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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第二章 穏やかに見える日常の裏側で
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18話本家の跡目

 気持ちを落ち着かせるために一度深く呼吸をすると、小夜は口を開いた。


「旦那様、本家の跡目のお名前と持ち物はありませんか」

「小夜、どういうことだ?」

 納得できないという顔で惟明が眉根を寄せる。


「私に考えがあります」

 いままで人に意見することはなかった小夜だったが、怯みながらも自分の計画を惟明に説明した。


 それを聞いた惟明はしばらく沈黙する。小夜にはその沈黙が怖かった。


「つまり小夜が跡目を見つけ出し、その手柄を俺の手柄にするということだな」


「そ、そういう言い方は……」

 小夜は畳に目をさまよわせる。


「まあ、いい。小夜が本家にとられるよりましだ。それに本家には貸しができる」

 惟明が口角を上げる。


 なんだか、悪人のような笑みだと小夜は思う。

 

 途端に小夜は自信がなくなって来た。


「あまり遠方にいると探すのに時間がかかりますし、それにもしもこの世にいなかったら探し出すことはできません。うまくいくとは限りませんが、ぜひともよろしくお願いします」


 小夜が頭を下げる。


「やめないか、小夜。お願いしたいのはこっちのほうだ。明日にでも本家によって、何か義之(よしゆき)のものを見繕ってこよう。ああ、義之は跡目の名だ。しかし、もう死んでいたら厄介だな」


 実は死んでいた場合はその死霊を呼び出すことにもつながるので危険だが、小夜は黙っていた。


「……では義之様が何か身に着けていたものか、日常的に使っていた物をお願いします」


「ふん、漏れ聞いた話によると、着物や洋服などの自分の身の回りのものはすべておいて行って、家の金だけを持ち出したようだ。それも大金を」


「家出、でしょうか?」

 そうとしか思えない。


「失踪などと言っているが、ただの家出だろう。昔は生真面目な男だったが、最近では身を持ち崩していた」

 惟明は冷笑を浮かべる。

 随分と本家を嫌っているようだ。

 霧生家は本家と分家、分家同士もぎすぎすしている。



 翌日の仕事帰り、惟明は早速小夜のもとに義之が使っていたという櫛と筆を持ってきた。


「これで足りるか?」

「はい」

 小夜が部屋で、香木を炊くために香炉を準備していると、惟明が興味深げに聞いてくる。


「何か呪術の儀式でも始めるのか?」

「違います。香は気持ちを静めるためのものです」

「気持ちを静めると何かわかるのか?」

「付喪神……」


「え? その櫛や筆に付喪神が宿っているとでもいうのか?」

 怪訝そうに惟明が聞く。付喪神が着いていれば惟明にもそれとわかるはずだ。


「違います。説明が難しいのですが、物には使っているものの心や行動がうつることがあるのです」

「なるほど、ここで見学していたい気もするが、小夜の気が散りそうだ。俺は部屋で待っていよう」


「お気遣いありがとうございます」

 本当の理由は違う。もしも義之が死霊となっていたら、危険だからと思っただけだ。

 しかし、ぱっと見た感じ、死霊になっているとは考えにくい。


 静かな部屋で、香炉を炊いてしばらく櫛と筆に触れていると、とある光景が流れ込んできて小夜は思わず櫛と筆を取り落とし、頬を染めた。

「……どうしましょう。旦那様になんてご報告したら」

 小夜はしばし途方に暮れる。


 ◇◇◇


 深夜、惟明は吉原にいた。

 ここは夜でも眩く眠らない遊郭だ。

 

 もちろん遊びが目的ではなく、そばには石本が控え、父の忠正までついてきている。

 通りには女たちが嬌声が響き、酔った男たちが行き交う。


「本当に本家は知らんのか? 跡目の義之がここにいることを」

「知っていても知らなくても、首に縄を付けて本家に送りつけてやるだけですよ」

 忠正の言葉に惟明が答える。


「しかし、なぜ父上までついてくるのですか?」

「もちろん見届け人としてだよ。なあ石本」

 忠正が面白がっている様子が伝わってくる。


 惟明はとある妓楼の前で足を止めた。

「小夜さんが教えてくれた場所はここか。惟明、どうやって入るつもりだ」

 忠正はにやりと笑い、惟明を見る。


 惟明は堅物で、妖魔が出たとき以外は、遊郭に立ち入らない。


「そのまま入ります」

 言いおいて惟明は、妓楼の正面玄関から入っていった。

 

 客を誘うようにしなだれかかる女の手を振り切り「義之、いるのだろう! 出てこい!」と大声を上げなら、廊下を行く。


 忠正は腹を抱えて笑い、石本は頭を抱えながら、惟明の後をついて行く。


 やがて男衆が出てきたが、惟明は軽々とねじ伏せ、階段を上り奥の間へと廊下をすすむと、ふすまを勢いよく開けて怪しく甘い香りの漂う部屋の中へ入っていく。

 

 小夜の力はやはり本物だった。

 そこにはあられもない姿の男女がいた。


「義之、本家のつとめも果たさず、このような場所で遊び惚けているとは度し難い!」 

「うわあ! 惟明じゃないか! なぜ、ここがわかった!」



 ◇


「どうもお騒がせしました」

 石本が妓楼のやりてばばあに金子(きんす)を渡し、ことをおさめてもらう。


「まったく、ご華族様の退魔師なら世話になることもあるから仕方がない。ここにも妖魔は出たことがあるからねえ」

 キセルをふかしながら、不機嫌に金子(きんす)を受け取った。

 だが、これで一件落着とはいかない。


 妓楼の外の通りでは義之をす巻きにした仏頂面の惟明と、まだ笑っている忠正が立っている。


 この父息子は、これから遊女に腑抜けにされた跡目を本家に連れ帰る予定だ。


 まだまだ夜は長そうだと石本はため息をついた。


 この惟明らしからぬ行動も、小夜のためとあれば致し方なしと石本は諦める。


 若き当主は小夜を誰にも奪われたくなくて、必死なのだ。


「しかし、あれほどの力をうまく隠し通せるものなのか……」


 石本は独り言ちた。


 この件はたまたま惟明が知人から聞いた情報として、本家に伝えるらしい。


 石本としては気立てがよく、いざという時は惟明のために戦う勇気を持ち合わせている小夜に仕えるのは喜ばしいことだ。

 

 だが、人の好い小夜を見ていると不安にもなる。

(私と八重で奥様をお守りしなければ)



 


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