17話 敏子と公江。そして本家の跡目
「なぜ、驚く? 嫉妬から小夜を殺そうとする女など、誰が惚れる? 子供の頃から恐ろしく自己中心的だった。結婚相手が小夜になって心底よかったと思っている。小夜は気立てがいい」
小夜は惟明の言葉を聞いて、どぎまぎして真っ赤になった。
「それから公江のことは末端の分家でよく知らない。敏子の父親から頼まれてこの家に入れた。きちんと調べもせずに家に入れたことを後悔している。今回のことは俺の責任だ。小夜、恐ろしい思いをさせてすまない」
小夜は慌てて首をふる。
「私は大丈夫です。旦那様が助けてくださいましたから」
惟明が助けてくれたことが嬉しかった。
惟明は八重や石本の報告から、公江の行動を怪しむようになったと言う。
「小夜、これからは絶対に家に他人を入れない。分家の者でもだ。敏子は間もなく嫁に行く」
「そうですか……」
敏子の縁談が壊れなくてよかったと思った。
「敏子の家は霧生家では序列第三位であったが、格下げになった。もうあの家に発言権はない。本当は子爵家との結婚が決まっていたが、急きょ神戸の商家に嫁ぐことになった」
「それはまたどうしてですか?」
商家ということは華族ではないのだろう。
「今回のことは子爵家にすぐに知れて破談になった。神戸に嫁がせることで手打ちになった。本来ならば獄につなぐべきところだ。もうすでに神戸に向けて出立しているから、小夜とは二度と会うことはない」
いまいましげに言う惟明を見て、小夜は公江の行き先が心配になった。
「それで公江さんは……どうなったのですか?」
「もともと霧生家の末端だ。一族の人間ではなくなった」
「……」
結局どういうことなのかわからなくて、小夜は頭が真っ白になった。
「まあ、江戸の頃でいう、所払いのようなものだ。もう二度と東京へは立ち入らせない」
「そ、そんな……」
没落して一家離散ということだろうか。小夜は顔色をなくした。
「小夜、お前に害をなすような者を東京に置いておけない。本家の言うことは絶対ではあるが、俺にもそれぐらいの権限はある。それから今回のことで本家から間諜が送られて来るかもしれない」
惟明は渋い表情だ。
「同じ、家同士なのに……」
小夜には理解できないことだった。
もしかしら、小夜の実家にも親族同士の争いがあったのかもしれないが、小夜はいつも蚊帳の外で親に言われるままに結婚したので、実際のところはわからない。
「昔からだ。本家の言うことは絶対ではあるが、今後跡目が戻ってこなければうちが本家に繰り上がることもある。分家が本家に成り代わることは今までにもあった。そうして一族間で争ってきたんだ。小夜のことは巻き込みたくない」
「旦那様はどうしたいのですか?」
惟明は本家に成り代わりたいとおもっているのだろうかと――彼の思惑が気になった。
「本家に跡目が戻らなければ、争うことになるかもしれない。だが、跡目が戻れば今まで通りだ」
迷いなく、惟明が言い切る。
「この婚姻について思うところがあるのですか?」
小夜は不安になる。
惟明は一方的に小夜を押し付けられているし、今回の件も小夜が惟明と婚姻しなければ起こらなかった事態だ。
「本家から横やりが入るのが嫌だ。お前と離縁させられて敏子のような娘を押し付けられても困る。俺は小夜がいい」
惟明のまっすぐな言葉に小夜は頬を染める。
敏江の方がよほど華やかで綺麗なのに、惟明は小夜がいいと言ってくれる。
その気持ちが泣きたくなるくらい嬉しい。
「小夜、いずれにしてもそのうち本家と対決するときが来るかもしれない。必ずお前は守る」
「はい……、私も微力ながら旦那様をお守りできるように精進いたします」
「気持ちだけでいい。小夜の神通力の強さが本家にバレたら面倒なことになるから、隠しとおそう。なにより本家の跡目が見つかれば解決するのだから」
惟明の言葉に、小夜は目をさまよわせる。
「はい、十分に気を付けます。あの……本家の跡目を見つけることができないのですか?」
「ずいぶんな人手を割いているようだが、難儀している」
「旦那様も手伝っているのですか?」
「いや、俺は忙しいし、本家にはそんな義理はない」
きっぱりと言う惟明に驚いた。
本家の意向は絶対といってはいるが、惟明に本家を恐れている様子はない。
ただ煩わしく思っているだけなのだろう。
「旦那様、私は跡目を見つけるお手伝いができるかもしれません」
小夜の言葉に惟明は驚いたような顔をする。
「小夜は、そんなことも出来るのか?」
「母に教わりました。うまくいくかどうかはわかりませんが、どうかやらせてください」
小夜が頭を下げると惟明が苦り切った表情をする。
「だめだ。危険だ。もしも本家にお前の力がばれたら面倒なことになる。小夜が本家に連れて行かれてしまう」
「え? 本家に連れて行かれる」
小夜は驚いて目を見開いた。惟明は厳しい表情をしている。
「本家は神通力の強い娘を求めている。飼い殺しにされ、下手をすれば跡目の子を産まされることになるぞ」
「そんなの嫌です」
せっかくの惟明との幸せな生活が壊されてしまう。
それだけは嫌だった。
しかし、小夜が惟明のために何かをしたいのは確かなことで――。