ。ご当主はなんでも食べてくださいますから、ただその食べる量が多いのでびっくりなさいますよ」

 八重はそういってほっこりとした笑みを浮かべる。


 退魔師というのは強い神通力とそれを使いこなす異能を持っていて、その力を使うととても腹が減るのだとか。小夜は初めて聞く話に熱心に耳を傾けた。

 そして惟明は夜明け前に帰って来たという。


(帰って来たのなら、どうして旦那様は寝室にいらっしゃらなかったのかしら)


 小夜はそんな不安を振り払って、洗い立ての青菜を手に取る。


「では、早速お手伝いしますね。これは汁物につかうのですか? それともおひたしにするのですか?」


 二人がかりで食事の支度をした。

 食材も多く、鍋も重いので老女には重労働ではと思えるのに、八重は手際よくこなしている。


 箱膳には、ご飯とみそ汁の他に肉、焼き魚、煮物、漬物が添えられた。その量が朝食とは思えないくらい多い。


 八重が小夜の分の膳も用意してくれた。人に朝餉の準備をしてもらったのはここ数年ない事だった。


 小夜は八重に礼を言うと、彼女は面食らったような顔をした。


 八重は小夜の事情を知らないのだろう。


 家柄の良い嫁だと勘違いしているのだ。いや、家柄は悪くないのだが、小夜は、石女の出戻りだ。


 惟明の部屋を聞いて箱膳を運ぶ。驚くほど重い。後ろでは先ほど掃除していた使用人がお櫃を運んでくれる。そのお櫃も大きい。


 襖越しに声をかけると、惟明が「入れ」という。


 小夜の姿を見てかすかに彼の表情が動く。


「こんなに早く起きていたのか?」


「はい」


 小夜は惟明の前に箱膳を置く。お櫃を置いて、使用人が去っていた。


「小夜、お前の分の膳はどうした?」

「八重さんが作ってくれました」

 小夜は嬉しそうに頬染めて答える。この後、朝餉を食べるのが楽しみだ。


「一緒に食べないのか?」

 不思議そうに惟明が聞いてくる。

 小夜は戸惑い、頭を下げる。こんなことを言われたのは初めだ。


「申し訳ありません。この家のしきたりがわからなくて」

「いちいち謝ることではない。この家にはしきたりというものは特にない」


 今のところ惟明の機嫌を損ねていないようで、小夜はほっとした。ついつい主人の顔色を見てしまう。

 しかし、惟明はあまり表情が動かず感情が非常に読みにくい。


 惟明は八重が言った通り本当によく食べる。あっという間にお櫃のご飯もなくなってしまった。


「お代わりをお持ちしましょうか?」


 小夜が席を立とうとする。


「もういい。お前も朝餉をとれ。俺は朝が早く時間も不規則だ。気兼ねせずに、朝昼晩と好きな時間に食事をするといい」


「え? 旦那様を待っていなくてもよいのですか?」


「仕事で何日も帰らぬこともあるし、いつ帰るかもわからない。俺に合わせていたらお前が餓死してしまうぞ」


 惟明はさらりというが、それほどたいへんな仕事なのだろう。


「ありがとうございます」 

 小夜は感謝の気持ちと共に深く頭を下げる。

 杉本家では帰ってこない夫を待ち続け、一日食にありつけない日もあったので、本当にありがたい言葉だった。


「ところで、お前はどこで食事をするつもりだ」


「土間でございます」

 当然のように彼女が答えると、惟明がかすかに眉根を寄せる。


「それは、お前が以前いた杉本家のしきたりか?」

 何かまずいことを言ってしまったかと、小夜はどきまぎした。


「いえ、実家もそうでした。だから、そういうものだと思っておりました」

 小夜は部屋で食事をとることなどなかった。


「小夜の実家は森川家。神職華族であろう? なぜそのような生活をしていたのだ。まるで女中のようではないか」


 惟明は小夜について何も知らないのだろうかと不安になる。


 普通は仲人に聞かされるものだと思うが、それとも石女の自分に惟明自身が、興味を持てなかったのか。


 小夜は逡巡しつつも口を開いた。


「あの……私の母は父を残して失踪してしまいました。後妻に入ったのが、現在の義母でして」


 話し出したものの言葉に詰まる。


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