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退魔師の望まれぬ花嫁  作者: 別所 燈
第一章 初婚ではありませんが、旧家に嫁ぎます
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11話 小夜の正体

 小夜は惟明(これあき)を見送ってから、部屋に戻った。


 布団に入るも、どうにも寝つけない。


 小夜は寝ることをあきらめて布団を上げると、唯一の嫁入り道具である、母の形見の行李を開けた。


 中にはお札とかなり小ぶりな弓が入っていた。

 

 小夜は弓に触れ、幼き日の母とのやり取りを思い出す。


『小夜、絶対に誰にも知られてはだめ。とても危険だから、父様にも言ってはいけないよ』


『それならば、どうして母様と私にはこんな力があるの?』


 小夜は悲しくなって母に問う。


『大切な人を守るためよ』


 ずっと誰にも知られずに、いようと思っていた。妖魔など湿気の多い谷間に行かない限りは早々遭遇するものではない。

 増える前に退魔師がやっつけてくれるから、この力を使うことはないだろうと思っていた。


『大切な人を守るためよ』と言った母は、小夜に術を継承したあと、ほどなくして此岸から彼岸へと去っていった。


 小夜の母は最後まで父を信用していなかった。


 そして母亡き後、父はすぐに妾を家に引き入れ結婚した。


 小夜にはすでに一つ下の異母妹がいて、ひどく驚いた記憶がある。


 父母の婚姻は家同士のものだと聞いていた。


 今は母方の親戚とは縁が切れてしまったので、詳しくは知らない。


 母は小夜をとてもかわいがってくれていたが、きっと幸せな結婚生活ではなかったのだろう。



 小夜は着物に着替えると、髪を梳き短い和紙一本にまとめ、水引で結ぶ。


 母の形見を手に取り、惟明の元へ行く決心をした。


 惟明が小夜にとって大切な人かどうかはわからない。


 しかし、惟明は親切な人だ。

 この家に来て初めて人として扱われた気がする。

 それに惟明は杉本のように、小夜を追い出そうとはしなかった。


 小夜は玄関は通らずに、土間から草履をはいて庭に出た。


 栞戸を開けた先に石本が立っていたのを見て、小夜はびっくりした。


「奥様、こんなお時間にどちらにおいでです?」


「お願いです。石本さん、旦那様が心配なんです。どうか私を行かせてください」


 小夜がそわそわしながら訴える。


「奥様はご当主がどちらにいかれたかご存じなのですか?」


「四谷方面です! 先ほどから、強い妖魔の気配がしてきます」


 石本は頷く。


「やはり奥様は強い神通力をお持ちなのですね。では、私がお供しましょう」


「え? でも石本さんは」


「石本です。式に車をひかせます。では参りましょう」


「ありがとうございます」


 小夜は、石本と共に、四谷方面へと向かうことになった。



 今夜は満月であるが、道に明かりはない。

 しんとした夜の暗闇の中を、式は迷うことなく、車を引く。


 場所は小夜が指示を出した。

 はっきりとどこにいるかわかるほど強力な妖魔の群れである。


 やがてあたりの空気の穢れが濃くなっていく。


 谷に近付くにつれ、強い瘴気と腐臭が漂ってきた。

 小夜は母から受け継いだお守りをぎゅっと握る。


「奥様、お顔の色がすぐれませんが大丈夫ですか」


 石本が心配そうに小夜に声をかけたとき、山犬の遠吠えが聞こえてきた。


 一時は絶滅したと思われていた山犬も、文明開化で鬼門が開くとともに異形の妖魔として舞い戻ってきた。



「はい、問題ありません。そういえば、家の式を操っていたのは旦那様ではなく、石本さ……、石本だったのですね」


「左様でございます。奥様、そろそろ現場近くかと存じます」


「車を止めていただけますか? あの、それから今夜のことはどうか旦那様には内密に」


 小夜は石本に願うと、彼は頷いた。


「奥様、くれぐれもご無理はなさらないように」


 石本が心配そうに小夜に声をかけるが、止めはしない。


 彼はどういうわけか、小夜の強い神通力――妖魔と戦えるほど――に気づいているようだ。 

 疑問に思うも、今の小夜にはさして重要な問題ではなかった。


「はい、ありがとうございます。私が旦那様をお守りします」


 小夜は高台に立つ。


 下は切り立った崖で、濃い穢れて淀んだ空気が重く漂っている。


 その中で、軍服を着た退魔師たちが戦っているのが見えた。最前列には錫杖、棒術、日本刀を持った者たちが、妖魔を打ち据え、切り捨てている。


 後列には札を使う者たちがいて、穢れを祓っていたが、湧いてくる妖魔の多さに全く追いついていない様子だ。




 退魔師といってもそれぞれ流派があるのだろう。中でも惟明はすぐにわかる。


 青白く淡い光を放つ日本刀。彼が一番強いのだろう。


 

 小夜は、母の形見である梓弓を構える。

 矢はつがえられていない。


 弦を引き絞ると、まるで矢を飛ばすように弾いた。

 少しでも神通力のある者ならば、光の矢が飛んでいくのが見えただろう。


 びいんと音が響き渡る。その音にゆらりと穢れが揺れ、晴れていく。


 小夜はひたすら弦を引いて、弓を鳴らした。



 ◇



 ――その頃、谷底で惟明たちは、苦戦を強いられていた。


「隊長、今日の妖魔はしつこいな。次々に湧いてくる」


 いつもひょうひょうとしている行平が、珍しく弱音を吐く。


「これ以上鬼道が広がるとまずいな」


 惟明を目がけて牙をむき跳躍する山犬の首を一太刀で切り落とす。


 厄介なことに、切り伏せるごとに穢れを放ち、それがまた新たな妖魔を呼ぶ。


 年に数回、穢れが凝り固まってこのように、大量に妖魔が押し寄せて来ることがあるのだ。

 多くは梅雨と秋の長雨の時期に。


 ぐにゃぐにゃと影しか持たない妖魔もいれば、山犬や猩々のように形を持ったものもいる、はっきりと形を持ち牙や角を持つものは強い。


 それは退魔師としての力が強い惟明や行平の担当になる。


 だが、その強い妖魔が今日は雑魚のごとく湧いて出た。あちらこちらでうめき声上がり、負傷が増えていく。


 そんな中にあって、びいんと弓を弾く音が響いた。その瞬間穢れの中を清涼な風が吹き抜ける。


「何だ」


 惟明が目を上げた先、穢れて黒い靄が出ているが、はっきりと浮かび上がるように彼女の姿が見えた。


「なぜ、小夜が・・・」


 月のような冴え冴えとした白い光をはなち、凛とした姿で弓を構えて立っていた。

 いつも申し訳なさそうに縮こまっていた小夜ではない。


 弓は小ぶりで、恐らく巫女が使う梓弓だろう。


 彼女はやはり修行をつんだ巫女だったのだ。


 切り火の時に強い加護を感じたので、もしやと思っていた。


 再び彼女が弓を弾く。


 弦が鳴るたびに穢れが晴れ、視界は良好になっていく。


 徐々に鬼道が妖魔を吸い込み閉じ始める。


 最前列にいる隊員からざわめきが漏れる。


「誰だ?」


「まさか、巫女か?」


 巫女は江戸の時代が終わり、新政府になってから神職から外された。


 だから退魔師の中に巫女は存在しない。


 しかし、小夜の存在が知られるのは危険だ。


 あまりにも強い神通力を持っている。


 彼女が政府に利用されてしまうかもしれない。


 もちろん惟明はそんなことをさせるつもりはないが、霧生本家が横やりを入れて来るのは必然だ。


 内心の動揺を隠しながら、惟明は部隊に激を飛ばす。


「全員、目の前の敵に意識を集中しろ!」


 あれが小夜だと悟らせてはいけない。


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