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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第二章 穏やかに見える日常の裏側で
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16話 小夜、惟明の思いを知る

「離してください。どういうことなんですか?」

 今目の前にいる敏子の目は完全に据わっている。

 小夜は恐ろしさに震えた。


「よりによって本家が、惟明さんにこれほど貧相な娘をあてがうなんて」


 眉をひそめて敏子が吐き捨てる。


 小夜は嫌な予感がして、公江の拘束を解こうとする。


「そんなに暴れないで、すぐにすむから。まったく育ちの悪い女は野蛮で嫌いよ。公江から聞いたのだけれど、あなた月のものがあるのですって?」


「え?」


 敏子の言っている意味が理解できなくて、小夜は目を大きく見開いた。


「離縁された女が再婚した途端子が出来たという話を聞いたことがある。だから念のために」


 言うや否や、洋傘を小夜の下腹部を目がけて突き出した。


「こうすると子を産めなくなるらしいわ」

「やめて!」


 拘束を逃れようにも公江の力は驚くほど強い。小夜は恐ろしさのあまり目を閉じた。


「貴様! どういうつもりだ!」


 仕事に行ったはずの惟明が現れ、敏子からあっという間に洋傘を奪う。


 それを見た公江が「ひっ」と一声叫ぶと、小夜を突き飛ばして逃げ出したが、その先には石本が待ち受けていた。


 そして石本の後ろには巡査が三人立っている。


「違うの、惟明さん、誤解よ」


 敏子が泣いて惟明に縋ったが、惟明は有無を言わさず巡査に公江と敏子を引き渡した。


 小夜は一連の出来事を、呆然としてみていた。

 人に虐げられ蔑まれたことはあるが、命を狙われたのは初めてだ。

 今になって体が恐怖で震えてきた。


 そして、なにより仕事に行ったはずの惟明が、この場にいることに驚いている。


「旦那様。どうして、こちらに?」

 小夜が震える声で問うと、惟明にぎゅっと抱きしめられた。 


「小夜、怖い思いをさせてすまない」

 小夜の目から涙があふれる。


「石本や八重から、公江の動きが不穏だと聞いていた。行儀見習いなど俺が断ればよかった」 


 惟明の声に後悔が滲む。


「いえ、私の方こそ。ちっともしっかりしていなくて申し訳ありません」


「小夜は何も悪くない」

 悪いことがあると、なんでも小夜のせいにされてきた。こんなふうに言ってくれる人は初めてだ。



 ほどなくして惟明は巡査と共に去り、小夜はそのまま石本と八重に挟まれるようにして家に帰った。


 家に着くと、小夜の部屋に八重が茶と水ようかんを持ってきてくれた。


「奥様、甘いお菓子を食べると落ち着きますよ」

「ありがとうございます。その……本物の八重さんですか?」

 小夜が恐る恐る尋ねる。


「八重でございますよ、奥様。ただいま大奥様は敏子様のご実家にいらっしゃいます」


「それはまたどうしてでしょうか? まさか敏子様と公江様は、あのまま逮捕されてしまったのでしょうか」


 今回の件が大ごとになったのだろうかと、小夜は顔色を失った。


「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ」

 八重が温かな笑みを浮かべて答える。


「私、少ししっかりしなくてはなりませんね。このままでは旦那様やお義母様、お義父様にご迷惑をおかけしてしまいます」


 今まで婚家でも実家でも虐げられてきたが、家事さえできればよかった。


 しかし、ここでは違うのだと小夜は気付いた。


「奥様、私の口からは何も申せませんが、旦那様がお戻りになりしましたらお話してくださいますよ。決して奥様のせいではございません」


 のんびりとした穏やかな口調で八重が言うので、小夜もだんだんと気持ちが落ち着いて来た。


 ◇


 その晩遅くに惟明が帰宅した。

 小夜は玄関へ迎えにでる。

「旦那様、お帰りなさいませ」

「小夜、まだ起きていたのか?」

「はい。旦那様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 小夜はたたきの上で惟明に頭を下げた。


「小夜のせいではないだろう。あれは敏子と公江が悪い」

 惟明はぶぜんとした表情で言い放つ。


「私さえ、しっかりしていればこんなことは――」

「小夜のせいではない。それより、こんな場所で頭を下げるな」

 そう言って、惟明が小夜の腕をとって立たせた。


「旦那様、晩御飯はもうお済ですか?」

「まだだが、まさか待っていたのか?」

「はい」

 小夜が頷くと惟明は困惑したような表情を浮かべる。


「こんな遅くまで……。では食事をしながら話そう」


 今夜は向かい合って二人で、居間でハヤシライスを食べることになった。


 いつもは和食なので、惟明は驚いている。

「ハヤシライスとは珍しいな」

「はい、私も初めて食べます」


「お前が作ったのか」

 小夜は緊張した面持ちで頷いた。


「はい、八重さんと一緒に作りました。お口に合うといいのですが」

 惟明はそんな小夜を見て口元を緩める。


「あのような目にあって疲れていたろう。それなのにハヤシライスを作ってくれたのか?」

 そう言って惟明がスプーンですくって一口食べる。


「うん、旨い」

 小夜も惟明に倣って一口食べる。


「ハヤシライスって美味しいものなのですね。作り方は公江さんから教わったんです」


「そうか」

 惟明は別に驚いたふうもなく、その後二人は黙々とハヤシライスを食べた。


 食事が終わると八重が、食後のお茶を持ってきてくれた。


 そこでやっと惟明が話を切り出す。


「小夜、まさかとは思うが、公江のやったことを不問にふせというのではないだろうな?」

 惟明にしては厳しい口調で聞いている。


「公江さんは私に外の世界を教えてくれました」

 小夜の言葉を聞いて惟明はため息をつく。


「お前は、虐げられて育ったというのに、なぜ世間ずれしていないのだろう。公江はお前に優越感を持ちたかっただけだ」

 小夜もそれはわかっているので頷いた。


「はい、わかっています。ただ本来なら、旦那様と結婚するのは敏子さんだったはずです。だから敏子さんはつらくて悲しくて悔しいのでしょう。それに公江さんは共感したのだと思います」


 惟明が呆れたようにため息をつく。


「小夜。腹を刺されたら、子が出来なくなるどころか死ぬぞ」

 それを聞いてゾクりした。


「私は……人に殺されそうになるほど恨まれているのですね」


「お前のせいではない」

 そこで小夜はぐっと唇をかむ。


 しばしの沈黙の後小夜は言葉を選びながら、紡ぎ出す。


「小夜は、旦那様と一緒いられてとても幸せです。旦那様のように小夜を大切にしてくれる方はいらっしゃいません。それに八重も石本も、お義父様もお義母様もとても優しい方々です」


「それは……よかった」

 惟明がふっと笑みを浮かべる。


「ただ本来ならば、敏子さんが享受するはずのものでした。私が敏子さんから幸せを奪ってしまったのではないかと……」

 小夜は、そう言ってうつむいた。


「小夜、それは違う。この家に嫁いでも敏子が幸せになることはない」

 小夜は驚いて惟明の顔をみる。


「敏子との結婚は本家が決めたものだ。俺は昔から敏子が嫌いだ」

「え!」


 小夜は衝撃を受けた。


 敏子はきちんと教育をうけていて見目も美しく、家柄も申し分ない。

 それなのに惟明は敏子が嫌いだと言う。


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