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出張から帰ったら、彼氏が女を連れ込んでいた

 ふう、思ったより早く帰ってこれたわね。

 がんばった、あたし!

 出張は明日までの予定だから、丸1日資料整理に使えるわ。

 余裕があったら、頑張ってご飯作って、(あいつ)呼ぼうかな。

 ここんとこ忙しくって会えてなかったし、たまには、ね。




 あれ? 明かりがついてる?

 やだ、あたしったら、電気消さないで出ちゃった!?

 …そんなはずないわよね。

 ちゃんと確認して出たもの。

 蓮? ううん、あたし、明日まで出張って言っておいたし、今日来たってあたしがいないことは知ってるはず。

 予定より早く終わって、あたしがサプライズするならともかく、あいつがあたしの部屋で待ってるわけがない。

 と、なると。

 あんまり考えたくないけど、あたしの部屋で勝手に何かしてるってことになるわよね。

 そういえば、最近、時々冷蔵庫の中のものが減ってることがあったような気もする。

 …これは、覚悟が必要な案件ね。


 音を立てないように鍵を開けて、ドアを少しだけ開いて中を覗くと、靴が2足ある。片方は女物。

 そういうこと、よね。

 静かに鍵をかけ直して、近くの交番に駆け込む。


 「すみません、今アパートに帰ったら、誰かが部屋にいるんです!

  玄関に、知らない靴があって。

  鍵をかけ直して、ここに来たんです」


 中年のお巡りさんは、落ち着いた様子で


 「部屋に来る人に心当たりはありませんか?」


と訊いてきた。


 「ありません。

  私、本当は明日まで出張している予定で、私の部屋の鍵を持っているような人は私が留守なのも知ってるんです。

  留守を狙って来るわけがありません」




 お巡りさんは、近くの警察署から刑事さんを呼んで、状況を説明してくれた。

 あたしは、刑事さんに部屋の鍵を渡し、そのまま交番で待っていることに。

 刑事さんが部屋に踏み込むと、男女がリビングで飲み食いしていたので、空き巣ということで逮捕したそうだ。

 現場検証の必要があるとのことで、あたしはビジネスホテルに泊まった。




 翌日、警察署に呼ばれると、昨日の刑事さんが待っていた。

 里井さんという男の人だ。


 「犯人は横田蓮という名で、あなたと付き合っていると言っていますが、心当たりはありますか?」


 「確かに、蓮とは付き合っていますし、合鍵も渡していました。

  でも、昨日申し上げたとおり、私はあの日は出張で留守だと伝えていたんです。来てるわけありません。

  留守を狙って泥棒に入ったということでしょうか?」


 「なるほど、それはありえますね」


 そのまま、里井さんと、女性の刑事さんと3人で部屋を確認しに行った。

 さっき現場検証をやったということで、あちこちに指紋を採るのに使った薬品の跡がある。

 また現場検証するかもしれないということで、ビニールをかぶせたスリッパみたいなのを履かされ、手袋も渡された。

 まずは貴重品からと言われ、通帳やタンス預金を確認する。


 「現金は大丈夫です。通帳も。

  これは持って帰ってもいいですか?」


 確認すると、OKが出た。

 ただ、その前に写真を撮るから待ってほしいとも言われた。


 次は、アクセサリー。

 ベッドサイドに置いてあったはずのピアスが、ケースごとなくなっていた。


 「ここに置いておいたピアスがありません。

  出掛ける前に、どっちをつけようか迷って残した方です」


 「どんなデザインかわかりますか?」


 「ええっと、たしか写真が…」


 どちらをつけようかと、スマホで撮ってみた写真がまだゴミ箱に残っていたので、復活させる。


 「こっちが昨日つけてたもので、こっちがなくなったものです」


 見せると、里井さんが


 「この写真、ちょっと撮らせてください」


と言った。


 「あ、送りますよ?」


と言ったら、


 「いえ、撮影日時と場所情報をこのスマホごと撮らせてください」


とか言う。

 なんでも、一昨日、この部屋で撮った写真ということが大事なんだそう。

 刑事さんって大変だ。

 里井さんは、写真を撮った後、


 「もしかすると、後でスマホからデータコピーさせていただくかもしれませんので、データをいじらないようお願いします」


と頼んできた。

 そして、


 「ベッド脇のゴミ箱に何が入っていたか、覚えてますか?」


と訊かれたので、


 「何も入っていませんでした。

  ゴミを出してから出掛けたので」


と答えたら、


 「そうですか、では、ゴミ箱の中身は犯人が入れたものということですね」


とメモを取っていた。

 そういえば、ゴミ袋として入れていたビニール袋がなくなってる。

 ゴミ箱の中身も確認するんだ…。

 多分、使用済みのアレがあったんだろうな。

 刑事さんって、ホント大変だ。




 次に、冷蔵庫の中身も確認した。


 「ドアポケット(ここ)にチューハイが入ってました。

  あと、ペットボトルの水が2本入ってたのもなくなってます」


 「銘柄は覚えてますか?」


 「はい、ストロングゼロです」


 「サイズは?」


 「350缶が3本です」


 「水は?」


 「南アルプスの天然水の500が2本です」


 刑事さんは、A4に印刷された写真を出して、


 「このペットボトルと缶で間違いないですか?」


と訊いてきた。

 写真には、リビングのテーブルが写っていて、2人でお酒を飲んだみたいだった。


 「あたしのお酒、飲み散らかしたのね…」


 「間違いなさそうですね」


 「はい」


 「わかりました、ほかになくなっているものがないか、確認してください。

  一応、服や下着なども」


 ああ、それで女性の刑事さんも来てるんだ。

 下着とか見られるのは、女性相手でも恥ずかしいけど。




 結局、ほかになくなってるものはなかった。


 「お疲れ様でした。

  申し訳ありませんが、署の方で被害届を作らせていただきたいのですが」


 「わかりました」




 警察署に戻って応接セットに座ったところ、刑事さんが


 「横田とはお付き合いされていたそうですが、合鍵を渡していたんですね?」


と、探るような、ちょっと含みのある目で訊いてきた。

 まあ、そうなるよね。


 「蓮には合鍵を渡していました。

  ただ、同棲してるとかじゃなくて、私の部屋で会う予定の日に私が仕事で遅くなったりとか、うちに泊まって私が先に出勤する時とかのために渡してたんです。

  私が留守と知っていてほかの女連れ込むとか、信じられない」


 「ああ、なるほど。

  プライベートに立ち入るようで申し訳ありませんが、同棲ではなく、あくまでもあの部屋はあなただけの居住エリアということでよろしいんですね?

  実は、横田は、『合鍵を渡されてるんだから、入って何が悪い』と主張しています。

  同棲しているとは言っていないのですが、一応あなたに確認しておく必要があるんですよ」


 「あの、合鍵があると勝手に入っても罪にならないってことですか?」


 「いえ、恋人のアパートに浮気相手を連れて入ることは、目的外使用と言えますから、住居侵入は成立します。

  わかりやすく言うと、職場の女子トイレに忍び込んで覗きをするようなものです。

  物理的に入れるからといって、本当に入っていいとは限らないんですよ。

  今回の場合、被害者であるあなたの追認──許しがあれば合法になる余地がありますが……許しますか?」


 「いいえ! 蓮とは別れます!

  こんな裏切りされて許せるほど人間できてません!」


 「わかりました、そういうことでしたら、被害届を作りましょう。

  ちなみに、相手の──浮気相手の女性が部屋に入ったり、部屋のものを飲み食いすることについても…」

 「許しません」


 「わかりました」


 そういうわけで、あたしは被害届を出した。

 といっても、刑事さんが作ってくれた被害届に署名するだけだったけど。

 刑事さんって、大変なんだなあ。

 その後、承諾書というのを書いて、スマホの写真データをコピーされた。

 よくわからないけど、写真の撮影時の位置情報とか細かいデータも証拠として必要なんだそうだ。

 あと、あたしの指紋もとられた。10本全部。

 なにせ現場があたしの部屋だからあたしの指紋がいっぱい出てくるわけで、連と女の指紋と区別する必要があるのと、空き缶とかからあたしの指紋が出てくれば、事前にあたしが触った=“あたしのもの”と証明できるからだって。




 被害届を出した後、里井さんから、今後どういう流れになるかを教えてもらった。あくまで予想ですがって言ってたけど。


 「たぶん、弁護士から、示談と被害の取下についての連絡が行くと思います。

  2人とも前科がありませんし、窃盗の被害としてはビールとつまみ、ピアス一組だけですし、被害届が取り下げられれば、起訴されないでしょうから」


 「そうなんですか?」


 「あくまで一般論ですが。

  今回の場合、横田とあなたが交際していたということは、プラスにもマイナスにもはたらきます。

  ただ、弁護士は、あなたが合鍵を渡していたことの是非は主張しないでしょう。

  恋人の部屋に浮気相手を連れ込むために合鍵を使うというのは、心証が悪いですから。

  どちらかというと、示談して被害を取り下げてもらう方向で話をすると思います。

  示談書に『処罰は求めない』と明記してあると、不起訴になりやすいんですよ」


 「じゃあ、示談はしない方がいいですか?」


 「そこは、警察(われわれ)としてはなんとも言えないところです。

  民事不介入という原則がありますから。

  ただ、私の個人的な意見を言わせてもらえば、示談した方がいいと思います。

  さっき言ったとおり、前科がなくて被害額が少ないので、このままでも起訴される可能性は低いですから。

  なので、手切れ金というか、貰えるものを貰って、以後近付かないという一文を付けて後腐れなく別れた方がいいと思います」


 「示談しちゃっていいんですか?」


 「ええ、構いません。

  本来、示談したかどうかは、犯罪の成否には関係ないんです。

  被害者が処罰を求めていなくても起訴される例はありますよ。

  ただ、示談がある方が不起訴になりやすいのも事実です。

  ここだけの話ですが、今なら引越費用を出してもらうこともできると思いますよ」


 少し声のトーンを落として言う里井さんに、耳を疑った。


 「引越費用ですか?」


 「ええ、示談金として、引越費用相当額を含めてもらうんです。

  勝手に入られた部屋にはもう怖くて住めないからと言って、同等のアパートに引っ越すための敷金礼金とか引越業者代とかを入れるんです。

  新居が決まるまでのホテル代と、ベッドの処分と買換分くらいは、弁護士(むこう)も乗ってくると思いますよ。

  要するに、合鍵をこっそり複製されてるかもしれないと思うと怖いから引っ越したい、浮気に使われたベッドなんて気持ち悪くて使えない、ということで、迷惑料込みで100万、とかですね。

  今後の連絡や支払いは弁護士が代行するってことにすれば、横田と連絡を取る必要はありません。

  あくまで、“そういうこともできます”ってレベルの話ですが。

  我々は、その辺、介入できませんので」


 介入できませんと言いつつ、色々と説明してくれる刑事さん。

 要するに、ああしろこうしろは言えないけど、これはできる、あれはできないみたいな話はしてもいいらしい。

 具体的な話は、弁護士さんが付いてからになる、というかそうでないと話自体ができないらしいから、この話はとりあえずここまでってことになるみたい。






 大したことはしてないのに、バタバタしちゃって1日潰れた。

 せっかく1日早く帰ってきたのに。

 逆に言えば、1日空いてたから仕事に穴開けないですんだんだけど。

 この時間の分も請求してもいいんだろうか? さすがにそこまで刑事さんには訊けなかった。




 翌朝、職場で課長に、自宅に泥棒が入った話をした。

 元カレとか、そういう細かいことは伏せて。

 これも里井さんからのアドバイスなんだけど、今後、仕事中とかに弁護士さんから連絡が入ったりするかもしれないから、会社にあらかじめ話を通しておいた方がいいんだって。

 電話とかもそうだし、お昼休みとかに直接会いに来るなんてこともあるんだとか。

 突然、弁護士が職場を訪ねてきたりしたら、「何事!?」ってなりかねないもんね。なるほどって感じ。

 あたしが悪いわけじゃないけど、会社に多少は迷惑掛けるかもしれないし、事前説明は大事だよね。

 課長に話したら、えらく同情されて、必要に応じて休暇をとるようにって言われた。




 1週間後のお昼休みに、検事さんから電話が来た。

 「なんで弁護士じゃなくて検事さん?」って思ったら、あたしから事情を訊きたいから時間取ってほしいってことだった。

 返事は後でってことにして課長に訊いたら、午後から休暇あげるから行っておいでって言われた。

 そっか、こういうとこに融通きかせてもらえるのね。

 折り返し検事さんに電話して、午後から検察庁ってところに行くことになった。

 どこよ、それ?

 電話で行き方訊いたら、バスの時間とかも教えてくれた。意外と親切だ。

 いや、刑事さんも親切だったし、被害者相手だとそういうもんなんだろうか。

 ついでに、というか、弁護士さんに電話番号教えていいかとも訊かれた。

 勝手に教えたりはできないらしい。

 でも、蓮はあたしの連絡先知ってるはずだけどな? と思ったら、逮捕されてスマホ取り上げられてるから、調べられないんだそうだ。

 言われてみれば、あたしもあいつのケータイ番号とか覚えてない。

 「あの、教えるのは構いませんが、検察庁(そちら)のお話が終わった後で会うとかってできますか?」

って訊いたら、「確認して、おいでになったときに回答させていただきます」って返された。

 まあ、移動中に連絡もらっても困るから、それでいいか。

 せっかく休暇もらったから、今日のうちに全部片付けたいもんね。

 検察庁に行ったら、取調室ってところに通された。

 警察では事務室みたいなとこの応接セットだったけど、こっちは個室なのね。

 正面に検事さんが座ってて、脇にもう1人いたけど、しゃべるのは検事さんだけだった。

 弁護士さんは、ここが終わる頃迎えに来るから別の場所でって話になったそうだ。ここで部屋を貸すわけにはいかないんだって。


 検事さんからは、あいつとの付き合いとか、以前に冷蔵庫のものがなくなってたことはあったかとか、細かいことを訊かれた。

 で、弁護士さんと示談できそうなら示談してもいいっていうか、示談してほしいっぽいニュアンスで言われた。

 まだ決まったわけじゃないけど、起訴するのは難しいらしい。この辺も里井さんの予想どおりだ。




 検事さんの話が終わった後、到着していた弁護士さんと一緒に、近くのファミレスでお話。

 あたしの部屋を浮気に使ってたわけだから、別れるのも、二度と連絡を取らないのも約束するって。

 で、慰謝料として、60万円払うって。

 その中から、引越費用や敷金・礼金・ベッド代なんかを払ってくれってことらしい。

 60万が払える精一杯だから、それでなんとかって言われた。

 正直、お金で解決できることじゃないけど、60万もらって終わりにできるならしたいってのが本音だから、交渉とか面倒なことしないで、その場で示談書にサインした。

 お金の方は、後で振込になるそうだ。

 「ちなみに、浮気相手の女の方はどうなるんですか?」って訊いたら、そっちは担当してないからわからないけど、あいつが示談したら起訴されないでしょうって言われた。

 あいつが連れてきたんだから、あいつが主犯ってことになるんだって。

 (そっち)からも、取ろうと思えば慰謝料とか取れるそうだけど、面倒だし、いいや。

 弁護士さんにケータイの番号教えたら、1時間後にお金を振り込んだって連絡が入った。

 これで軍資金ができたから、不動産屋に行ける。

 今の部屋を契約してる不動産屋に行って、事情を話して、似たような条件の部屋を見せてもらって契約する。

 引越は週末ってことで、引越業者もお願いした。

 今はシーズンオフだから、業者がすいててよかった。

 後は、ベッドか。

 量販店で買って、引越の日に合わせて配達頼んで、今あるのは粗大ゴミ申し込んで。

 なんか、里井さんの読みがことごとく当たっててびっくりだよ。

 プロってすごいなあ。




 引っ越して落ち着いた頃、検事さんから、あいつと女が釈放されたって連絡が入った。

 なんか、あたしが引っ越すの待ってたんじゃないかってタイミングだ。

 まあ、もういいや。あたしとは関係ない奴だし。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく面白い!! なのにためになる!! えー、こういう風になるんだー。 警察って頼りになるんだね。 小さな案件(?)にも、多くの人が真摯に! ありがたいですね!!
[良い点] よくありそうな、浮気現場に遭遇……だけのお話ではなく、本格的でシビアな展開、お見事です。 こうなるとは、興味がわきます。 続きが楽しみです!
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