表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第一章 初婚ではありませんが、旧家に嫁ぎます
12/43

12話 小夜の能力

 その頃、高台にいる小夜は――。


「奥様、穢れもだいぶ晴れました。やがて鬼道も閉じるでしょう。退魔師の部隊は優勢です。旦那様はお強いので大丈夫ですから、そろそろ帰りましょう」

 石本が小夜を促す。 


「そうですね。旦那様に見つかったら大変です」


 小夜が弓を下げた途端、ふらりと体がかしいだ。


「奥様!」


「だ、大丈夫です。ちょっと疲れただけで、さあ、帰りましょう」


 石本に支えられながら人力車に乗り、小夜は夢うつつの中で家路につく。


 玄関には明かりがついていて、驚いたことに八重が待っていた。


「まあ、奥様、手にひどい怪我を」


 ひたすら弦を弾き続けていたので、小夜の手が切れて血が滴っていた。


 疲れ切った小夜は、うわごとのように八重に礼を言ってそのまま意識を失った。



 翌朝小夜が目を覚ますと、日は高く昇っていた。


(寝坊をしてしまったわ!)


 この家に嫁いできて初めてのことだ。こんな調子では離縁しても雇ってもらえないかもしれない。


 小夜が布団から身を起こそうとすると目が回る。


「小夜、まだ、起きるのは無理だ。まったく、こんな無茶をして」


「旦那様……?」


 小夜の枕元に、和装姿の惟明が座っていた。


「お前、熱を出しているぞ」


「あ、あの……」


「小夜、深夜の外出は禁止だ」


 惟明がきりりと眉を吊り上げる。


「ひっ」


 小夜は情けない悲鳴を上げる。惟明にバレてしまった。


「言っておくが石本から聞いたわけではない。あのような高台から弓を打てば、お前の姿がはっきり見えるに決まっているだろう。尤も行平は小夜だと気づいていなかったようだが、バレたら大ごとだ」


「は、はい」


 起き上がれない小夜は布団に横たわるしかない。惟明が、桶で手ぬぐいをしぼり、小夜の額を拭ってくれる。

 小夜は頬を赤く染める。


「旦那様が介抱してくださっていたのですか?」


「いや、俺は途中からだ。明け方まで八重がお前の面倒をみていた」


「とんだ、ご迷惑を」


 固い決意のもとに惟明を助けに行ったつもりが、かえって迷惑をかけてしまった。


「迷惑などかけられていない。お前が来なければ、俺の部隊にも犠牲者が出ていただろう。小夜の手柄だが、褒める気はない。そんなことをすれば、またお前は来るだろ?」


「はい、旦那様は大切な方ですから」


 惟明が目を見開いた。二人の視線が合った瞬間、彼が目をそらし、小夜は自分の大胆な言葉に気づき真っ赤になった。


「まったく、だからといって、このような無茶を。神通力は使い過ぎると命にかかわるのを知らないのか?」


「存じております。母から大切な時にしか使わないようにと、人に知られないようにとずっと言われて育ちました」


「それで、俺と石本の他に誰が知っている」

 惟明が真剣な表情で聞いてくる。 


「誰も知りません」


「お前の実父もか」


「はい、母から、父にも絶対に言ってはいけないと教えられました」


「なるほど。小夜の実家はいろいろと事情を抱えていそうだな。お前の父は小夜がそのような強い力を持っていることも知らずに、杉本のような屑に嫁がせたのか」


 呆れたように惟明が言う。


「はい。それに巫女は神職ではありませんから。……それで、あの旦那様。離縁したあと、ここで雇ってくださるというお話はまだ有効ですか?」


「は?」


 小夜が熱に潤んだ目を向けると、惟明が眉根をよせて首を傾げる。


「そんな、お忘れですか? 離縁した後、小夜をここで雇って下るとおっしゃったではありませんか」


 小夜はきゅっと胸が締め付けられるような不安を覚えた。


「おい、何を言っているんだ? まず、なぜ俺がお前と離縁するのだ?」


 驚いたように惟明は言う。


「え……、だからそれは、私は石女ではないかも、しれないから」


「いや、はっきりとお前に言わなかった俺も悪かった。あれは冗談のつもりだった」

 惟明がため息をつく。


「旦那様も冗談を言うのですか! では私はここで雇ってもらえないので――」

「そうではない。雇うも何も、小夜とは離縁しない」


 惟明が小夜の言葉を遮った。


「……ご本家の方は?」


「本家の肝いりで決まった結婚だ。離縁などありえない」


 惟明の言葉が小夜の心にじわりと染み渡る。ぽろぽろ涙があふれてきた。


「よかった。ずっと旦那様のおそばに置いていただけるのですね」


 小夜はひとしきり泣いた。


「ここへ嫁いできた日から、小夜はずっとそれを気にしていたのか」


「はい、私は一度、婚家からおいだされていますから」


「杉本のやり方は悪質だな」


「それに旦那様が一度も寝所を訪れないので、てっきりほかに恋人がいるのかと」


「なにを言っている。俺には断じて恋人などいない。小夜だけだ」


 小夜はじっと惟明を見つめる。惟明はほんのりと顔を赤くして困ったように笑う。


「小夜が、俺を恐れているようにみえた。それにお前はすぐに謝るし、俺がそばを通っただけで怯える。だから、待とうと思っただけだ。小夜が、俺を恐れないようになるまで」


「旦那様……」


 小夜の目から再び大粒の涙があふれ、惟明のため息がふってきた。


「だが、もう一つ懸念事項が増えた」

「え?」


「お前には強い神通力があるし、巫女としても優秀だ。それが本家にバレたらひと騒動起こることは間違いない」


 一時は安堵したものの、小夜の心は再び不安に揺れる。


「そうなると小夜と床を共にしたとして、身ごもったら俺はお前とややこを守らなければならない。その際の対策を立てねばならぬから、しばらく寝所には行けない。だが離縁は絶対にしない」


 小夜は嬉しさに嗚咽を漏らしながら頷いた。


「俺は、お前を霧生の御家騒動に巻き込んで申し訳なく思っている」 

 ふと、惟明の顔が陰る。


 しかし、小夜にとっては離縁されないだけでも、とてもありがたいことだった。


 杉本家を追い出されたことが、小夜の中で大きな心の傷となっていたのだ。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ